何なの、もう!
「たったそれだけで足りるのか? クリスティーナはひと月に百キロ消費すると言っておったが?」
「それじゃ、クリスティーナさんが大食いみたいに聞こえるんだけど。貴婦人に対して不名誉な称号だから、言い方には気をつけようね」
小麦粉はユミーにパンを焼いてもらって、とりあえずみんなで二、三回試しに食べてみる分だけでいいと思う。いままで食べたことがなかっただろうし、皆が好むかはわからないから、消費されなかったらもったいない。
ユミーはそれが仕事だと思えば、しばらくは暇を持て余すこともないだろうし、思い悩む時間を少しでも減らせたら良いと願っている。
「小麦粉の売り場が、一番客が多いんだね」
店の広さはコンビニが二軒分くらいだろうか。正面の入り口のほか横に一箇所ドアがあって、そこから入ってくる人はいても、出ていく客はいなかった。
そして、そこから来る客はかまぼこ板のようなものを持っていて、それぞれ希望する商品と引き換えているようだ。
「あれらは農作物や狩りの獲物と引き換えに、小麦粉や日用品と交換しているようだ」
「あの板は引換券みたいな役割なんだね」
「この店の主は賢い。金で買い取ればほかの店でその金を使うやも知れぬが、交換であれば必ずこの店の在庫を減らせるからな」
「要するに物々交換が可能な店ってことなんだね」
税金ってどうなってんだろう。さっきの魔石には、消費税的なものが追加されているようには感じなかった。まぁ、本気で気になっているわけじゃないんだけど。
「小麦だけの粉っていくらですか?」
「えっ……はい、一キロ三ガドです」
「じゃあそれを五十キロください」
「えっ! 五キロではなくて?」
「五十キロお願いします」
「は、はい。お待ちください」
小麦粉を含む穀物の売り場は、五十代後半くらいの女性と若い女性、そして粉系は重いからか壮年の男性がふたりの、合計四名が担当していた。
私を担当した若い女性は、混ざりのない小麦粉を五十キロ欲しいという私の希望をちゃんと理解しているのかわからないが、カウンターの下で在庫を確認しだした。
「五十ないなら三十でも良いですよ」
「えっ、はい、あの」
「どれどれ、アタシが代わろうかねぇ」
「ギルベルタさん、でも」
「リジーはこっちのを頼むよ」
リジーと呼ばれた若い女性は、中高年の女性と交代したらしい。
「嬢ちゃんは小麦粉だけを五十キロだね?」
「はい、在庫はありますか?」
「ええ、大丈夫。粉は全部十キロの袋なんだ。だから全部で五袋になるけど、アンタひとりで持てるのかい?」
おばさんがそう言って、カウンターの上に大きな麻袋をのせる。麻袋には色糸で目印がしてあり、五袋のせたうちの三つは黄色で、あとは青色と緑色だった。それをリジーさんが青い顔をして見ている。
『嫌な予感しかしないんだが』『黄色は小麦で青は蕎麦粉。緑は大麦だな』『なんでわかったの?』『袋にそう書いてあるが?』『こっちは字を読めないと思ってるわけ?』『読める者は多くない。だから色で識別しておるのだろうよ』
「はい、全部で百八十ガドだよ」
はぁ〜。これが全部小麦粉だとしても、一キロあたり三ガドなんだから、合計百五十ガドにしかならないだろう。
「計算間違えてますけど」
「はぁ? いい加減なこと言って騙す気かい。アタシはもう十年はここで働いてんだよ」
「店長を呼んでください。嫌なら警吏を呼びますよ」
「なんだい。ちょっと計算を間違えたくらいで大袈裟だよ」
「責任者を呼べ。さもなくば全員拘束して自警団ににつき出すぞ」
ルーが言うならこんな感じか? 強い口調で言ったから従うかといえばそんなことはないのだが、自警団とは関わり合いたくないのかリジーさんが慌てて二階へと駆けて行った。
ギルベルタという女性は店長に見られたらマズいとでも思ったのか、カウンターの上にある袋を隠そうとしたので、容赦なく鞭で打っておく。
もちろんいきなり腕を吹き飛ばしたりはしなかった。
「それに手を触れないように。次は腕を一本失う覚悟をしてください」
ちゃんと忠告しないと駄目だよね。
「お客さん、家の者が失礼したようで?」
なるほど、この男性が責任者なのか。髭面で表情はよく見えないが、声に張りがあるし歩き方も力強い。だいたい四十前後といったところか?
