私の名前と豆太の正体
「るぅはどこにいくの?」
豆太には魔神の声が聞こえていないみたい。魔神なのかと聞いたくらいだから、その存在は把握していそうだけれど、目の前を楽しそうに歩いている姿から、危険なものだとは思っていなさそうだ。
パカパカと。いや、ぱかぱかが正しいな。そんな感じに蹄を高くあげ、ご機嫌でぐるぐると私の周りを跳ねまわっている。
「お腹が空いたから街に行きたいんです」
着るものが解決したから、次はお腹を満たしたい。でも私……。
「…………無一文だった」
この国が物々交換だとしても、対価になるものを持っていない。着せてもらった服を売る? そしてまた裸ん坊ですか、そうですか。考えた結果、豆太が飛べるから高い木の実を採取し……ムリだぁ。蹄じゃ物は掴めないよ。
「るぅもとぼうよ! きもちいーよ」
豆太が目の前を駆けながら空へと誘う。私の腹ヘリはガン無視ですか? 飛べたら木の実も採れるんだけどね。でも私は翼なんか生えてないし、魔神は初心者なんだから飛ぶなんて無理だよ。
豆太のたてがみが風にそよいで、とっても気持ち良さそうだ。それに比べて私のアタマは何なのかね。やっぱりこの髪は邪魔だな。
「ハサミよ出ろ」
うんともすんとも言わないねぇ。空腹問題が解決しそうにないから、ウザったい髪をどうにかしたかったんだけど、ハサミはだめか。魔神はハサミを出せないのか?
「我の鬣を切るのは止めよ」
ほんとになんなの。それに、たてがみぃー?
「木の実など、いくらでも採れよう? ふむ、手伝ってやろう」
はぁ? あー! そうそう。
じんわりと記憶が侵食してくる。どういう仕組みなのかはよくわからないが、炙り出しの文字みたいに、徐々にもうひとりの記憶が鮮明になってきた。
「わかったわー。るぅね、そうか。りゅう、龍だよ。私の身体って龍なんだよね」
「我の体ぞ」
「確かに!」
これは私の体じゃないわ。なんか、そこだけはわかったよ。私が知っている暮らしは、この大陸ではありえない。
他の大陸への干渉が許されないんだから、飛行機や船なんて、この世界では不可能だ。この龍ですら、足をつけられる大地はこの大陸だけなんだから。
「はいはい、わかった、わかった。あー、気持ちいー」
手探りで歩いていた迷路に、案内板ができた感じだ。すべてがわかってゴールできたわけじゃないけど、いくつかの目印があるだけで選択肢が格段に増えた。
体が満たされ力が漲って、たやすく空を駆け上がった。巻積雲を絡めとってから払うように急降下し、見上げるばかりだった梢よりも遥かに天空で、とぐろを巻いて眼下を眺める。
そう、西洋型じゃなくて、ブータンの国旗に描かれている方ね。東洋型の龍です。ちなみに指は五本で玉は持っていないもよう。逆鱗はどうだろう? 脱皮するとき生え変わったような気もするなぁ。皮を脱ぐというよりもガラスが割れるようなエフェクトだった気がする。
「うわぁ、龍の記憶も混ざっているのか!」
私は絶対に人だったから、この惑星を一日で一周したり、空中散歩した記憶は自分のものじゃない。飛ぶのが楽しかった頃、遠目に他の龍を見たことがあったみたいだけど、大陸の数とは一致しないから、一大陸に一龍ではないようだ。
「我と同じ種は、他に四体しかおらぬ」
龍が希少性をアピールしているが、私にとってはただの宿主である。魔神でなくて良かったし、この大陸には魔神はいない。他の大陸は知らん。龍の記憶には、はるか上空から見た地形や、豆つぶ以下の建築物しかない。
龍も若い頃はヤンチャなことをしていて、石ころを落としてみたり、ギリギリまで近づいて咆哮してみたりと、他大陸への干渉を試みていたようだ。
「それよりも、上位精霊を置いてきてよいのか?」
…………なんか急に話を変えたね。それに豆太のこと? あぁ、なるほどマニェータか!
