集会場を完成させるぞ
「ああ、セバルトさんになにか困ってないか聞こうと思ってたんだったわ」
子どもたちに遭遇したら、全部忘れちゃってたや。いまさら戻って質問するのも恥ずかしいので、あとで出会ったらその時に聞けば良いや。
南へ三十メートル、右に曲がってユミーの家の前をとおり過ぎて炊事場に顔を出す。炊事場の片隅に適当に積み上げていた丸太の一部は、腰掛けるのにちょうど良かったらしく、残りは少なかった。
「ルーの切り方はきれいに水平だよな」
さすがに龍の仕事はスキがないね。
拠点を囲む木柵は、一ミリの誤差もなく天を向いて立てられている。さすがに太さまでは揃えられなかったようだが、ざっと眺めても誤差の範囲だ。
長さを揃えるために切った端切れは亜空間収納に収められていたが、尋常ではない量だった。
それを薪用に積みあげておいたが、切り口が水平で安定しているので外仕事用の椅子になったようだ。
「丸太を薪にするのも骨がおれるもんね。こっちのほうが使いやすそうだから置いてくよ〜」
「まめちゃがしゅとんってちたのよ」
「豆太が板にしたものの端材だって言いたいらしい」
自分が切ったアピールが凄い。ルーがすぐ褒めちぎるから、豆太は頑張ったと主張することが多いのだ。
アピールのかいあって、炊事場にいた爺婆たちに称賛された豆太は、満足げに首を振っている。
残った丸太を薪にする作業をしていた男性たちは、端材を抱えて丸太の椅子に腰掛けると、小さな手斧で板を割り始めた。
竈に残った灰はきれいに掻き出され、古い木箱に集められていた。これは洗濯や山菜のアク抜きに使うと聞いた。
「まだいっぱいあるから、疲れないよう休み休みでお願いしますよ」
「儂らはここ数年内で、一番体調が良いわい」
「誠に妖精の果実とは有り難いものじゃのう」
集落のみんなには聖樹の実を与えたが、たった一粒で回復した高齢者の体力は、いまは持て余すほどあるらしい。
ルーの話では、じきに馴染んで落ち着くらしいのだが、櫓の建設現場にもセバルトさんと同年代の高齢者の姿が見えたような気がする。
体を動かすことが好きなのか、新しい環境に前向きなのかはわからないが、こうやって年配の人たちが表に出てきてくれるのは、拠点の雰囲気が柔らかくなって良いな。
「なにか困っていることはありますか?」
「困っとることのう」
「家とか不便じゃないですか?」
「どこにおっても日が当たるから、ポカポカして気持ちが良いわい」
「雨が降ったときにはどうなるかわからんがのう」
森の中に家が密集していたから、多少の雨は木の枝が防いでくれたようだ。彼らの住居は防水加工した革製の幕を、木の樹皮で覆ったつくりだったので、水にはあまり強くないらしい。
いままでビルケをはじめとした雨の精霊たちが守っていたから、大きな被害はなかったようだ。
「あめぇ〜? きもちい〜のよ?」
「精霊はそういうのって、気にしないんだ? とりあえず、ゲリラ豪雨は困るんだけど、ルーがどうにかできるものなの?」
「この地におれば、災禍とは縁なきものよ」
「はぁ、つまり問題ないってことだよね」
「左様」
ここが新環境過ぎて、なにが不安かもよくわからんと言うおじいさんたちに、天候関係は心配無用と伝えて立ち去ることにする。
少し離れて木をおもちゃにしていた二、三歳くらいの小さい子たちは、敷物を広げた上に転がされて子守りをされているようだ。
ここは屋根もあるし、託児所みたいな扱いなのだろう。活発な子が凄い勢いで這っていくのを、敷物の端に着いたら方向転換させているおばあさんが、いちおう保母さんみたいな立場らしい。
「困ったら遠慮せずに申し出てくださいね」
同じことをおばあさんたちにも伝えて、さらに西に進むと広場に着き、東西と南北の道が交わる中心地で立ち止まった。
「さてと、南に行くか、それともこのまま西に進むかだね」
南東に進む道もあるが、これは銭湯モドキに行くための道なので、いまは関係ない。そのあたりにはすでに家が建っているし、さっき作業場を建てたので集会場のスペースがなくなった。
「作業場がなくても集会場は無理か。もっと敷地が広くないと、集会場の陰になった家の持ち主が、日が当たらなくなってかわいそうだし」
そうすると西が南、どちらに進んても分譲済みの宅地を過ぎた七十メートル先が、集会場の建設予定地である。
「南に建てても、ツィルマンさんの家兼作業小屋の近くにはもう銭湯があるからなぁ」
村では皮なめしという作業を担っていたために、少し離れた場所で暮らしていたらしいが、銭湯に人が集まれば騒がしいから嫌じゃないだろうか。
いまならどこでも好きな場所に引っ越せるけど、寂しいなら集会場の近くは歓迎されるかもだし。
「チカよ。またそなたは聞けば良いものをウダウダと」
