集会場兼療養所みたいな施設が完成したよ!
ある程度整った箱物があれば、あとは住む人間がどうとでもするだろう。それが私とルーの考えだ。
ルーは私の願いを叶えているようにみえて、実は精霊との交流を楽しんでいるだけだし、この後は確実に精霊の棲家でチョコ集めに奔走する羽目になるだろう。
「屋根の素材は何でできてるの?」
見た目だけなら木工作品の工房みたいで、無添加とか自然をうりにした商品を販売していそうな建物が完成していた。
その屋根は、瓦には見えないしトタンとも言えない加工が施されている。色からして、ただの木材のままではなさそうだ。
「石で包んでおる」
「石?」
「いちをちっちゃくちてりゅのよ」
石で屋根を包んでるなんて、ルーにしかできないんじゃないの? 絶対に、魔術でのゴリ押しじゃんか。
「屋根の重さって、耐久的に大丈夫なの?」
「支障のないよう、考慮済みよ」
「そうなのか。じゃあ、中身の確認をしていこうか」
玄関の間口は三メートルで、横にスライドするタイプのドアだ。狭いと渋滞が起きそうだから、両側に開くようにしている。
風で観音扉が閉まって挟まる人がいたら大変だし、蝶番の強度は私にはわからなかったんだから仕方がないね。
「ここのレールの部分も、砂とかが溜まると動かし難くなるんだよね」
玄関には掃除用具も置いておこう。暇を持て余している高齢者や気が利く人が、自発的に掃除してくれそうだからね。
扉を開けると両側に一メートルずつ、奥に三メートルの部分は玄関の三和土にしたのだが、素材的に三和土と言って良いのかは不明だ。傷がつきにくく掃除がしやすい素材をお願いしたが、それが何かは私は知らないからだ。
あがり框の高さは十五センチもないけれど、これは柱にしても良いくらいの立派な丸太から出来ている。こちらも硬くて汚れに強い木材を使ってもらったが、この建物の玄関に相応しく美しい木目とバターのような明るい色合いだと思う。
「ここで靴を脱ぐと、スリッパがいるな」
靴棚の設置は想定していたが、土足厳禁と簡単に考えてしまったな。スリッパが必要となると、こちらの人たちには馴染みがない習慣だから、受け入れられるかはわからない。
「スリッパとは必ず履かねばならぬのか?」
「まめちゃ、くちゅないのよ?」
「そんなこともないけど、裸足で歩くのは勧めないね。それに豆太は浮いてるから大丈夫! しょんぼりされるとルーが泣くから、落ち込まないで!」
水虫とか、細菌系の病気が移らないとは断言できないからなぁ。みんな靴下は履いていないし、狩りをしている人はブーツの下は布を巻いている。
みんなの分の靴下を揃えるかといえば、それは準備が面倒くさい。
「人数分のスリッパなんて、消毒とか保管とかの仕事が増えるよね」
「そもそも何故靴を脱がねばならぬのだ?」
「えっ? たぶん、衛生管理のためかな」
椅子を使うなら別に構わないんだけど、住民全員の避難が必要なときには人数分のベッドを揃えるまで、床で寝ることになるからね。
そうなるとトイレにもスリッパが必要か。そもそも裏口は二つあるんだから、どこから出るのかもわからないじゃないか。
「住民全員が、亜空間収納を持ってるわけじゃないからね」
裏口があるのに、いちいち表玄関まで靴をとりに来るのか。万が一、火事なんかで逃げなきゃいけなくなったときは、裸足で逃げろってことなのか?
「こちらの生活に土足厳禁は、まだ早いのかもなぁ」
「フム。ではここに浄化の陣を刻めば良かろう」
ルーが言うのは、三和土の部分だった。色は土だが、パレットナイフでスポンジケーキに塗られたチョコクリームのように、ムラなく均されている。
そこにルーが刻むのは、玄関に入ればブーツどころか体全体が消毒されるような、とても強力な魔術だ。
食品工場に入るときみたいに、消毒液で靴を洗ってエアシャワーを浴びるまでの工程が、あがり框までのほんの数メートルの間に済んでしまう。
「いや、これだと魔素を結構食うんじゃないの?」
「我はエコに取り組んで、陣を刻んでおるのだ」
「エコねぇ。ぴったりな言葉を見つけるのが上手いなぁ」
「しゅごいのね〜」
豆太は素直でカワユイ仔だね。いつまで純粋な上位精霊でいてくれるんだろうか。こんなに可愛いと、高位精霊になったら誘拐されないかと、ルーは毎秒心配して過ごすことになりそうだよ。
「この程度の魔石ならば、あの精霊の棲家で集められるであろう」
佐々木商店にいた鼠賊の魔石で数日は発動するように、浄化の陣は無駄なものを一切排除して、豆太と相性の良い風の特性を含ませているらしい。
「この渦巻き模様が浄化と空調を兼ねるなんてね」
玄関の右の壁に電池がわりに魔石をはめて、何回か作動させてから土足で床に上がる。なんだか勿体ないけれど、不便なことはできるだけ排除しておきたいのだ。
