表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/80

ファンタジーな世界でも現実はシビアで甘くない

 

「国の天辺にいる人たちってドラマで見たように、失脚したり暗殺されたりのドロドロで真っ黒だった? 男女の愛憎劇ってド定番だよね」

「ドロドロは知らぬが暗殺は幾度も成されたぞ」

「そういえば皇妃のおやつに毒が盛られていたんだったね」


 左様。それ以前から後宮には惻妃や公妾、そしてその子どもが大勢おったのだ。それ故、己の子に王冠が授かるようにと、つまらぬ諍いを起こす度に、後宮に住まう者が激減したものよ。

 かの国が王国であった頃、我はまだ離宮ではなく王宮の一室を住処としておった故、人と関わることも多かったのだ。だが、我が奥庭の四阿(あずまや)で寝転んでいれば、子どもたちとその乳母は近づいてくることはなかったな。


「接近禁止令でも出されてたの?」


 否。その頃はまだ、王妃が我を神竜として国に招いたことを王宮の者らも知っておった故な。


「子どもが無邪気にしたことでも、精霊に被害があればルーに報復されるもんな。…………あれっ? 王国が帝国になってもルーは城にいたんだよね。いくら下位貴族でもルーをナンパしたり喧嘩を売ったりするなんてこと、なんで起きちゃったの」

「我に離宮と爵位が与えられ時が経つと、王族以外は我を神竜を祀る一族と考える者ばかりであった」

「それはさぁ、百年単位で時間が過ぎちゃってるんじゃないのかな。『浦島太郎』って昔話を読んだ記憶があるし。それで? 離宮を貰ったきっかけってなんだったの?」


 フム。あれは部屋を抜け出してきた幼い王子が四阿を訪れ、寝椅子に横たわる我に抱っこを求めたことが始まりであった。

 二、三歳で王の子となれば、甘やかされ放題であったのだろう。自分の望みも話も聞かず、完全に無視して目を閉じている我に怒りが湧いた王子は、煩わしくも眠る我のそばで足を踏み鳴らし泣き喚いた。


「幼子にその仕打ち。でもルーらしくもあるか。それで?」


 乳母が慌てて探しに来た頃には、王子の喉から声が発せられることはなくなっていた。母親である側妃が泣いて訴えたところでそうしたのが我だと周知され、話せないのならばと王子はあっさり王位継承権を失ったのだ。

 待望の男児を産み側妃としての地位も確実となっていたのに、我の怒りを買ったと口さがなく悪意にさらされるようになった側妃は、まもなく公の場から姿を消したと聞く。


「側妃とか妾って浮気をしないように、後宮に閉じこもってるんじゃないの? 元々公の場には出なくない?」

「誰の子であるのかは、精霊がおれば偽ることができぬ」

「凄いな精霊って。それはDNA鑑定よりお手軽だね」


 当時は我に喉を潰された王子としてたいそう憐れまれておったが、あのときの我は騒がしさにイラッとしただけで、王子の喉を傷つけてはおらぬ。


「なんだ、良かった。ルーがやったんじゃないのか」


 それが良かったとはいかぬのは、怪我ならば治す手段があった故に、治せぬのは神竜の神罰と判断されたことよ。

 あれは風の精霊が気を利かせ、王子の声が空気を震わせるのを禁じ、音として伝えることを拒否したのだ。喉に異常は無くケガならば治療すれば回復するが、精霊がかけた(まじな)いは、かけた精霊に解いてもらうのが負担の少ない方法だからな。


「もしルーが解こうとしたら?」

「解けぬ訳がなかろう」

「ええー。解いてあげなかったの?」


 なぜ解かねばならぬのだ? 精霊に願えば良いではないか。だが当の精霊が風の属性らしく、気ままにどこかへ行ってしまっておったな。

 王子にかかった(まじな)いは時が経過し、恨みに染まり(のろ)いに変化しておった。精霊が王子を(のろ)ったのではない。王子が我に恨みを持ち、側妃やその一族の憎しみや妬みによって悪意に染まったのである。

 そうなると精霊ではどうすることもできぬ故、神官による解呪で治療するのが一般的だが、(のろ)われた王子と認めることができなかったのか、回復の話を聞くことはなかったな。


「それってルーが王子の喉を潰す前に、精霊が助けようとしたんじゃないの?」

「そうかも知れぬが、最早どうでもよい話よ」

「あの、確認なんだけど、解呪は……」

「できぬ訳がなかろう」

「そっかぁ、そんな気はしてた。それで王様は跡継ぎを減らされないように、ルーに離宮を与えたんだね」

「左様」

「それは自業自得っていうか、ルーからの被害を防ぐための国の安全対策だよね」


 残念ながらその結果は、貴族たちがルーの正体を忘れたことで酷くなっちゃったみたいだけど。

 たとえ純然たる善意の行動だとしても、そういうものは得てして良い結果をもたらさないと信じいるので、私とはさもありなんとしか思わないけどな。


「精霊がやったのにルーのせいにされた上、離宮に隔離とか踏んだり蹴ったりって感じだね」

「そうとも言えぬ」


 聞けばルーはそれ以外に老若男女、身分や貧富の差など関係なく、精霊の敵を殺傷していた。

 精霊を貶める発言をした老人の鼻っ柱を物理的に折ったことも、セクハラにあっていた近衛騎士を助けて、丸裸の公爵夫人を王宮の庭園にある噴水に投げ入れたこともあったらしい。


