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もうこの村には用事がないな

 

「家政蜂ってこんなに多いんだ」

「む()がいっぱいよ。ちくちくは、ちゅいてにゃいのね」

「左様。メダーホルネッソの家政蜂は、武器を持たぬ」


 家政蜂には毒針がない。蜜や花粉を集めて女王の子どもを育て、二年程度で寿命を迎える。花が咲いている季節は、蜜が十分に集まったとしても休むことがなく、死ぬまで蜜を集めて過ごすのだという。


「なんか…………私、ルーの体にお邪魔できて良かった」


 ミツバチの体に居候して死ぬまで働き続けるとか、どんだけ業を背負ったのかって打ちひしがれるとこだったよ。


「我もチョコと出会えたことは僥倖であった」

「うん、まぁそうなんだろうとは思ってた」


 ルーから私と会えて嬉しいとか言われても、素直に受けいれるのは難しいわ。絶対に私以外の異物が混じったのかと疑うことになると思う。


「ぼくもちょこのこと、しゅきなの」


 チョコレートを恋人みたいに言うね。豆太の場合は私よりチョコが好きだという意味じゃなくて、単純にルーのチョコ好き発言に同調しているだけなので、全くガッカリはしていない。


「チョコが美味しいのはわかるけど、いまは蜂蜜をどうするかだよ」

「どうするかとは?」


 だってこれより大きい巣がすっぽりと収まる容器なんて、持ち合わせていないんだよ。不用意に壊して蜂蜜にゴミや幼虫が混ざるのも嫌だし、せっかく集めた蜜を地面に舐めさせるのは悔しいんだよ。


「そなたが集めた花蜜ではなかろう」

「蜂が集めた蜜だけど、ルーもひと口食べたら一滴だって無駄にしたくないって言うと思う」


 あれっ? ルーが知らないってことは蜂蜜を採取する人がいないのか。まさかこの世界では人体には毒だったりするのかも?


「メダーホルネッソが集めた花蜜に死をもたらす毒物は含まれておらぬ」

「赤ちゃんには良くないでしょう?」

「フム。チカの申すとおり、幼きものには毒となる可能性が高いな」

「じゃあ私が知ってるハチミツとそんなには変わらないかな」


 私、ハチミツの成分がどうとかは残念ながらまったく知らないし、ルーが乳幼児以外は中毒を起こさないって言ってるなら、全面的に信じても大丈夫だと思う。


「どの国でも蜂の討伐依頼は発生しておる。だが、蜜を集める蜂の種はそれほど多くはないのだ」

「へぇー、蜂って蜜を貯めてるものだと思ってた。じゃあ、この大陸でルーが初めて蜂蜜を食べるってこと?」

「街に住む者らは知らぬだろうが、野山で暮らす者の中には食した者もおるのやも知れぬ」

「まめちゃは? まめちゃもほちい」

「もちろんみんなで食べようね。私はそんなにはいらないけど、栄養があるから拠点のみんなにもあげたいんだ」


 話しているあいだにも、竈の近くにあいた壁の小さな穴から、家政蜂が行き来している。兵士蜂がいなくなって警戒するかと思えば、敵に対抗する手段がないからか、自分の役割に徹しているようだ。

 巣にまとわりついている蜂たちは、こちらに気づいてはいるが巣に近づいても視界を遮るばかりで、威嚇したり噛みつこうとしたりすることもない。


「やっぱり商会でおっきな(たらい)を買っとくんだった。これじゃあ幅が全然足りないよ」


 グリフォン商会では探さなかったけど、サフォーク商会に売っているのは気づいていた。プラスチック製品はひとつも見当たらなかったから、もちろん(たらい)は木製だ。

 サイズはベビーバス位のものから、おひつみたいな大きさまで色々あったから、何に使うんだろうかと横目で見てはいたんだよな。


「どうしようかなぁ」


 この村にある巣の数からして、持ってきた容器では到底足りなかったようだ。まさか十個も巣があって、半年程度でここまで大きく育っているとは思わなかったのだ。

 それにこの巣のどこを壊せば蜂蜜が出てくるんだ? 一番下の一層目を外したら、蜂蜜が垂れてくるんじゃないかな。

 ルーは何も言わず、私の判断力を試しているように感じるし、豆太にも指示を出さないと信頼関係が育たないんだったな。


「ルーはサフォーク商会で見た盥は作れそう? できるなら巣が入る分欲しいんだけど」

「わけもない」

「豆太は巣の中にいる蜂が、どこにいるのかわかるかな?」

「わかゆよ! ねんねしてゆこと、ごはんたべてゆ

 こがいるの」


 寝てるのは蛹で、食べてるのは幼虫かな。

 豆太と話していたほんの数秒でルーが創りあげたのは、幼児が遊ぶ家庭用のビニールプールのようなサイズの盥だった。


「デカ過ぎんか?」

「だが、この巣にメダーホルネッソがいる限り、亜空間収納(インベントリ)には仕舞えぬ」


 まとめて運ぶほうが楽だとルーが言うので、そちらはお任せする。

 私たちは悩んだ結果、蜂蜜の貯蔵庫を丸ごと採取して、子育てのための部分は切り離すことにした。

 蛹や幼虫がいる部分は、さすがのルーも食べるとは言わなかった。というより貯蔵庫部分だけでも相当な量が採れたので、満足してくれたのだと思う。

 蜜だけの部分ならば亜空間収納(インベントリ)で運べるし、家政蜂は切り離した育児スペースに集まったので、デコイとして置いておけば作業の邪魔をそれほどされなかったのだ。


