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暮らしやすさを求めて

 

 拠点を囲む水路で洗濯をするから、ガチョウを遊ばせるのは止めておいた方が良さそうだ。だけど最後に井戸水ですすぐから、気にしすぎなのかも知れないかな。


「聞けばよかろう」

「そうだったや」


 相手に聞けば解決する問題を無駄に悩んでしまうのは、私の欠点なんだろうな。


「ガチョウの小屋を板塀で囲むんだけど、水路に行けるようにする? 囲いの中に浅い池も作るから、運動不足にはならないと思うんだけど」


 元の集落では深さ三十センチくらいの水場が準備されていたから、たぶん泳げるような場所が必須なんだろう。


「閉じ込めちゃうの?」

「ガチョウがかわいそう」

「でも、たまご探しが楽になりそうだぜ」

「羽根を拾うのも簡単よね」


 放し飼いに慣れているからか小屋を作るのには賛成だった子どもたちも、ガチョウを囲うことには反対らしい。小さい子はかわいそうだと泣きべそをかきながら言うが、十歳前後の子どもたちは作業効率を考えた発言をしている。

 ガチョウの世話をただかわいがっているだけか、仕事と認識しているかの違いっぽいな。


「ガチョウたちが眠る夜だけ扉を閉めて、日中は放しておくこともできるよ。それよりも洗濯している側で、ガチョウが泳いでいても平気かな?」

「? へーきよね?」

「なにかダメだった?」


 わりとみんな平気なのかな。私だけが潔癖症みたいなリアクションをとられちゃったけど、衛生的な知識がまだ広まっていないんだろうか。

 洗濯に何を使ってるか確認しておかないと。


「洗い物をしている隣でガチョウが糞をしたら嫌じゃないの?」

「あー。それはすすぎ直すしかないわね」

「でも、雨水で洗うのは下洗いだけだったよ。食器は精霊が出してくれた水を使うの」

「敷布や毛皮は別に気にしないよね」

「ここの水路はキレイだから、心配ないと思う」

「俺のかぁちゃんはいもーとのオシメをタライで洗うけど、その水を水路に捨てたりしねーけどな」


 汚れた水の処理方法を教わってるってことなら、大人は衛生管理の大事さをわかっているのかもね。


「チカよ、この地の井戸には屋根を設置し、それぞれに精霊も住んでおる故、心配はいらぬ」

「そっか。井戸には屋根とかフタとかが必須だね」


 村で見た雨水の水瓶にはフタがなかったな。あれって鳥の糞が屋根に落ちたら雨の日に水瓶に溜まるってことだ。

 氷柱(つらら)がばっちいのと同じ理由であの水は汚いんだけど、そうするしか水が確保できないならどうしようもない。


「あんまり気にしないことにするよ。問題があったら改善しよう」


 予防と対策って大事だと思うけど、もとの世界の常識をいつまでも引きずっていても良くないか。


「それで良い。精霊たちは主が傷つくことを許さぬ故」


 なるほどね。


「ルーさま! どれくらい広くするんですか?」


 五十センチほどの枝を持った子どもが、トイレから少し離れた場所から地面に線を引いている。


「そうだなぁ」


 住居の区画と水路のあいだは、五メートルほど離している。洗濯したい人たちが集まっても邪魔にならないように、水路からもっと離そうかと思ったが、敷地が広いので調整がききそうだった。

 水路に近ければ五メートルの距離だが、離せば十五メートルは間隔がとれたので、各家ごとに好きにさせたのである。


「北側は櫓、南側は畑か。これならガチョウが閉じ込められたと不満を持っても、騒音はそこまで酷くないかな」

「この子たちはうるさくなんてしないわよ」

「騒いだら森の動物に気づかれて、食べられちゃうんだぜ」

「そうなの?」


 それは思ってたガチョウと違う! たった二羽だけでもグワッ、グワッと鳴いて、隣家との騒音問題になった話を読んだことがあるはずだよ。


「我は同一だとは申しておらぬぞ。似たようなものは同じ名の方が、チカの頭でも理解可能と配慮したのだ」

「そいつはありがとよ」


 こちらとしては、もとからの資質ではなく欠けた記憶のせいだと思いたい。


「よし! これからヒナも育てて数を増やしていきたいから、十メートルの幅で長さは十五メートルくらいで囲もうか」


 トイレは道の方を向いて立っているから、その裏にガチョウ小屋を建てよう。そのトイレの南側に木を植えれば木陰ができるから、ガチョウもトイレの中も暑さで困ることにはならないかな。

 それぞれの区画は小石を置いているので、境界がわかりやすく隣の敷地にはみ出すことはない。


「あんまりギリギリに線を引くと、歩く場所がなくなっちゃうよ」


 多少線が歪んでいても、板を並べたらまっすぐになるだろう。


「この広さでどうかな。ここに小屋を建てるでしょう?」

「おっきいわね」


 二十羽もいるから落ち葉の寝床はこれくらい必要だし、卵を取りたいときに危なくないよう、余裕を持った広さがないと逃げ難いだろう。


「池はこのあたりだし、エサ箱は掃除しやすいように畑の方に置こうか? 食べ残したのがあれば、そのまま畑の横に埋めて養分にしたらどうかな」


 柵の出入り口は、南側に設置したら木陰からも池からも距離がある。開けた途端にガチョウが逃げ出すことはないだろう。


「ここに池があれば、飲み水の箱の掃除がいらないよね」

「お水は重くて大変だったのよ」


 子供たちがこんなに世話を頑張っていたのに、怠惰な大人が卵や肉を搾取していたなんて、恥知らずなことだ。

 村に家族の遺体があるからと、あんな奴らと集落に残った人たちの判断はどうなんだろう。愚かだと言うのは簡単だが、亡くした家族の『命の欠片』を草むらに転がしておくことが、どうしても耐えられなかったのならば仕方がない。


