あとは任せたぜ!
思いのほか立派な飼育小屋が建ってしまったが、ガチョウの数をいまの三倍近くまで増やす予定だから、狭いよりは良いだろう。
「そう! 大は小を兼ねるって聞いたことがあるよ」
しいて言えば、家畜の寝床には落ち葉じゃなくて藁だったような気がする。あとは充分な餌を準備して、ヒナが育つ環境を整えたら良いんだ。そして、それはこの集落の人たちが頑張るだろう。
さすがに卵をあたためている最中のガチョウを抱きあげて小屋まで運ぶのは難しかったので、畑の真ん中にいた一羽だけは豆太に頼み浮かせて移動させた。
「豆ちゃんすごーい」
激オコなガチョウは誰彼かまわず突いてやろうと首を伸ばしているが、子どもたちの頭上を運ばれているため被害はゼロだった。
「突かれるとかなり痛いからなー」
閂をつけてくれた男性が、柵に手をかけ寄りかかりながら中を覗いている。
やっぱり大人でも突かれると痛いんだね。子どもたちが顔や目を攻撃されないように気をつけないと。
「これからは柵の中にいるんだから、出合い頭でいきなり襲われることはなくなりそうだね」
「彼らの見廻りも頼りになったが、ここでは思いもよらない生き物から襲われる心配がないからな」
「ようやくお役御免となったんだ。これからは繁殖に精をだしてもらおうな」
「わたし、たまごのスープだいすき」
なるほど。私が余計なことに気をまわさずとも、大人たちは今後を見据えて生活をしようと、いろいろ考えているんだろうな。
「じゃあ、池に放す生き物でも集めてくるか」
人魚の池を整備したときに行った南側にある湖で、小魚や水草があればいいのかな。
「水草はいくらあっても良いですが、このあたりに柔らかい葉や若芽があれば喜ぶでしょうね」
「動物性のエサより草の方が好きなの?」
「集落にいたときは、敷地内に生える草を好んで食べていましたよ」
「そうだよ。鳥たちは草や葉っぱがすきなんだ」
ちょっと背の高い男の子が、ガチョウが好んで食べていた葉っぱの絵を地面に描いて説明してくれた。
「へぇ、知らなかった。鳥ってわりと草食なのかな?」
そういえば鳥の群れが公園の桜の蕾を食べてしまって、満開でもみすぼらしい見た目になった年があったっけ。それじゃあ、あの蜂の子ってあんまり食べないエサだったのかな?
「そなたの国の鳥はどうなのであろうな」
「種類や環境によって違ったかも」
「ならば気にするだけ無駄であろう」
たしかに。こんなのは任せるに限るな。
いまは整地後で雑草が少ないけど、じきに嫌になるくらい生えてくるだろうから、必要なのは数日分だ。ガチョウたちも草が少ないから虫を食べたのだろうし、なにか問題があったら精霊たちがルーに報告に来るに違いない。
「ちょっと水草を採ってくるから、みんなは好きにしてて良いよー。豆太はどうする?」
「まめちゃもゆくじょ!」
「うむ、豆太もついて来るが良い」
豆太が同行するので、ルーはとても機嫌が良い。ルーは豆太に声をかけると、上昇とともに龍体へと変化した。できれば私にもひと言欲しかったが、突然空に舞いあがることにも慣れたような気がする。
「あの湖よりも沼地っぽいほうが草が多そうだけど、どうなのかな?」
人魚の池にも植えたけど、食用に向いている水草かどうかは判断できないや。
「あの地に住みつく湖の精霊に訊ねたら良かろう」
上空から見ても、この湖はやたらと大きい。海のそばだから、もしかすると汽水湖かも知れないな。
「シジミはいるかな。宍道湖のシジミは有名だったはず」
「てぃかは、かいがほちいの?」
「んー? 食べたいかと聞かれたら、そうでもないかも。ルーの体だからかな?」
そんな話をしていたらルーがいきなり下降して、龍の姿のまま湖へ飛び込んだ。
さすがにこの行動は想定外で、思わず情けない声が出てしまう。
「ちょっと〜。めっちゃ驚いたわ〜」
あれ? 水中なのに普通に話せてる? それに水が澄んでいて視界が良いので、水草は採取し放題だ。
「湖の精霊が隠れておる故、仕方あるまい。豆太よ、我はあれらには近づけぬ故、鳥どもが好む草を訊ねてはくれぬか?」
底に沈んだ倒木を組み合わせたような家に、湖の精霊が数体暮らしているらしいが、龍を畏れて隠れているのだとルーが言う。
ここまで精霊が好きなのに、ルーの好意は一方通行なのか。片思いとは切ない話だな。
「あっちにありゅって!」
空気の球の中で豆太がそう言うのを、離れたところで見ていたら、そこにいたのは法螺貝みたいな貝に棲む、大きなヤドカリだった。