「チカの言葉ではセクハラと呼ぶ犯罪のことだな」

「えっ! 王宮でセクハラ。丸裸ってどういうこと」


 ちょっと興味があったので詳しく聞けば、ルーは当時起きたことを淡々と説明してくれた。

 当時の公爵とは王族の次に身分が高く、その夫人も自分の欲求を満たすために身分を笠に着て、嫌がる若い男に無理やり跨っていたらしい。

 突然噴水に落とされ金切り声をあげた公爵夫人は、夜会の最中だったからかすぐに参加者である数組の男女に発見された。脱いだドレスと下着などはトピアリーに引っ掛けられていて、どう見ても乱暴に脱がされたとは言い難い状況だったらしい。

 その後、見張りをしていた侍女は露出狂の夫人を止めなかったと、その夫である公爵に紹介状もなく解雇され、夫人は療養のためという名目で幽閉されたと言う。

 ただひとり、侍女に騙され個室に誘導された近衛騎士だけは、目の前から裸の公爵夫人が消えたことに首を傾げつつも担当の警備を再開した。近衛騎士の上位精霊(マニェータ)は、誇らしげにその肩に座っていたらしい。


「なるほどね、精霊が助けを求めたのか。全然精霊が出てこなかったから、ルーがその近衛騎士に興味を持ったのかと思っちゃったよ」

「有り得ぬ。我が王宮への誘いを受けたのも、王妃の精霊が願ったからだ」

「そうなのかー。精霊はセクハラおばさんに手は出せなかったの?」

「衣類を庭木にかけたのは精霊たちだが?」


 ルーは精霊が素晴らしい働きをしたかのような言い方だったが、ただ衣服を運んだだけだと思う。


「こんなこと普通の人じゃできないよね。ルーがやったってバレなかったの?」

「王妃からは感謝されたが」

「へぇー。犯罪者を摘発したからかな」

「公爵夫人は王妃にやたらと敵対心を持っていたからな。夜会でのドレスや宝飾品やら、数えたらきりがなかった」


 そんなことをルーがよく知っていたなと思えば、茶菓子を準備され愚痴を聞く場に呼ばれていたようだ。ルーは他人に秘密を漏らすほど人に興味がないし、菓子に夢中で聞き流されていたとしても、不満を吐き出す相手に適していたのだろう。


「チカよ、領主館が見えてきたぞ」

「ホントだ。ポータルで帰るつもりだったんだけどね」


 話しが盛りあがりすぎて、歩く速度も加速したらしい。


「悪いんだけど、冬鹿を二頭ほど譲ってくれない?」

「構わぬ」

「何に使うか聞かないの?」

「領主への詫びに使うのであろう。感情がだだ漏れておるので、聞かずとも良い」


 人様の戦利品で償うのも心苦しいんだけど、精霊の棲家(ダンジョン)のドロップ品で菓子以外に価値がありそうなものに心当たりがない。なにせ、拠点の精霊の棲家(ダンジョン)はまだ若いからレアリティが低く、赤と黒が出ていないし白なんて本当に稀にしか落ちないのだ。

 精霊の棲家(ダンジョン)が熟成すると、ドロップ品だけではなく周りから採取もできるらしい。草原型だと薬草やハーブ類など、洞窟型だときのこや鉱石が、森林型だと木材や果実を採取できる。


「佐々木商店からはなにが採れんのかな?」

「チカが欲しがっていたパンや、購入したことはないが棚に並んである商品は手に取れるだろうな」

「おぉ! それは良いね。でもカビが心配だよ」

「精霊らはそのような害あるものまで再現はせぬぞ」


 なら安心して貰っていけるね。棚には懐かしいパンがならんでいたから、かなり楽しみである。


「ルーは知らないだろうけど、パンにもチョコのがあるんだよ」

「我が知らぬチョコだと」

「チョコクリームが中に入ってたり、表面に塗ってあったりするパンだよ。ルーはチョココロネとか好きそうだな」

「ちょこころね……」


 テレレッテレー。

 ルーはレベルがあがった。

 ルーは新しい呪文を覚えた。


「早く精霊の棲家(ダンジョン)が成長すると良いね」


 ルーからふわふわして暖かい感情が漏れ出てくる。どうやら物凄く楽しみであるらしい。

 流石に二度目は顔パスで門を通してもらい領主館に入ろうとすると、朝出かけるときに見かけた一団が仕事を終えて帰ってきたらしい。


「私さぁ、魔術師はローブに水晶玉が嵌め込まれた杖を持って、高い塔で高度な魔術の研究をしてると信じてたんだよね」


 一団はローブというより作業着を着ているし、杖ではなく梯子やバケツなどの道具を持っている。

 たしか彼らは、街に点在する井戸の水質調査に出かけていたはずだ。


「なんだか土木作業員みたいだな」


 読んだことがある小説ではドラゴンに乗って冒険する話がたくさんあったけど、ここでは竜と仲良しな人間はいないし、神様っぽい立場のルーは人を精霊の肥やし程度にしか認識していない。

 だからといって人に希望がないのかと思えば、精霊はわりと人寄りの存在らしい。まぁ、かなり気ままではあるが。

 魔術があるが、魔術師は夢みたいな存在ではなくサラリーマンみたいな存在だった。精霊がいれば良い仕事に就けるが、私の暮していた国で例えれば、地方公務員とあまり変らない。そんな甘くない世界にルーと私が初めて(もたら)したものが駄菓子とは。

 チカは異世界に拡めるのなら格好良い武勇伝の方が良かったと、わりと本気で嘆いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