ルーは長生きだから経験が豊富
目前に座る壮年の男は、記録に残すためなのかこちらの氏名を確認してくる。髭面の店主はタッドと名乗り、こちらもルーだと返したら姓がないことに驚愕された。
この商会が相手にしているのは、貧民から所得の少ない平民がほとんどで、そのままの小麦粉を五十キロも買う客は、貴族かよほどの金持ちだろうと思っていたらしい。
『うん、グリフォン商会から精霊を盗むような人柄じゃあなさそうだ』『この男ではあの籠を買う金を捻出できまい』『そうだよね。悪いことをしてかき集めた汚い金に囲まれてるようには見えないよ』
瞑想中のルーは、いちおう話し相手もしてくれるようだ。大好きな精霊の話題に、脊髄反射で返しただけだったのかも知れないけど。
思うに、悪事を働く商会ってのは金持ちを相手に私腹を肥やしていて、バカみたいに貴金属を身につけたデブオヤジと相場が決まってる。たしかそんな人間を見たはずだ。いや、もしかしたらフィクションだったかな。映画で見たような気もしてきた。
「下らぬ」
「辛辣だけど、まぁそうだね。こんなのどうでもいい話だったよ。タッドさん、こんなことがあったけど私と取引する気はあるの?」
「さんづけなんかしねぇで、タッドって呼んでくれや。そりゃあ俺としては現金で買ってもらえりゃ、いくらだってありがてぇけどよ。アンタはもっとまともな店の方が良いんじゃねぇのか?」
そのまともな店の空気感に馴染めなくて、そこから流れてきたとは言いにくいな。こっちは保証とか特典とかはいらないから、最低限の値段で必要なものを揃えたいんだよ。
「私が欲しいのはざっと二百人分の食料と、簡単に扱える大工道具かな。あと、家ってどうやったら手に入るのか教えて欲しいんだけど」
椅子やテーブルやらは使ってない部屋に置きっぱなしだから、家が建ったら住民たちにあげても良いだろう。
だがそれよりもみんなで作業をするための広い建物と、病気や出産のための隔離できる治療院が早めに欲しい。箱ができてしまえば中身はどうとでもなるのだから、中古でいいので空き家を買いたい。
「アンタ、ご領主様の関係者だろ。そっちから世話してもらやぁいいんじゃねぇの?」
「バカみたいにデカイ屋敷はいらないんだよ。十人くらいいても狭くない平屋がいいの。現地で建てるのは難しいから、空き地に建てたものを出来しだい持って行きたいんだ」
広すぎると手入れが大変だからなぁ。妊婦と病人は同じところに置きたくないけど、しばらくは屋敷の空き部屋を使うか。階層を分ければ、なんとかなりそうかな。
「なぁ、この街に家を建てんのは領主の仕事だぜ? 俺らは入居の権利を買うんだ。んで、住んでるうちに壊れた場所は、自分で金を出す。家を自分で建てるなんてこたぁ、貴族ぐらいなもんだろうよ」
モジャ髭の顎のあたりを親指と人差し指で扱きながら、タッドは思案顔でそう言った。
「えっ!? じゃあここらの家はみんな借家ってこと?」
「タッドの話はチカが暮らしておった猫の額ほどの部屋に、毎月払うような形式とは違うぞ」
「猫の額なんて、私の知識から的確に引用してきたね。余計なお世話だけど、たしかに広くはなかったかも?」
でも、ひとり暮らしなんてそんなもんじゃないかな。『わたくし離宮でおひとり様生活を送ってましてよ』なんて人間は、友人にも知り合いにもいなかった。
ルーは猫の額と言ったけど、ひとり暮らしなら二間あるだけで上等でしょ。都心だったらワンルームだって、家賃が六桁はふつうにあったはずだ。
「あっ! それならユミーの家はユミーのものじゃないや。私って領主の財産を盗んだ上に、その犯行声明を本人の目の前でしたんじゃないか」
そりゃあ領主様も複雑そうな顔をするよね。それなのに家を頼むのは、あまりにも面の皮が厚すぎるわ。
