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ハチミツは甘いけど、苦虫を噛み潰したような表情になるよね

 

「おひしゃまのほーから、しゃんびきくりゅのよ!」

「お日様ってどっち!?」

「左上ぞ」

「豆太、そっちは左上の方って言うんだよ」


 太陽の向きなんて咄嗟にはわからないよ。ゴメンだけど豆太にも協力して欲しい。

 戦闘中じゃなければ空を見上げて確認するんだけど、ムチを振り回しているときには無理な話だ。


「当たれ! よっ! で、三匹追加ね」


 振り下ろして一匹潰し、返す動きで打ち上げたムチは空を切った。それをぐるりと回してもう一度振り上げ、回避した蜂を追撃することで駆除すると、追加の兵士蜂が五メートル前後まで近づいている。

 豆太は近づく兵士蜂の索敵と、巡回している蜂の偵察を担当しているため、一番忙しいが嬉しそうだ。

 豆太があまりに幼い口調なので勘違いしていたが、精霊としては上位だというのが良くわかる。豆太は私が討伐しやすいように、風を使って数匹ずつこちらに近づくよう調整しているのだ。


「てぃか、ひだりのはんたいはなぁに?」

「ひだっ! り! の反対はぁ、右!」


 ルーの体はスタミナ不足になりにくいし疲労状態とも縁がないが、居候の私の精神的疲労が足を引っ張っている。


「わかったの。みぎのおうちは、なにもいないにょ」

「じゃあっ! コイツを! 倒せば! よし。ちょっと休めるね」


 空を切る音のなかで返事をするが、力が入ると息を止めてしまうため途切れてしまう。

 ルーは落ちたメダーホルネッソを、土と撹拌して地中に埋めた。発見からの討伐、埋葬が流れ作業になりつつあるが、花壇から離れた家から点検しているのでまだ半分も見ていない。


精霊の棲家(ダンジョン)じゃないとドロップ品もないし、あんまりやる気が起きないね」


 逃げるときに締め忘れたのか戸が開けっ放しの家に入るが、さすがにまだ朽ちてはいない。


「討伐依頼が出ていない故、針を確保しても意味がないぞ」


 魔獣は討伐依頼を受けていないと、たいした収入にはならないようだ。皮や肉などに価値があるなら亜空間収納(インベントリ)に確保したのだが、メダーホルネッソの毒針は良い目的には使われないらしいので拾わない。

 ルーは戸を締めると、真っ暗な空間に灯りを浮かべて部屋を照らした。


「あのにぇ、おそらからみじゅはこぼりぇないじょ」


 雨漏りはしないらしい。


「ありがとう。じゃあこの家は大丈夫だな」

「豆太には褒美を授けよう」


 ルーが亜空間収納(インベントリ)から出したのは、『たべっ子アニマル』の箱だった。これはバターの香りがするビスケットで、いろんな動物の形に型抜きされているのだ。


「豆太のビスケットを探そうぞ」


 ルーは中身を空にぶちまけたと思うと、ビスケットは落ちずに空に留まり続ける。不思議なことに、ビスケットに書かれた文字はこちらの、しかもグリフォン商会で見た文字に変わっていた。

 それらが豆太のまわりを緩やかに動き、誘うように跳ねたり歩いたりしている。


『なんたる魔力のムダ遣い!』『良いではないか、豆太が喜んでおるのだぞ』


 確かに豆太は嬉しそうに飛び跳ねながら、夢中になって自分の姿と同じ馬はどこかと探している。


「子どもが休んでる間に、大人は仕事をやっつけちゃうか」


 ルーは少しだけ渋っていたが、ここで手間取ると蜂蜜入手が遠くなると思ったのか、私の意思に従ってくれた。本当は豆太が馬を見つけて喜ぶ様を、ずっと眺めていたかったに違いない。


「キッチンは半分外みたいなものか」


 どの家の間取りも土間があり、そこに竈が一つか二つ置かれていた。床板が敷いてある部分にはテーブルと椅子がある。動物の革の衝立なようなもので仕切られた奥には、木箱のような寝台と毛皮や絨毯が敷かれた寝床が見つかった。


「この家はワンルームだね。椅子が五脚あるから、五人家族だったのかも」


 仕切りが三つで寝台は五つあるから、夫婦が二組に子どもが一人じゃないかな。祖父母、両親、子どもでひと間か。


「追いやられた者らからすると、十分広かろう」

「そうだね。部屋の隅には荷物も結構あるもんな」


 低い台の上には木箱が三つあるが、これを持って逃げることはできなかったのだろう。


「大人が担ぐにしろ、補助が二人はいないと難しそうだ」

「中を確認せぬのか?」

「空巣みたいなことはしたくないよ。それに腐るものが入っていたら最悪じゃん」


 それにしても、バルトフリートさんたちはこのくらいの建築技術は持ってるってことだよね。


「もう隠れることも逃げる必要もないんだから、今後はこれくらいの家を建てられる土地を配分しないといけないね」

「土地などいくらでも拡げられよう」

「いや、拠点にはまだまだ場所が余ってるから、まだ拡げなくていいよ」


 この大きさでは、娯楽に使えるスペースが足りない。食べて寝るだけの家なんて、雨の日は退屈だろう。


「違うか。雨が降れば手仕事があるわけだ」


 絨毯と言っても幅は一メートルないくらいだから、何というべきなのかわからないが、敷き布団として作られたのだろう。

 ものを売りに来る人はいないんだから、すべて村人たちのお手製なのだ。雨の日だからといって暇なわけがない。


「この家の住人は慎ましく暮らしてたんだね」


 きらびやかな装飾もなければ、遊べるような道具も見当たらないよ。拠点の子どもたちも、石ころや木の実で遊んでたもんな。

 しんみりしていたら口にチョコが放り込まれた。反射的に咀嚼すると、これはきのこ型のチョコビスケットだった。ルーはたけのこ型の方を好んでいて、私はきのこ一択だ。けれど口にあるのはどう味わってもきのこの方である。


