失敗は繰り返さなければ良いのだ
なぜ私は振り返ってしまったのか。そんなことをしなければ、しばらくは日々の安寧に浸かったまま気楽に過ごせたに違いない。
不出来な自分を厭うこともなければ、しでかしたことを悔やみ嘆き哀しむこともなかったはずだ。
しかし私は自分の成したものを、この目で確かめてみたくなってしまったのである。
私が思慮深くあったのならば、全力でその行動を止めたのだろうか。それとも自分の力を過信したこと自体を塗り替えようとするのだろうか。
「チカよ、如何したのだ?」
ルーが呼びかけてくるが、私はそれどころではないのだ。それよりも、このダメージがルーに移らないとも限らない。
それは断固として阻止せねばならないのだ。
「すまぬが、そなたが受けた衝撃が極めて甚大故……」
「見ちゃったの?」
「うむ」
「嗚呼ぁぁあ〜」
二度と視界に収めないよう、地上を歩かずにいようかと思ったくらいだったのに!
「よく見よ! あれは屋根の色も異なるであろう? そなたが考えるほど似てはおらぬぞ」
赤かったら完全にアウトってことじゃ〜ん。
「てぃかぁ〜? なかないのよ?」
目の前にふわふわ浮いている豆太が私の顔をのぞき込むように首を傾げて、浮かんだ涙を風で吹き飛ばそうとしてくる。
だけど、まだ零れるまで溜まっていなかったので、額が丸出しになっただけだった。
「だってぇ〜」
これが泣かずにいられようか。
「ルーの記憶で見たこの大陸の文明は、私の記憶の世界ではけっこうな昔と被るんだ」
つまりこっちはまだまだ発展途上中って感じだ。まぁ私が覚えている範囲では、魔術なんて存在しなかったはずだから、こちらの文明でもはるか頭上を行く技術はあるんだけどね。
「それでも建築物は、絶対に私の国の方が高い技術を持っていたと思うんだよ」
それなのにさぁ、せっかくの集会所がぁ〜。
「しゅごくおっちぃのよ」
慰めてくれてありがとう。でも大きさなんて住民のゲルに比べたら、ユミーの家ですら大きいと言えるのだよ。
「梁が剥き出しで古民家カフェっぽいとか考えてた自分を叱りたいよ。外から離れて見たらGホイホイとそっくりだとは思わないじゃんか!」
平屋なのが悪いのか? 屋根の傾斜が緩いのが悪いのか? 敷地いっぱいに建物を建てたのが良くなかったのか?
「でもここには雪が降らないし、もう雨水を貯める必要もないんだよ〜。車がないから駐車場は必要ないし、庭もいらなかったんだもん」
個人の敷地なんて八割が庭みたいなもので、建坪の狭さといったら、本当に猫の額状態なんだよ?
便利で使いやすいように、あんまり制限されてない建物にしたはずだったのに、広さの割に高さがなくて、横から見るとまるっきりホイホイのフォルムだったなんて、私は気がつかなかったんだよ〜。
「言わねば、あ奴らが知るすべはない」
「そうだね。言う必要はないもんね」
ただ、私が自分にガッカリしただけだもの。
「北にある家を考慮しなければ、二階建てにしても良かったね」
北には恐ろしく高い鉄壁の山々が連なっている。その白銀に輝く雄大な姿に住民たちが見とれているのを、なんどか見かけたことがあったのだ。展望台があれば人気がでるに違いないね。
「山など見てもつまらぬ」
ルーはそれよりはるか上空を飛べるからね。山に対する信仰心みたいなものが皆無なのはわかる。だって自分が崇められる側だし。
「そうかなぁ、けっこう落ち着くんだけどね。あの村は山の麓にあったけど雪で白いところなんてなかったから、みんな珍しがってるんじゃないかな? 私だってあそこまで高い山のご近所さんになったのは、たぶん初めてだと思うし」
富士山の倍まではいかないけど、それくらい高いから年中雪で真っ白なんだとか。夏は避暑地に良いかと思ったけど、ルーの体はまったく外気温に左右されないので、夏バテとは無縁だった。
「あれには寒さを好む精霊らが棲んでおる故、邪魔をしてはならぬぞ」
「人と共存しないタイプなの?」
共存しないと成長できないのに。なんか近いものを知っているよ。責任ある仕事につきたくないから昇進しない人みたいだよね
「気が向かねば動かぬのだ」
「マイペースな感じね」
「のんびりなのよ」
「精霊仲間でも有名か」
まぁ癇癪持ちとか、威張りん坊な精霊に好かれてもねぇ?
「このようなところに倒れ込んで、一体どうされたのですか?」
あまりの悲しさに落ち込んでいたいたところ、セバルトさんのところの長男さんと遭遇した。
「ああ、っと――「ツィルフリートです」あっはい! こんにちは」
そうだった。長男がツィルフリートさん、次男はヴィンフリートさん、そして三男のバルトフリートさんの三兄弟だったね。
「こんにちは。手をお貸ししましょうか?」
「平気です。でも、ありがとうございます」
格好悪いところを見られたので、ルーは不貞腐れているのだろうか? 話をする気はなさそうだね。
「あ! ちょうど良かったです。みんなが集まれる建物をつくったので、時間があったら出来栄えを確認してもらえますか?」
おじいちゃんなセバルトさんを呼ぶよりも、元気なツィルフリートさんが確認してくれる方が助かるよ。見た感じ、会社の上司と同じくらいだろうから、還暦前の五十代後半に違いないよ。
「先ほど入浴施設の南にある建物を確認してき――――はぁ」
深くため息をついたツィルフリートさんの視界に、通りの奥に建ったばかりの集会場が入ったのだろう。
「この町も驚きましたが、また大層なものをつくりましたね」
さっきのため息は、感嘆じゃなくて呆れたのかな?
