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拠点の整備と東の里人

 

「お留守番偉かったね、豆太。それでユミーは泣き止んだのかな?」

「んとねー、ころもたちとあしょんでゆよ」


 遊んでるの!? 子ども相手だとしても、よく声を掛けられたね。

 ひとりで商いをしていたくらいだからか、思ったよりも逞しいよ。っていうか保護者がひとりもいないんじゃ、自分が働かないと生きていけないもんな。


「子どもたちだって髪の毛が光ってない人を見たのが初めてだから、珍しかったのかな?」

「よーにとよーらが、かまどをみてたの」


 たしか、ヨーニとヨーラは双子の女の子だ。一卵性なのか本当にそっくりな双子ちゃんで、みつ編みが二本なのがヨーニで、一つなのがヨーラである。

 たぶん十歳前後だと思うが、なかなかに口八丁で賢そうな子だったような気がするよ。

 両側から話されると賑やか過ぎるので、ルーは苦手っぽかったな。


「それで?」

「なあにって、おはなちちたのよ」


 竈を見たことがなかったから、これは何ですかって聞いたってことか。里人の子どもの方から話しかけたのね。


「ユミーはちゃんと応えてくれたんだね」

「まめちゃ、ちゃんとおちえたのよ」


 詳しく聞くと、豆太は子どもらが竈が何か教えて欲しいと言っていることを、なんとか伝えようとはしたらしい。

 だけどその後のユミーの行動から推測するに、豆太の話をあまり理解してくれなかったらしく、お腹を空かせた子どもが物乞いに来たと思ったようだ。


「東の子らは、見るからに痩せてるもんなぁ。大人も全体的にふくよかな人はいないんだけど、東の人たちの痩せ具合は病的だよ」

「いっぱい、やいたの」

「店の小麦粉を使ったのか」

「まめちゃも、おてちゅらいちたのよ?」


 豆太も手伝ったと褒め待ちの構えで見つめてくるので、お願いして良かった、さすが豆太は頼りになると、子育ての見本のように絶賛した。――主にルーが。

 ユミーのことは炊事場あたりに行けば、もっと詳しく教えてくれるだろう。それなら母親の魂の欠片は、もう少し落ち着いた頃に渡したほうが良さそうだ。

 先に池を整備して、それから櫓の建設予定地に行こうか。


「人魚の池は雨風を(しの)げる、ちょっとした屋根のある場所が必要だね」


 夜に下半身が変化したとき、着替えたり靴を履いたりする場所がないと、全裸にジレだけ着て裸足で歩き回ることになってしまう。池からルーの屋敷まで二十メートルはあるので、まだ小さい兄妹の足が傷つかないように整備しなくては。

 丈の長い草木を抜いて小道をつくり、小石を排除しただけで大丈夫だろうか?


「とりあえず、脛が葉っぱや枝で傷つくことはないね」

湖の精霊(ゼーギュイス)は宙に浮けば良いが、人魚らにはできぬのだな」

「ふつうは人にもできないことだよ? でも裸足だと足の裏が汚れちゃうか」


 里人たちは革の靴を履いているけど、人魚たちは裸足なのだ。石畳までは必要ないけど飛び石があれば、さほど汚れず移動できるだろうか。


「フム、程々の平坦さであらねば、水により滑ることとなるのか」


 屋敷の南側にある池まで行くあいだ、ルーが歩いたあとには平らな岩が地中から生えてくる。池に着いて後ろを振り返れば、程よい間隔で飛び石の道が完成していた。


「るぅはしゅごいのね。みちができたの」


 さっきのお返しとばかりに、豆太がルーを褒め称えている。このふたりはお互いに価値観が似ているのか、相性がいいらしい。それこそ馬が合うって言うもんな。


「ルー、人魚の家族の分の靴は作れる?」

「革は何種か持っておる故、この履き物と同じ型ならば可能である」


 いま履いているのはグラディエーターサンダルだな。足首まで固定できるから、ただのサンダルよりも転び(にく)いんじゃないかな。


「いま履いているのもルーが創ったの?」

「うむ」

「じゃあさ、最初に豆太が私に着せたのは、どういう仕組みになってるの?」


 豆太って、私に表面積の少ない革製の服を着せたんだよ。豆太が亜空間収納(インベントリ)になめし革を持っているのは違和感があるし、私はなんだってあんな格好をさせられたんだろうね。