『親だけ残して子どもを連れてくることもできたね』『無理であろう。我らは信頼を得られてはおらぬ』『たしかに、熱心に説得したとは言い難いか』『ついて来た者等も、自らの精霊を信じた者か、あの場で死ぬよりはと諦めた者が多かったのだ』


 いままで生きてきて、町の人ごと死ぬかもって思ったことなんかない。自分ひとりならお腹が痛いだけでも死ぬかもって泣いたけど、人類滅亡の予言だって雑談のネタにしかならなかった。


「まあいいか。じゃあここに板を出すよ」


 亜空間収納(インベントリ)から出した板材は長すぎるから、ちょうど良い長さでカットしよう。土に埋まる分もあるから、試しに半分の百五十センチで切り揃えてみよう。


「じゃあ、これぐらいで一本だけ切ろうか。豆――?」


 豆太はいつから大人しかったっけ? (やぐら)を眺めて嬉しそうに跳びまわっていたけれど、静かになったタイミングがわからない


「あれっ? 豆太はどこに行ったんだっけ?」

「まめちゃんならあっちに行ったよ」


 小さな女の子が指差したのは畑の中央付近で、たしかに豆太が浮かんでいる。真下を気にしているのは、何かを見つけたんだろうか。


「豆太〜、何してるの?」


 二十メートルは離れていたから豆太が聞こえるように大声で呼ぶと、まわりの子どもたちだけでなく大人たちまで驚いた顔をしていた。


「あぁ、ここでは大声で歌っても笑っても問題ないよ。そのための堀と柵だし」

「びっくりしたぁ」

「この前、騒いでた人たちが来たせいで、おじいちゃんが死んじゃったの」


 ってことは、この子は西の集落の子か。大騒ぎしながら狼を引き連れて、集落に逃げ込んだらしいからな。


「ゴメンね、悲しいことを思い出させちゃったけど、ここでは安心して欲しい」


 二日、三日で生まれたときからの習慣がどうにかなるとは思わないが、楽器とか歌に興味を持つ子が出てきたら良いな。

 お腹から声を出すのは気持ちが良いし、ストレス解消の手段として安上がりだと思う。車の中は個室だから、通勤時の運転中はひとカラ状態で発散したものだ。


「たーまーごー」


 ちょっとしんみりしていたら、豆太から返事が来た。なにかの卵を見つけたらしい。青虫の卵だったらキモいので、私は見に行かないぞ。


「ガチョウが二個産んでたよ」


 三人の男の子が見に行ったら、一羽のガチョウが産卵していたらしい。畑の真ん中で温められても困るので、すぐにでも小屋が必要になってしまったな。


「お願い豆太、ガチョウのお家をつくるから板を半分にして。ルーは板を差し込めるように、線のとおりに地面を掘ってくれる?」


 何度か深さを変えて強度を試したが、半分の百五十センチの長さで、勿体ないけれど五十センチほどを埋めたときが一番良さそうだった。


「それじゃあ、みんなでこの板を掘った穴に刺しておいてね」


 仕上げはルーが上から叩いて、穴を土で埋めながら踏み固めて板を固定したら完成だな。

 小さい子には自然と年上の子どもが手を貸して、邪険にしないで作業を手伝わせている。


「さて、いまのうちに小屋を作っちゃおうか」


 風通しは大事だよね。三方向に窓をつければ熱がこもることもなさそうだし、気をつけるのは子どもの手が届く高さにすることくらいだ。

 床は土のままで良いけれど、少しだけ高くして雨が染み込まないようにしよう。

 壁沿いにはカラーボックスみたいな箱状の仕切りをつくり、落ち着いて卵をあたためられる巣にしておいた。


「初めてにしては良い出来じゃない?」


 次は池を作るぞと小屋を出ると、すでに柵は大人が手伝って完成していた。扉も閂で閉じられるように付け足され、見た目も素人の作品には見えない。


「あとは我に任せるが良い」


 大人たちには負けられぬと、ルーが張り切って魔術と精霊を使ったため、日本庭園のような岩で囲まれた池と、フカフカな落ち葉のベッドが秒で完成した。


「精霊がおだてたら、ルーは何でも出来ちゃいそうだよね」


 豆太をはじめ精霊たちからすごいすごいと褒められたルーは、デレデレしながら飴を配っていたのでそれ以降は仕事にならなかった。しかし優秀な子どもたちが集まり、大きなエノコログサのような植物でガチョウを集めたので、ガチョウたちの暮らしは素晴らしく好転したのだった。


「ヤバくない? これってみんなの家より立派じゃない?」


 焦った私はとりあえずの報酬として、ルーから拒否された酸っぱいオレンジとレモンのキャンディを、大人たちにも配って心を落ち着かせた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました

評価やいいねもありがとうございます


年内の更新は本日が最後で、次話は1月2日に投稿予定ですので、来年もよろしくお願いいたします

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