「慰めてんのかな?」

「我はきょう、きのこの気分なのだ」

「そっか、ありがとう。美味しいね」

「豆太にも与えねばならぬ」


 ルーは照れたのか気まずくなったのか、豆太の方に歩き出す。

 龍の体に必要かは不明だが、水分補給を済ませたら残りの作業をやっつけてしまおう。


「じゃあ、豆太はまた兵士蜂を誘導してね」

「では行くぞ」

「ゆくじょ!」


 お菓子とジュースで休憩した私たちは、有り余る魔力で兵士蜂を駆逐した。家の探索を再開してから一時間あまりで、辺りを飛ぶ兵士蜂の姿は一匹も残さずに消え去った。


「まずはここにするか」


 村長の家は最後にしよう。

 あそこは巣が一番大きく育っているから、蜂蜜の採取を失敗したくないのだ。薄暗い室内の壁や棚の上、天井付近に、巨大なサルノコシカケ状に蜂の巣が何層にもなって貼りついていたのを確認すると、後回しにしようと意見が一致した。

 その点ここの巣は比較的新しく作られたのか、まだ小さいと思う。養蜂家ではないから、ルーに聞きながらの作業になった。


「これってどう採取するの? 切り込みを入れたら蜂蜜が垂れてくるのかな?」

「チカは採取方法の知識を持たぬ。だが、四角く切り取った巣を食しておるようだな」

「あー……コムハニーかぁ。あれはなのちゃんがバイト代で買ったのを、小さじ半分くらい舐めたんだった」


 正直、私の舌には合わなかったんだよね。凄く濃くて極甘過ぎだし、巣の部分のプロポリスとか蜜蝋が口に残るのも嫌だったから、全然美味しく食べられなかった。その点妹は、ヨーグルトやトーストと一緒に喜んで食べていた気がするな。


「チカは虫など食べられぬと申しておったのに、虫からとれたものは口にしておるのだな」

「ああ、ハチミツは蜂のゲロって話でしょう? 私もネットかなにかで見たけど、加熱処理してるものは気にならなかったね」


 それが気になるんだっら、お肉の部位で言えばホルモンとかも食べられないよね。


「幼虫や卵も平気なのか?」

「いや、それは無理だよ。ドキュメンタリー番組で食レポしているのを見たけど、あの姿をしてるだけで口には入れられないね」

「フム。それ故、チカは蜂の体液が混ざっても気にせぬのか」

「はっ?」

「コムハニーとやらを購入せし際、パンフレットを読んだであろう。あの農園では蜂蜜の貯蔵庫のみを採取し、提供していることが目玉だと書いておったではないか」


 そうだっけ? パンフレットって言っても、コムハニーの箱にハガキサイズの紙を二つ折りにした紙が同封してあっただけだったはず。


「一般的にはすべて採取し遠心分離させた後、不要なものを濾過して提供すると書いておった」

「あんまり聞きたくないんだけどさぁ、それはハチミツには蜂の血が混ざってるって言いたいのかな?」

「左様。全てではなかろうが、絞り汁が混入しておるな」


 うーん、あんまり気持ちがいい話じゃないな。商品として売られているんだから、衛生上問題ないと判定されてるんだよね。だとしてもなぁ。

 それでも幼虫がいないところだけを採取している業者を選べば、蜂本体の要素は除けるんだから、それほど気にしなくても良いんじゃない?

 究極に虫嫌いな人がハチミツを食べるとは考えにくいよね。蜂が集めているのは周知の事実だし、まさかバケツを持った蜂がスプーンで集めてるなんて、メルヘンな思考の大人はいないでしょう?


「それに何度も騒がれたではないか、色素の中には虫由来のものがあると」

「コチニールだけだよね? あれは話題になったから覚えてるけど、わざわざ避けるほどじゃないかな。私は気にしないね」

「我はチョコのコーティングに使われていると知っておるが、チカは忘れておらぬのか?」

「ううん? 確かそれもネットで見たような……」

「そなたの国では、こちらでは口にせぬものまでも食すようだな」

「いや、それは文化の違いというか」

「我は生き物の糞を飲もうとは思わぬ」

「言い方よ!」


 それはジャコウネコとか象のことだよね。お茶やコーヒーとして嗜まれているのは知ってるけど、さすがに私も飲みたいとは思わないかな。


「まめちゃ、びんてすたでよかったの!」

「いや、人がみんなゲテモノ好きってことはないんだよ?」


 私は必死に豆太からの誤解を解いた。精霊のお友だちに伝わったら、この大陸では暮らしていけない気がしたのだ。


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