「天気が良ければ広場でも充分だけど、天気は崩れることもあるし、夜はトイレと入浴場付近以外は暗いでしょう?」
「そうですね。あれも素晴らしい施設ですが」
「あっ、戻る前にここに炊事場を作りたいので、しばしお待ちを」
集会場の真東、広場の北西の区画には、三十メートル✕四十五メートルの空き地があるのだ。最初は家を建てるための区画にしようと考えていたが、中央に行く道がなかったので半端になった土地である。
畑しようかと思ったが精霊たちがダメだといったので、空き地のまま放置してそのうち花壇か公園にでもしようと考えていた。
広場の東にも炊事場はあるから、できるだけ道の近くである西側につくりたいと思う。
「じゃあ規模は同じで良いし、調理器具なんかを片づけるための保管庫が必要だよね。あと火の様子を見ながらお茶が飲めるように、こちらにもテーブルと椅子を置こう」
向こうにはいつの間にか置いてあったものだが、食材を切るにもテーブルは必要だ。
「井戸も隣に掘るのであろう?」
「うん、でも同じ屋根の下にあったら良いな」
キャンプ場にあった炊事場には、たいてい水道が通っていたし、使った調理器具や皿を洗うなら下水も処理しやすい方が良いな。
「広さは変えぬのか?」
「同じでも十分だよ。それじゃあ豆太もお手伝いしてね」
「ぼく、みじゅのこをよんでくりゅの!」
「井戸の精霊がいたらついでに連れてきておくれ」
「ビルケに頼んでた子たちか、まだ早くない?」
「その気があれば、すぐにでも現れよう」
「そんなものか。じゃあ、ツィルフリートさんは少し下がっていてくださいね」
頷くツィルフリートさんは頭が痛いときのように、眉をひそめて額に手を当てているが、あれは長年視力が悪かった影響で目を細める癖がついているからだと言っていた。
聖樹の果実は、彼の視力を若かりし頃の状態まで回復させた。それ以来、昔から書き溜めていた覚え書きのような書物を読み返しているらしい。
「よし。ルーさんや、やっておしまいなさい」
「我はそなたの側近ではないぞ」
「そこはお供とか、お付きの者って言うんだよ」
くだらない無駄口をたたいている間に、改良型の炊事場は出来あがってしまった。
井戸と屋根伝いにつながり、多少の雨では濡れることもないだろう。
「るぅ! いどのこがきてたのよ!」
「豆太よ、御苦労であった」
ちょっと出掛けてただけですよ? かかっても五分前後だったよね。なんで何年も会っていなかったくらい感動できるのかがわからんわ。
「しゅごくひろいのー」
「ここのおみずはチカラがあるの!」
こんどの上位精霊は、姉妹っぽい子が来たなぁ。
精霊は親から産まれるわけではないから、血を分けた兄弟姉妹っていう存在はいないんだけど、棲家を共にしていると似てくるのかも知れない。
二体の井戸の精霊は、どこかの子どもが汚した人形を洗っていたのを見たのであろう姿で、うっすい桃色のワンピースにモジャモジャのとうもろこしのヒゲみたいな髪の毛を持っている。
「目は色糸の刺繍かな? 口もちゃんと開くんだね」
「所詮は借りもの故、半分は依代と思うて構わぬ」
「高位精霊になったときが本来の姿ってこと?」
「魔力の高い者を見つけられねば、魔素に還るまで省エネで過ごさねばならぬ」
「そうなのか、精霊も楽じゃないね。ならここで一緒にいても良いなって人を探したら?」
「はぁ〜い!」
「わぁーい!」
女の子の人形の姿をした井戸の精霊の子たちが、歓声をあげクルクルと踊りながら、できたばかりの井戸を覗き込んでいる。
「豆太にはオヤツを持たせているから、一緒に食べるんだろうね」
「今夜は精霊の棲家で足りぬものを補充せねばならぬな」
それはチョコのことだな。
「お待たせしました、ツィルフリートさん。それでは集会場を案内しますね」
私はツィルフリートさんと一緒に集会場に引き返し、ルーにした説明をもう一度繰り返した。
ツィルフリートさんは建物に施した浄化の魔術や、明かりのスイッチと魔石を確認し、注意事項や必要なものを手帳に書き連ねている。
筆記用具がインクではなかったので見せてもらうと、木炭に樹皮を巻いたようなものだった。
「ここを子どもたちの学習の場に使わせていただきたいのですが!」
集落の住人にしては珍しく大きな声が出たな。それだけ興奮しているのか、自分の声が大きかったことには気づいていないようだ。
「良いよ。それなら机と椅子も欲しくなるね」
「それなら私たちでも作れます」
何でもかんでもルーに頼むという姿勢ではないところには好感が持てるが、頼れるところは任せてもらっても構わないのだが。
それよりも、多くの住民が精霊と縁付いて、精霊の棲家の成長に協力してもらいたいのだ。
「我もそれが良い」
ルーが同意したのでその旨をツィルフリートさんに伝えると、感動したような表情のまま深く頭を下げた。
上司と同年代と思えば敬語が抜けきらないが、友人のお父さんくらいの立ち位置でも大丈夫そうだな。
「みんなが使いやすいように作り変えても構わないけど、改善点は私にも教えてね」
次につくるものはホイホイにはしないぞ。そう心に誓い、ツィルフリートさんとは集会場で別れたのであった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