「へぇ? こんなとこでも高位精霊まで成長できるんだね」
視線を感じたのか、湖の精霊は貝の中に隠れて動かなくなったので、ルーは遠慮なく愛ではじめてしまう。さすがに捕まえはしなかったが、距離は先ほどまでの半分に詰めている。
しばらくはルーの好きなようにさせていたが、ほかの湖の精霊たちが遠くから悲壮な面持ちでヤドカリを見守っていたので、いたたまれなくなり水面へと浮上した。
「野良の精霊は臆病なんだね」
「ぜーぎゅいしゅは、はじゅかちかったのよ?」
「恥ずかしがり屋とは、あまりにもポジティブな受け取り方だね」
豆太のメンタルなら、自分が嫌われていても気がつかないんだろうな。なんにせよ、自己肯定感を持つのは良いことだよ。
「豆太に悪いところなど見当たらぬが?」
孫バカに威圧されたので、浅瀬で水草の採取に専念する。池のまわりの岩のあたりに植えたら良さそうだから、何種類か集めておきたいな。
金魚の水槽で見たようなマツモやアナカリスみたいなものや、見た目はニラのようだけど薄っぺらい葉を持つ草を中心に採っていく。
クレソンにしか見えないものは食用可だと教えてもらったので、水路にも植えるべく根絶やしにしないように気をつけながら採取した。
「豆太、湖の精霊たちにありがとうって伝えてくれる?」
「ぼく、いってくゆ!」
豆太に伝言を頼み、精霊がストレスで弱る前に拠点へ戻った。豆太は湖の精霊から、淡く光る水草を貰って帰ってきたので、そこまで嫌われてはいないと思いたい。
「はーい! みんな集合してください」
「ルー様、遅かったね」
「遠かったの?」
「やっぱりお手伝いが欲しかったでしょう?」
子どもたちに囲まれ、魔術で何でも熟してしまうルーにしては時間がかかったことを質問される。心配しているというよりは、手伝えばよかったという後悔みたいな感情らしい。
「ちょっと湖の精霊とお話してたんだよ。水草はいっぱい採れたから、手伝いはいらなかったよ」
手伝い不要発言で、一瞬にしてシュンとした空気が流れてしまった。
「ても、植えるのは魔術ではムズカシイんだ。ガチョウの池と水路にも植えたいから、みんなに手伝ってほしい」
亜空間収納から取り出した水草を、水路と飼育小屋のあいだに山盛りに置くと、子どもたちはあまりの量に萎えるかと思いきや、やる気を漲らせて働きだす。
年上の子は小さな子たちに指示を出しながら、ガチョウを近寄らせないように壁になったり、水路に落ちないように手を繋いだりと、面倒を見ながらどんどん岩のすき間などに植えていく。
「うわぁ! 凄いねぇ。みんな仕事が早くて助かるよ」
十代の子どもたちは下位精霊たちをまとわりつかせながら、水場に入って水草を植える。パッと見、田植えをしているようにも見えたが、懐かしさとかはこれっぽっちもわかなかった。
「農家とは縁のない人生だったのかも」
米が食べたくて気が狂いそうってこともないし、なんだか残念な気もするね。
「我が旨いと思えば、食したい欲求もわくのではないか?」
それは良いことなんだろうか?
「ルー様、ここはあたしたちだけでもできるので、父さんたちが建てているのを助けてもらえませんか?」
成人間近の女の子が、ルーと私が飽きてきたのを察知したかのように提案する。
「それならまだ建てていない集会場を先にしようかな」
「しゅーかいじょーってなんでしゅかぁ」
「集会場だから広場のことかなぁ」
噛んだことを指摘しても良いものか思案していると、隣にいた子が口を挟む。
集会場なんて村にもなかったから、言葉のニュアンスは伝わってもそれが何かは想像がつかないようだ。
「集会場とは、みんなのお家をまとめて一個にしたくらい大きな建物だよ」
「へぇ〜」
「雨の日も駆けまわれるくらい広いよ」
「ふおぉー!」
「病気の人が泊まれるように、治療する場所もつくるよ」
「いやぁ〜」
いちいち返事をする子どもたちがかわいい。
「みんなが手伝ってくれるなら、予定よりも早く出来そうだなぁ」
やっぱりここでも、医者や病院は子どもたちに嫌われてしまうのだね。だけど、雨の日に遊べる広い部屋の話は魅力的だったらしく、背中を押されるように送り出された。
「では、水草の植えつけは君たちに任せた! ケガや事故に気をつけて完成させたまえ」
張り切る子どもたちにむかってちょっと偉そうに指示を出すと、こんなノリに慣れてきたのか良い返事が戻ってくる。
それならばここは子どもたちに任せて、次は集会場を完成させよう。私は作業中の大人たちに目配せしてから、建設予定地へと歩き出した。