ルーが呆れたように注意をするので、どうしようかと悩んでいた思考が中断された。
「なんかさぁ、ここまで無駄に考えちゃうのはクセっぽいよね」
やっぱり南は止めておこう。日照権を侵害されたら不快だろうからね。
「あんまり近くに三軒目の銭湯があってもねー」
「金銭を取らずとも銭湯なのか?」
「言葉狩りかぁ」
ルーに日本語の間違いを指摘されるとは思わなかったな、
「この拠点もさぁ、村だか町だか違いはそれほどないんだけど、呼び名は住んでる人で考えてほしいんだよね」
いちいち銭湯モドキとか、拠点の住人とか言ってるけど、固有名詞が決まらないと不便なこと極まりない。
「だけどそれも、集会場を建ててみんなで話し合う場ができれば、きっとすぐに解決するよ」
私は西に歩をすすめる。豆太はキョロキョロしながらついて来るが、フラフラとどこかに消えたかと思えば、数体の下位精霊を引き連れて帰ってきた。きっとお友だちなんだろうな。
「十字路か」
ここから西に行く道の左、つまり南側は水路に突き当たるまで何もない。家が建つ予定もないし、区画を決める石も置いていない。
右手には区画割りしたところと、もうひとつの入浴場がある。さらに北側の水路に面している七区画は、すべて希望した人たちのゲルが建っている。
「こんなに小さな区画にいても、水場に近いところは人気があるんだよなぁ」
たった五メートルの道を挟んだ南側には、いまのところ住みたいという希望者がいないのだ。
最初に区画を決めたところ、道をつくるのを忘れて人の敷地に入らないと水路に出られないという、致命的な欠陥が見つかった。
私も区画整備はズブの素人だし、住民たちは広すぎる敷地に立ち入られても気がつくことすらなかったので、この不備にはまったく気がつかなかったのだ。若い女性が洗濯物を抱え、水路に行けなくて困っていなければ、未だに気がつくことはなかったと思う。
いまは三、四軒おきに水路への道をつくったから、洗濯物を持ってオロオロする人もいない。
「あー、ここの六軒分の土地に建てればいいや」
もっと南に行けば土地はいくらでも空いているけど、人がいない区画にお風呂があっても、お湯がもったいないからね。
「ここに集会場ができれば、こっちの南側にも人が住むようになるでしょ」
「ここに決めたのか?」
「うん。ここにする」
この場所なら、一番遠い真東にある家からでも二百メートル以内だし、中心地からは離れているから静かに休養するのに向いている。
「あ奴らが騒がしかったことなど無かったが?」
「ないね」
騒がしくて休めないことなんてないか。
「でもさ、これから出産する人たちがいるからね。安心して出産できる場所は必要だよ?」
出産するのを待つあいだ、衝立越しに休むなんて難しいよね。ベッドが余っているのは私たちの邸くらいだけど、みんなと離れすぎていて不安に思うかも知れない。
「何より助産師さんが通うのが遠いのはダメだよ」
みんな年配の奥様方なんだ。車がないんだから程良く近場で密集していないことは大事だよ。
「るぅ、まめちゃがしゅってしゅるのよ」
「当然、豆太にも手伝ってもらうぞ」
「今度のは、いままでの建物よりも大きいから、強度にも気をつけてね」
平屋だけど小部屋も必要だし、土足厳禁にしたいから玄関には靴棚も作らないとな。
「えーっとね、町内にあった会館の間取りに近いんだけど」
完成したイメージをルーに伝えると、必要な木材や石材、屋根に使う金属の素材を亜空間収納から出して空き地に並べた。
「けっこう使うんだね」
「床板を張るのであれば、石材だけでは足りぬ」
「屋根も三角にするのは難しそう」
「下位精霊らもおる故、然程時間はかからぬ」
ルーがまわりにいる精霊たちに声をかけると、応えるかのように薄っすらと発光して集まってきた。地上から五メートルの位置まで浮かびあがり、現場監督のように腕をくんだルーは、私のイメージ通りの建物を再現していく。
土台もしっかりしていて、豆太が切った板材も髪の毛一本すら通るすき間がなく、床に敷きつめられていく。
精霊たちもせっせと働き、報酬のルーの魔素を貰っては、また作業をするために散って行った。
「こっちはしゅーってしゅるのよ」
豆太は下位精霊に、敷居のレールについて教えている。あれで通じているのかと疑わしく思っていたが、引き戸は歪みなく作られた。
「レールの滑りも良い!」
驚くべきことに引き戸は軽く動かせたし、どこかに引っかかる様子もない。
「造り付けの棚も完璧かよ」
ビー玉は全部子どもたちにあげちゃったけど、これは置いても微動だにしないね。それくらい完全に水平だ。
「精霊が有能すぎんか!」
着工して二時間と少しで、私の脳内にあった集会場が寸分の狂いもなく目の前に再現されたのである。