「豆太は風の精霊(ヴィンティスタ)ぞ? あれはチカの国でいうと、格闘家の衣装の一種であるから、おそらくは南方の国で見たのであろう」

「ずいぶんと防御力の低い戦闘服だな。本気で言ってるの?」

「魔獣と戦う狩人ならば命にかかわる故、防御力は高くなければならぬだろう」


 こちらの世界の格闘家は、役者プラス戦闘職みたいな要素があって、観劇みたいなテンションで客が戦闘を見に行くらしい。相撲のように国技として披露している所は少ないが、国営の闘技場もこの世にはあると聞く。


「そっか、豆太は自分が見たことのある服を着せようとしてくれて、ルーはその手伝いをしたわけね」

「それをチカが嫌がった故、豆太が悲しむ前に着替えたのだ」


 それはお手数をお掛けしましたよ。ってことは、ルーの亜空間収納(インベントリ)には、あの衣装が入っているってことなのね。


「この池の住み心地はいかがですか?」


 屋敷と池を何度か行き来して、人魚のための通路を確保したあとに、上半身を岸に預けている親子と精霊に声を掛けた。


「広々としていて気持ちがいいですよ。久々に尾びれを伸ばせました」


 返事をしたのは父親で、名はラメトゥという(よわい)八十六歳で黄茶の優しい瞳を持った、鱗が群青色の人魚である。年齢だけなら寿命を終える間近かと思うが、聞けば人魚としては四十代の働き盛りの男性だという。

 金髪直毛の肩までの髪を襟足近くで括っていて、泳ぎの邪魔にはならないらしい。

 時間があるので家族も紹介してもらう。母親はノンノと言い、鱗は紅色で腰までの茶色の髪は、緩やかにカールしている。歳を聞こうとしたら、優しそうな緑色の瞳が、眼光鋭く怪しい光を放っていたので、詳しく聞くことを遠慮した。

 息子はトゥムで鱗は茶金色、娘はミンケで青銀色の鱗を持っている。トゥムは肩までの金髪で母親のようにカールしていて、ミンケは漆黒の直毛だった。

 ふたりとも父親と同じ黄茶で、好きに泳げる喜びであふれている。


「これからちょっと整備するからね」

湖の精霊(ゼーギュイス)よ、この場所はそなたの好きにして良いぞ」


 女児の人魚の姿をしている上位精霊(マニェータ)は、桃色の鱗に水色の髪の毛、瞳はベリーピンクと、可愛らしさを全力で集めたような精霊だった。

 腰までのストレートヘアが水の中でも落ち着いていて、やっぱり人外なんだなと思わせる。


「わたしはピリカです。ここを、もう少しひろくしてほしいです」

「任せるが良い」


 これはルーが張り切ること間違いなしだね。

 私の考える理想的な人魚の棲家はこんな感じだ。

 池は岸に近いところは浅いが、中央に行くほど深くしたい。池の真ん中に島を創り、そこに四阿を建てる。屋根の部分は広くして、水の中にいても軒下に入れるようにしたいのだ。