「タッドの聞き取りはもう良いの? 買い物の続きをしても大丈夫かな」
「作業用具や日用品なんかは特に制限はねぇが、食いもんを買い占めんのはやめてくれ」
「野菜の種は扱ってるの? 小麦とか豆とかは?」
「種は領主が管理してんだよ。誰でも植えられたんじゃ、農家が食いっぱぐれちまうだろ」
「農家には勝手になれないのか。農家が一番多いと思ってたんだけどな」
「いや、農家は多いぜ。種を管理する人間は限られてるが、そこで働く奴らは別に許可はいらねぇんだよ」
「でもさぁ、豆とか芋はこっそり植えられるよね」
「まあな。貧しい奴らのなかにゃあ、庭の片隅にこっそり植えてるのもいるって聞くけどよぉ。そんなに簡単に収穫まで育てらんねぇだろ」
そんなものなのか? 精霊に協力してもらえば問題ないと思うんだけどな。
「じゃあ大麦は外皮を剥くだけで、粉にしないって大丈夫かな?」
「そんくらいなら問題ねぇだろ。だが、時間をもらわねぇと揃えらんねぇぞ」
「何キロまでなら準備できるの?」
「とりあえず三十キロならそんなに待たせねぇな」
そんなやり取りをした後、タッドの店では小麦粉を三十キロで九十ガド、大麦を三十キロとレンズ豆とひよこ豆っぽいのが二十キロずつを、七十ガドで購入することができた。
芋は拠点で育てている品種と同じ様にしか見えなかったので、今回は見送ることにする。
ノコギリは中古で刃の部分が欠けていたものを含めて七本選び、百六十ガドを支払った。
斧と山刀は中古しかなくて、握りの木の部分は作り直していた。鍛冶屋でも下取りはするらしいが、タッドの店のほうが高く買い取っているらしく、中古品がよく集まるようだ。あまりにも朽ちている部分は作り直しているためか、それほど酷い状態のものはなかったので、欲しい分をかき集めた。
斧が三本で六十二ガド、山刀は十一本で二百九十六ガドだった。
総額六百七十八ガドだったので銀貨七枚で支払うと、タッドは微妙そうな表情でお釣りの二十二ガドを渡してきた。
「そっか。苦労してる家庭にとっては年収とかわらない額だもんな」
タッドが相手にしている物々交換がメインの客のことを思えば、ギルベルタのこともあって心中は複雑なのだろう。こちらは目的がある程度達成できそうなので、軽く挨拶をして店を出た。
「それにしても、よくあんなことを言われて怒らなかったね」
「あのような輩とは幾度も対峙したのでな」
幾度も? ルーは最悪な経験を重ねてんだな。相手にしなきゃいいのかも知れないけれど、一方的に罵倒されて許せるような寛大な心を、私は持ち合わせてないわ。
「それに貴族に囲われているのは平民だけではなかったぞ。貴族だとて格上には逆らえず、妾として囲われる者もおったし、王族が愛人を持つのも珍しくはない」
「えっと、それは愛人の身分が卑しいとは限らないって言いたいのかな?」
「我は男の姿でも女の姿でも、妾にならぬかと誘われることが多かったな」
「うわっ! 怖あ〜」
知らないってことは無謀なことをするってことと変わらないんだな。
ルーは社交界で貴族と絡むなんて面倒なことを、何百年も経験してきたのか。適当にあしらっていたと思うけど、そこまで夜の精霊のことを気に入っていたんだな。
「我はそれほど貴族とは関わってはおらぬぞ。避けられることも多かったからな」
「ふつうは危険なものには近寄らないからね。ルーを避けるのは馬鹿じゃない証明になるんじゃないかな」
気になったので該当する記憶を探してみると、なかなかにエグいことをしていたのでドン引きした。
それは帝国になる前の王国だった頃の話で、王宮での夜会で起きたひと騒動だ。