何度見ても魔法陣とは理屈が不明な技術だと思う。精霊に依頼や指示をするための絵文字らしいのだが、頷く豆太に感心しつつも理解できそうにない。
新鮮な空気を運ぶ風と浄化の魔術は相性が良く、表玄関と二か所の裏口にも、それぞれ対応する陣を刻むと相乗効果が期待できるようだ。
表玄関から裏口までは真っ直ぐに廊下がのびていて、間口のサイズも同じにしたのだが、もうひとつの裏口は一メートル程度の幅しかない。
そちらは表玄関から右に進んで調理室と医務室を過ぎ、左に曲がった突き当りにある。このあたりは入院できるように、十二畳くらいの小部屋が続く。
「そっちの玄関は、たたきの部分が八十センチと幅は百五十あるかな?」
「しぇまいにょ?」
「出入りを限定するつもりだからね」
妊婦さんや伝染病に罹った人の病室として使える部屋を、全部で五部屋つくったのだ。それなのに誰でも自由に行き来されては、隔離する意味がなくなってしまう。
「一室だけは医務室内にしか入り口がない、トイレ完備の特別室にしています」
ルーが創ったし豆太も協力してくれたが、いまいち理由がわからないみたいなので細かい説明をしながら歩く。
「どの部屋も空ではないか。違いなどわからぬ」
「くりゃいの」
「これから壁に照明をつけていくんだよ」
魔道具のランプは火事の心配がないから、街に出たときに買い集めれば良いだろう。
この建物の天井は梁がむき出しで板をはらなかった。窓がイマイチな分、明かりと空調を精霊に頼ったので、断熱材や掃除の手間を考えなくても良くなったからだ。
雨漏りがあったら致命的だが、直す場所がすぐにわかって良いだろう。
「スイッチになる魔石は入り口の壁につけてね」
調理室を予定している部屋と医務室は、六メートル✕七メートルの広さにした。どちらもここを使うのは非常時の予定なので、そこまで完璧にする必要はないと思ったからだ。
「すべてを照らすのは駄目なのか」
「消灯ですって消された経験はあるけど、強制的に明かりをつけられた経験はないなぁ」
「あかりのこは、おちごとほちいのよ?」
「そうなんだ? でもまとめて全部じゃなくて、必要な人に喜んでもらおうね」
この建物は三十五メートル四方で建てたんだよ? それを毎回全室の照明をつけたら、魔石がいくつあっても足りなくなっちゃうよ。
「で、医務室からしか行けないのは、面会謝絶って言って通用するかわからなかったから」
強制的に閉じ込めることが必要な患者が、いつか出てくるかも知れないからな。
この部屋だけはトイレが欲しいんだよね。扉を開けて突き当りの小部屋はトイレだ。右手にベッドを配置すると、壁伝いに歩き回れるようになるだろう。
「このくらいの高さに手すりを設置したら完璧だね」
「フム。我がつけるのか?」
「それはみんなに任せよう」
必要だと思えばつけるだろうし、もっと良い方法があるかも知れないからね。
「ルーにはトイレをお願いするね。こればっかりは日本人として村人たちには任せられないわ」
くみ取り式とかその辺に捨てるとかは、本当に勘弁していただきたい。トイレの浄化と、洗面台の水とお湯が出るかを確認したら、ここは点検済で大丈夫だ。
病室ならベッドもキャスター付の折りたたみ式が、出し入れしやすくて良いんだけどね。ルーに見本を創ってもらって、住民たちが真似して作れば量産は可能なのかもなぁ。
「窓もいつかはガラスにしたいな」
あの窓ではつっかえ棒が外に落ちる場合があるので、村で見たものを改良した。押し上げ窓は雨の日に開けた窓の部分が屋根になるけれど、開く範囲が狭すぎて明かりも風もろくに入らない。
それを外開きで両開きの窓に変えた。雨の日に対応するため、窓の上には庇をつけているし、子どもたちが落ちたりしないように、取っ手の位置は床から百四十センチ程にしている。
「街ではそんなに珍しくなかったよね」
「竈の娘の家か」
「ユミーね」
「月虹らのとは言わぬが?」
そりゃあ竈の精霊たちの家ではないだろう。あれは領主から貰ったようなものだから、いまはユミーの家だ。
名前を覚えていなかったけど、精霊の家だと言わないだけマシだと言いたいのだろうか。
そんなユミーの家も昭和初期の歴史的建造物みたいだけど、それでもガラス窓ではなかった。
ルーに頼めばタワマンてすら建て放題だが、そんなのは情緒がないから、この地だけ日本化したいとは思わないな。
「そなたは我と混じり合い、生命の危機に疎くなっておるのだ」
「人のままだったら日本化を願っていたってこと?」
「左様。三度の食事に娯楽、足りぬものを求め、精霊の棲家で命を落としたやもしれぬ」
たしかにちゃんとした食事なんて、考えたこともなかったな。ルーが黙っていた最初に、凄くお腹がすいていた記憶しかない。