「じゃあ、残り八個の巣を解体するぞー」

「しゅりゅじょ!」


 最後にとっておいた村長の家の巣は五層にもなっていた。花粉の色も相まって、重ねた巨大なパンケーキを横から見ている気分だ。


「ここを押さえておくから、スパッとやってくれる?」

「まっしゅぐきりゅじょ」

「うん、ここは真っ直ぐ切って大丈夫」

「みぎのほーからきりゅのよ」


 豆太の指示で育児室を切り離して盥に落とし、貯蔵庫の方は別の盥に入れて即亜空間収納(インベントリ)に片づける。切り取った端から蜂蜜が滴り落ちてくるのを、零さないように盥を並べた。

 蜜に異物が混ざらないよう慎重に作業する私を、現場監督のような厳しい目で見ているかのような気配が、たまに魔術で補助するルーから漂ってくる。

 家の修復をしながら蜜を回収していくと、最後の家に取りかかる頃には既に昼を過ぎてしまっていた。

 小さめの巣がひとつ、女王と家政蜂だけを残して回収を終えた私たちの前には、大きな盥三つ分の廃棄する巣が山になっていた。亜空間収納(インベントリ)にはこの倍以上の貯蔵庫部分が入っているので、初めてのハニーハントとしては素晴らしい結果を得られたと思う。


「蚕の蛹は鯉の餌にしてたんだっけ?」

「そうなのか?」

「うーん」

「おうちのとっとにもあげゆの?」


 お家のとっと……ガチョウか! 貴重なタンパク源だから、問題なければ良い餌として与えたいかも。それに巣の部分からは蜜蝋がとれて、クリームとかワックスに加工されていたはずだ。


「外国の老婆が蝋燭を作っておった」

「んー? 覚えがないなぁ」

「作り方は単純だが、手間はかかるのだな。そなたは座って見ておっただけだが」

「なんにも思い出せないよ。あんまり興味がなかったか、母親に付き合って見ていただけなのかも?」


 再度相談の上、盥の中身は持ち帰ることになった。村人たちの心情に配慮して実物は見せないことにして、いままで採取したことがあるのか聞いてから、セバルトさんたちと処理の方法などを話し合うことにする。


「メダーホルネッソを避けるミントを植えていたくらいだから、ある程度は生態を知ってそうだよね」

「土に返しても無駄にはならぬが、利用できるのならばそれが最も良いだろう」


 最後に村長の花壇に植えてあった花を根こそぎ抜いて、細かく刻んで土に返した。これが生えているから、メダーホルネッソが襲ってきたとも言えるので、元凶がなくなれば残した蜂たちも引っ越していくだろう。


「ここまでしたら冬に村人たちが戻っても、兵士蜂に襲われることはないんじゃないかな」

「ここに住まいし者等は巣の跡を見つけ、脅威が去ったことを知るであろう」

「あれっ? じゃあさ、残った巣から蜂蜜を取り放題だったりする?」

「貴重な糧故(かてゆえ)、新しき住まいにすべて運ぶであろうよ」

「なんかモヤモヤしてたから、残らないって知ってスッキリしたわ」


 ケチ臭いけど、あの性悪住人たちにタダで甘味を与えるのは嫌だったのだ。

 豆太に村の周辺を探ってもらい、あの赤い花が咲いていたら抜いておいた。これも異常気象のせいで咲いたのだとしたら、大陸中ではどれほど影響があったのだろうか。

 ここを立ち去るとき、村人の家を数軒貰っていこうかと思ったけれど、拠点での生活に差がついてもいけないだろうと思いとどまった。


「ポータルを開く前に村の上空に行きたいんだけど」

「まめちゃがおにもちゅもったげゆね」


 ふわりと盥が浮きあがり、ルーが龍の姿へと戻る。龍の目で眼下の森を見渡せば、村と東西の隠れ里の三ケ所すべてが別の国の領土だった。

 東の里は、ジャスティーナちゃんが暮らす国の、南西の端っこにあった。この辺りは森が深すぎて、国境も曖昧になっているらしい。


「てぃかぁ。はちゅみちゅは、いちゅたべゆの?」

「家に帰ったらみんなで食べようね」

「ちょこは?」

「チョコにはかけないかなぁ」

「ちゅけないにょ?」

「蜂蜜があるし卵も精霊の棲家(ダンジョン)からドロップするから、牛乳があればプリンが作れるんだけどね」

「ぷりんとな! 我の分もあるのか?」

「牛乳があればいくらでも。でも佐々木商店から買ったことがあったかは微妙だよ?」

「まめちゃはよいこよ?」


 豆太よ、意地悪で作らないんじゃないんだ、材料がないと作れないんだよ。


「なのちゃんがいたらなぁ。豆太が喜ぶようなお菓子をたくさん作れたんだけどね」


 妹はお菓子作りが趣味の子だったからなぁ。

 こんなことを考えたせいでこの世界のルールがねじ曲がっただなんて、一体誰が予測できただろう。


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