「この店は小麦と偽り蕎麦粉と大麦を売るんですね? それに代金を誤魔化されましたよ。あの人の計算だと、ここにあるものすべてで百八十ガドだそうです」
男はカウンターの粉袋を見て、眉間のシワを深めた。腕組みをしている上腕二頭筋ははち切れそうだし、いかにも労働者といったムキムキの肉体を持っている。
「ここにあるもんだと、小麦粉が三十キロで九十ガド。蕎麦と大麦は十ガドずつだから、合わせて百十ガドだな、ギルベルタ」
体をビクリと震わせ、ギルベルタは青い顔で下を向いている。さすがに雇用主に対して口答えをするような性格ではないらしい。
「店主、場所を変えた方が良いのでは?」
別にこの店を潰したいわけではないのだ。客の視線が集まった後だからトラブルがあったのはバレているが、何があったのかはまだわかっていないだろう。
「では二階へ御足労願おう」
案内された二階はほぼ居住空間だったが、仕事に使っている部屋が二部屋あって、そのうちの一つが通された応接室だった。
「ギルベルタ、何故あんなことをした?」
私はソファに案内されたが、ギルベルタはその横に立たされたまま詰問されている。
「アタシはちょっと間違えただけで」
「七十ガドがちょっとだと? お前にとってこの金額はちょっとなのか?」
「それは…………」
「先月お前に支払った賃金は、五十ガドと芋が十キロだったな――――金が欲しくて詐欺を働いたのか?」
「……」
「商品もちょっと間違えたのか? はあぁ、お前をこれ以上雇うことはできない」
「そんな! 困るよ。生きていけなくなっちまう」
店主の男が深いため息をついたあと、ギルベルタに解雇を言い渡した。これまでまったく謝罪がないうえ、まともに答えることがなかったくせに、こんなことには即答する。この女性は、自分に不都合があるときだけ口が軽くなるらしい。
「なら、こんなことすんなよ! 俺の店で働いてる奴らが職に就けずに苦労してんのはわかってんだろ」
たしかにそんな感じだよなぁ。若すぎるのやら教育がなってないのやら、人相が悪いのは本人のせいじゃなさそうだけど、挙げ句の果てに犯罪者だもんな。
「なんでよ、そんなのアタシに関係ないでしょ!」
反省は無しか。ぼったくられるとわかって、買いに来る客はいない。一度だけでもそんな噂がたってしまえば、店なんて営業できないだろうに。
「それは自警団で申し開きをするんだな。お前には失望した」
「持ってる奴からとって何が悪いのさ! こんなガキが大金持ってんのはマトモな仕事なんかしてないからなんだろ。どうせ貴族の男に股を開いてカネを稼いでんだ」
「連れていけ」
店主が手を振り指示をすると、屈強な男たちがギルベルタをロープでグルグル巻きにして退室した。
「申し訳ない! 家の者が迷惑をかけた」
男は深々と頭を下げて謝罪する。十年も雇っていたから、こんな終わり方は想像すらしていなかったんだろう。
「理由はわかりませんでしたね」
「ああ。知りたいなら自警団に取り調べをキツくしてもらうが」
「いえ、動機なんてどうでもいいです。まあ、なんであんなのを雇ってたんだとは思いますけどね。魔石の売場の子も、やたらと突っかかってきましたし」
従業員の教育はどうなってんだよという気持ちで店主に返せば、苦い顔で事情を話しだす。私は長くならなきゃいいなと思いながら、店主の話を聞くことにした。
「ここで雇ってんのはスラムの住民が多いんだ」
この店は、このあたりのわりと裕福とは真逆にある住民たちを相手に商売をしていて、質は落ちるが値段の安さで淘汰されずに生き残った商会らしい。
商品を安く提供するために、この男の友人たちが農場や牧場を営むことで中間業者を減らし、仕事がない人間を金銭と現物支給で安く雇っている。その現物支給の野菜や穀物も、貧しい客が物々交換で支払ったものだ。
「領都といっても農家が多いのか」
第一次産業に携わる人が圧倒的に多いらしい。それに良いところで働くには身元の保証が難しい孤児では不可能なので、ほとんどがハンターギルドに登録してその日暮らしを送るか、大地を耕し食糧を得るしかないようだ。
体が丈夫で力がある者はそうして生きていけるが、まだ幼い子どもや老人、病気がちな者はそうもいかず、野垂れ死にするところをできるだけ雇っていると言った。この男も元々は孤児で、協力している友人たちも孤児院での仲間らしい。
「この店が存続できないと、共倒れになる人が多そうですね」
「ああ。だが、無かったことにしてくれとは言わん。あれは客と店の両方を裏切ったんだからな。それに聞くに耐えない妄言でアンタを傷つけた」
んん? 貴族の愛人発言のことか。まあ、ルーの顔は奇跡みたいに美しいからな。みんなが顔の鱗をスルーしてるのはちょっと気になっていたけど、最近では私も忘れがちだ。
「悔し紛れの発言は、なんの痛手にもならないから気にしなくていいよ。でも、こんなんじゃ客とトラブルになるのは珍しくないの?」
「いや、ここに来る客に、言葉づかいや態度を指摘する奴はいねぇんだ。俺もこんなんだしな」
「でも、会計を誤魔化すのが初めてなのかは、まだわからないよね。若い売り子が青い顔して見てたよ」
あの売り場には売り子が四人いたんだから、なにか知ってるかもね。忙しいときはほかの店員がどんな対応をしているかなんて気にしていられないだろう。けど、さっきはわざわざ交代してまで私からお金をだまし取ろうとしてたんだから、似たようなことをしていないとは言い切れないよね。
「ルー? 寝てるの?」
「我は瞑想中であるから、構わずとも良い」
ルーは完全に飽きたんだな。この店には甘いものは売っていないし、面倒ごとが起きても危険はないからね。
「それじゃあ、わりぃんだけど住んでるとこを教えてくれ。衛兵らは被害者の話も聞き取りするだろうからな」
「あー、とりあえず領主様のとこかな。前領主夫人から客人として迎えられてるから」
「マジかぁ」
店主の男は真っ青な顔をして、なにやら書きつけていた紙から顔をあげた。領主の関係者だなんて聞いてないって表情だけど、私が悪いんじゃないんだから知らん。諦めてくれ。
私だってなるべく問題を起こさずに済ませたかったんだ。なのに絡まれたんだから仕方がないじゃないか。