最近は、甘い菓子ばかりを口にしているからかな。
「まあ、そんなに牽制しなくても、甘味天国はちゃんと目指すから心配しなくても良いよ」
「ならば良いのだ」
医務室を経由して廊下に戻り、さらに右側を進む。
左側は壁で何もないが、天井付近に小さな換気口があるだけだ。
「まめちゃはとおりぇにゃいのよ?」
「そこからは出入りしないよ。こっちはこの廊下を通らないと駄目なんだ」
廊下の左側に十二畳程度の部屋が二つ続き、男女別のトイレを挟んでまた二つ続く。最後に宿直用の仮眠室兼倉庫が、ちょっと大きい十六畳の部屋だ。
先ほどと同じように点検して、問題がないか調べておく。お披露目するなら、やっぱり凄いと驚いてもらいたいのだ。
「で、ここが裏口ね」
ここもスライドさせて開けるタイプのドアだけど、普段は鍵をかけておきたい。管理人さんがいてもいいし交代制でも構わないが、勝手にここから入るのは禁止したいのだ。
「豆太よ、ここに通ずる風の道を示しておくれ」
「いいの!」
豆太が応えルーが刻めば、魔法陣からは光があふれて輝きだす。面積が狭いからか、三和土の部分は謎の絵文字でいっぱいになったが、光が収まる頃には定着したのか、消えてしまった。
「消えてはおらぬ。可視できぬようにしたのだ」
「なんで? ルーの目なんだから、ルーが見えるなら私も見えるんじゃないの?」
「我が見ようとせぬ限り、目には映らぬ」
この手の魔法陣は、精霊がわかっていれば良いらしい。
「この廊下にも明かりが必要だね」
廊下の両側から操作できるように、スイッチは壁に配置した。
「五メートルおきで、ちょうど良さそうだね」
むき出しの梁に、発光を指示する魔法陣を刻む。豆太は明かりには詳しくないらしく、ちょっとつまらなそうなのには笑ってしまった。
調理室まで戻って竈と水回りを確認すると、次は反対側だ。靴棚にしようと思っていたスペースは倉庫にして、その奥が男性のトイレ、突き当りが女性のトイレだ。
「ここも完璧だね」
先程のトイレは男女とも個室が三か所ずつある。各部屋にベッドを二つずつ置いたとしても、入院患者は十人以下だ。トイレが少なくて困ったりはしないだろう。
そしてこちらは、倍の六か所ずつ準備してある。
建物の真反対である裏口の近くにもトイレは完備したので、魔石が不足しない限り困ったことにはならないだろう。
「こっちのトイレは廊下の幅が一メートルなんだよね」
玄関に戻る途中、男性用のトイレの横は五メートルくらい廊下が狭いのだ。そこ以外は二メートルだし、表玄関と裏口までの直線の廊下は、幅が四メートルもあるのだ。
もう少し間取りに改良すべき点があったとは思うが、あとは人が自ら頭と手を動かせば良いだろう。
その無駄に広い廊下の右手、つまり北側には教室サイズの部屋が三つあり、入り口はこちら側の廊下に一か所だけだ。安全面でも不安が残るが、足りないようならあとで壁に穴をあけて扉をつけても良いだろう。
「ここも明かりがあればいいね」
いくら緊急時で避難してきた人たちでも、みんな大部屋に押し込めたら問題だろう。母親と乳幼児とか、介護が必要な人とかが使える部屋は必要だ。
普段は机と椅子を置いて談話室にしてもいいし、雨の日に子どもたちが遊んでも構わない。
「それで、廊下の向かい側が大広間と中広間ね。そこもいまのところは明かりくらいかな」
中広間は、十七メートル✕九メートルで、バレーコートくらいの広さがある。大広間はその倍よりも少しだけ広いかな。
「大広間からしかこっちのトイレは使えないんだよね」
大広間の西側には、引き戸が三か所あって、左から倉庫、トイレ、トイレである。男性も女性も同じなので、あとで男女のマークでも貼れば良いね。
「皆を集めるならば、この部屋だけで済むであろう?」
「そうだけど〜」
「足らねば裏口から風呂に行けば良い」
「たしかに入浴場にもトイレは完備してるけど――」
排泄をしない龍に言っても無駄である。不便だったら教室をひとつ潰してトイレに変えたら良いか。
一回で完璧なものができるわけがないと、集会所はこれで引き渡すことにした。
「あとは水路近くに住む家族たち用に、トイレと炊事場を作れば良いな」
炊事場と井戸はセットだから、水関係の精霊にも手伝ってもらうか。
裏口にも無事魔法陣が刻まれ、集会所には雑菌が入り込まず清潔が保たれ、空気が淀むことはない。
やりきった豆太には、ルーが紋章が刻まれし稀なる甘味という名の、ひとくちチョコを授けていたので、今夜はレア種を求めて眠ることは許されないだろうな。
「よし、とりあえずセバルトさんに報告してこよう」
みんながここを確認している間に、炊事場をつくれば良いんだ。
私は少しだけでも時短すべく、ガチョウ小屋まで戻ったのである。