 これは日差しが強いときに、日陰で休めるようにするためだった。

 四阿までは岩を列べて、飛び石の上を渡るようにする。四阿に渡るためと見せかけて、人魚が岩に座って髪を梳く姿が見たいからである。

 これは、あとで忘れずに櫛を買ってこないといけないな。

 屋敷側の岸には夜に必要な靴や体を隠す布を置ける場所を創りたい。秘境にある露天風呂の、小さな脱衣所のイメージだろうか。田舎のバス停もこんな感じな気がするな。


「できそうかな?」

「訳もない」


 ルーが私の想像どおりに、目の前の景色を変えていく。


「すごーい」

「ひろーい」


 考えていた風景につけ足されている要素があるが、概ね想像と一致する。四阿の隣には棗っぽい実をつけた樹木が葉を揺らし、伸びた枝が水面に影をつくっていた。


「絵画みたいな景色だな」

「良い出来よ」

「あとは水中に植物と生き物がいたら完璧だね」

「フム。南にある湖より採取してくるか」


 返事をする余裕もなくポータルが開かれ、地平線まで向こう岸が見えない湖の前に立っていた。

 ルーは湖面を見つめると、数十種類の水草や魚類、貝類に甲殻類、カエルなどの両生類、カメやスッポンなど。これらの餌になる昆虫類を、かなり厳選して捕まえた。


「堀の外には凶暴な種を放つこととする」

「なるほど、住人が落ちないように気をつけないといけないけど、害獣が侵入する可能性が減るから安心だよね」


 防犯のための措置だ。しかもタダなんて素晴らしい。

 池に放つ方は、病気や毒を持たないか細心の注意を払い、すべての個体を確認したあとに放流した。


「ピリカよ。満足しただろうか?」

「うれしいです。ありがとうございます!」


 精霊が喜ぶとルーも嬉しそうだ。

 脱衣所もできたし、しばらくはこれで安心だろう。子どもが遊べそうなビーチボールや水に浮かべるアヒルさんでもあれば良かったけど、佐々木商店では扱っていなかったはずだ。


「こんにちは、食料は足りてるかな?」


 炊事場では奥様たちが集まり、何かの草や枝を煮出したお茶を飲んでいた。ちょうど昼食の片づけが終わった頃なのかも知れない。


「あらま、ルー様じゃないか。どうぞこちらにおかけ下さいな」


 十人以上いても最初に声をかけてくれるのは、やっぱりジーラさんだった。


「そなた、ジーラを選んだのか?」


 ルーの問いに、オレンジ色のふわふわが縦揺れして応えると、ジーラは驚いて口と目を開いている。


「アタシに精霊が来てくれたのかい?」

「まだ下位精霊(マリェンモ)だが、竈の精霊(オフェニスタ)だな」


 はは〜ん。これはユミーのところの三体に感化されて、主が欲しくなったんだね。上位精霊(マニェータ)になれば、できることが格段にあがるからなぁ。


「スゴイじゃないか! ジーラは火加減に失敗したことがないからねぇ」

「ジーラの煮込みは最高だもの!」


 幼馴染だというデラとロモラが褒めちぎってあるが、私はその年『ラ』で終わる名前が流行ったんだろうかなどと、どうでもいいことを考えていた。

 そしてこっちの痩せ細った奥さんたちは、休んでなくて大丈夫なのかな?


「ホントにアタシたちは、これで終わりかと思ったわ」

「ツァネラんとこのご両親は残念だったね」


 暗い話になってしまったが、東の集落では深刻な食糧難のため、子と孫のために食べ物を譲り続けた老齢の夫婦が、栄養失調で衰弱した。最終的には餓死に近い自死で亡くなった里人が八名にも上ったという。


「孫がまだ小さくってね。母親の乳が出ないと赤子は諦めるしかなかったから」

「若いもんにとつないだ命だ。新しい土地で不安もあるけど、大きく育てたいねぇ」


 ユーマとドゥーナの家でもひとりずつ死者が出たらしく、悲しみの表情で頷いた。家にひとりでいても気持ちが落ち込むので、自然とここに集まったようだ。

 村長も、村から離れた場所に食料を保管しておいて、避難するときに回収できるようにしておけば良かったのに。

 二、三日生きていける分を、各方角に隠しておけば、どちらに逃げても回収できたかもしれないのにな。


「っていうかさぁ、亜空間収納(インベントリ)に食料を持ってた人は、村人の中にいなかったわけ?」


 ここでの暮らしに落ち着いたら、精霊の主を集めて、亜空間収納(インベントリ)に家族分の食料と水を持つことを義務にしよう。


 私は亜空間収納(インベントリ)から紙とインクを出して、荷物泥棒(グリックレーエ)の風斬り羽でメモをとる。

 インクは滲み、羽で書いたあとのわら半紙には穴が空いた。半分に折って使ってもどうしようもなかったので、ムシャクシャして丸めると竈に放り込んでしまった。


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