豆太と呼んでいたあの生き物、正しくはマニェータといい、空飛ぶ仔馬ではなく上位精霊のことである。姿もいろいろな生き物の姿をとっていて、鳥や犬猫などの人に馴染んだ姿をしていることが多い。
仔馬の姿は珍しいし、馬具まで付けているとなると、かなりレアな個体と言えよう。
これの下位はマリェンモと呼ばれ、見た目は拳サイズの発光物である。色は五十種とも百種とも言われているが、見たものの心持ちを表すという迷信のせいで、暗色の確認報告は極めて低いのである。
そしてマジ魔神の正体は、高位精霊でマジェマージヌと呼ばれる、人型の精霊のことだった。
「るぅが龍なら名前にはならないか。なら私の名前はどうしよう?」
名前、なまえ、名前よ出ろ〜。
『お前、親から嫌われてんのかぁ?』
…………なんか無性に苛ついた。めっちゃ煽るような口調で、男児から貶された気がする。
これは何の記憶だったっけ……。
『お前ちゃんと名前の由来調べたのかよ。央って字は、尽きるとか止むって不吉な意味なんだぜ』
『三田君、それは動詞の場合だよ。名前なんだから名詞の意味で良いじゃないか。君は市井さんにちょっと意地悪だよね』
委員長、君はあいかわらずいい人だな。そして三田は一生話しかけてくんな。人の名前の由来を調べてまでイヤミを言ってくんな、暇人め!
『ミータんは市井のことが好きなんだよな〜』
アホか、藤原。斜め後ろの席からジュリアが睨んでるじゃん。チア部は敵に回したくないんだよ。
なにかと庇ってくれる委員長と、藤原が率いるサッカー部の子たちのひやかしで、スクールカースト上位の女子たちに睨まれたんだった。
委員長は基本みんなに優しいからマシだけど、藤原の言動は質が悪過ぎて、その日はコソコソして放課後まで過ごしたっけ。
いや、そんなことより名前だよ。
『央の名前の由来かぁ。父さんもその授業やったなぁ。二十年以上経ってるのに、授業の中身はそんなに変わらないもんだなぁ』
帰宅直後の父に突撃したら、そんな感じだった。それより作文書くから由来教えて。
『父さんな、めっちゃコミュ障だろう? だから子どもは人の輪に入れるようにって、輪って付けたかったんだよなぁ』
いや、それじゃ作文は書けないんだけど。
『ママのね、好きなアニメのキャラが央君だったの。でもちかちゃんは女の子でしょ。あきらちゃんでも可愛いのに。ばぁばがダメって止めたのよね』
ばぁば、グッジョブ! 次の休みは畑仕事を手伝いに行こう。そして母さんは陽キャオタクだったのかぁ。
『でね、ママほかの読み方を調べたの。で、ちかちゃんでもいいのかなぁって』
て? …………無いの? 続かないの? 終わり? 終了?
どうしよう。原稿用紙は一枚以上二枚以内なんだけど。
『大丈夫だよ央。AI先生に由来を考えて貰おうよ。父さんも飲み会の幹事の挨拶とかでよく使ってるから。ホントは読むのも代わってほしいんだけどなぁ』
『さすがパパ、コミュ障の極みね!』
母さん、それは褒めてるの? まぁいいか。父さん、スマホ貸して〜。
《……「央」という文字の由来は、首枷を付けられた人から発祥し…………。》
父さん、作文の難易度がさらにあがったんだけど。
「うわあぁぁぁ! 怖すぎぃ!」
嫌な記憶が蘇ったわ。でも名前はわかったよ。市井 央。それが私の名前だ。
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帝国側と龍との認識の違いについて
帝国民は龍を神竜と呼び、ドラゴンの神様と考えている
真実は、龍とドラゴンは別の生き物で、この大陸担当の管理者みたいなもの 精霊と魔素の調整役
帝国民は、妖精がついていると高度な魔術を使えると思っている 妖精は気まぐれで離れることもある
真実は、人についているのは精霊。妖精は他国の童話
人が術を使うことで精霊は成長できるので、気に入った人につくし、離れない ステルスしているだけ
ですので「龍」と「竜」、「精霊」と「妖精」は誤変換、誤字ではないです