私がルーに言われたら一生外を歩けなかったかも知れない。きっかけはルーのことをろくに知らない伯爵家の男にナンパされたことから始まった。
「ああ、そこの不細工も一緒に連れて行くが良い。我を貶めようと必死に喚き、その男への愛を訴えておったぞ」
ルーは相変わらず美しい女性の姿で、王妃に請われて夜会に参加していた。たぶん特別な菓子に釣られたのだろう。
おそらくは新年会のような催しで、王宮での夜会に参加することが少ない下位貴族たちも出席していたことが問題だったのだ。ルーが公爵夫人の地位を持つと知らない伯爵家の男が、あろうことかルーをナンパしたのである。
私だったら綺麗すぎるひとには近づけないね。遠くから眺めるだけでお腹いっぱいだわ。
するとどこからか中年の女性がやってきて、ルーを泥棒猫呼ばわりし始めたのだ。そのうえ男と揉み合いになったので、警備の騎士が男を拘束し連れて行こうとしたときにルーの口から出たことばが先ほどの不細工なんちゃらである。
「レンオアム公爵夫人を貶めたのですか?」
「そうだ。我のような醜い女は、その男には相応しくないらしい。我の目にはその男がそれほど素晴らしいとは思えぬし、それに相応しくないとは片腹痛いが、美醜は人それぞれ判断が異なる故」
紳士淑女が笑いをこらえながら、騒動を起こした男女を見ている。
「私の目には貴方様よりあの女が美しいとは到底思えませんが」
取り押さえた騎士たちがそう言うのも、もっともなことだろう。
「その男がアレを不細工に見えぬならば良いのではないか? 我には係わり合いのないことよ」
その場に居合わせた者たちは、アレこと子爵夫人の顔を眺めてはルーの姿と比べて失笑した。
つまりは『お前程度の不細工が、絶世の美女に美しさのマウントをとったってマ?』が総意であった。
子爵夫人はまわりの侮蔑の視線を受け、顔を真っ赤にして屈辱に震えていた。愛人の男は自分は無関係だとばかりに距離をとり、決して夫人と目を合わせようとはしない。それどころかルーに未だに見惚れて、子爵夫人に邪魔されたことに落胆している。
結局ふたりは退場させられたが、ルーを参加させた王家が悪いと私は思うね。
恥をかいた子爵夫人は、もとは男爵家に生まれたが誰とも婚約を結べず、父親とさほど変わらぬ年齢の子爵の後妻として嫁いだ。すでに子爵家には嫡男がおり、世継ぎを産むことさえ期待されておらず、事業の提携を結ぶついでの、完全に政略のための婚姻だった。
子爵夫人は家格が上の家に嫁げただけでは満足できずに若い男を漁り始め、それを子爵家では完全に放置したようだ。たいして資産も持ち合わせていなかったので、相手の男は貴族といえども三男、四男と、継ぐ家も爵位もない男ばかりであった。
夫にとっては若妻だが、世間的にはとっくに薹が立った女だったことを、本人だけが分かっていなかったらしい。
「なんかさぁ。若作りの勘違いおばさんが公の場で辱められた話なんだろうけど、自分もそんなことになりそうで震えるわ。私は未婚だったはずだし、友人や従兄弟もわりと晩婚だったと思うんだよね」
「金を出すのが女の場合、ママ活というのか?」
「ちょっと! 同情してションボリしていた私の気持ちも考えて! …………たぶんママ活で合ってるよ」
ルーに言っても仕方がないと諦め、疑問にだけは答えておいた。
「ルーはさぁ、あの男女をぶん殴ってやるって思わなかったわけ?」
「王妃があまり貴族を減らしてくれるなと申してな。我が不快に思い、それを振り払えば体が吹き飛ぶであろう? 絨毯は駄目になるし片づけが大変だから処分は任せて欲しいと願われておったのだ」
ルーを餌にいらない貴族の判別をしていたんだろうか。王宮って怖いと改めて思ってしまった。
すみません! うまくまとめられず、遅くなってしまいました




