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庶民向けのお店で買い物をしよう

遅くなり申し訳ありませんでした

 

「何をお求めですかぁ〜?」


 半疑問系で鼻にかかったような声をかけられ一瞬足が止まってしまうが、気にせずに壁に沿って商品棚をチェックする。

 売り子を振り切るときには、自分が話しかけられたのではないという確固たる意志が必要だ。これが失礼だとは充分承知の上なので、多少のバチが当たるのは容認している。


「魔石は棚に置いてないのか。それに商品を手に取れない造りになってるんだな」

「店の様式も異なるのか」

「それぞれのブースがあるっぽいから、なんかフリマっぽいよね」

「フム」


 なんだろう、これは万引き防止策だとか? ほかの客とのやり取りを見ていると、商品棚は見るだけで自分では触ることができない造りだが、店員さんに話せば棚から出してくれる仕組みらしい。

 それに上を見れば商品と値段が記入された板が掲げられているから、店員さんに聞かなくても欲しい物がいくらするのかがわかりやすい。


「この店では菓子を出さぬのか」

「ふつうはそんなものじゃないの? 買い物に行ってお茶を振る舞われても困るし」


 グリフォン商会ではお客さんを談話室に迎えて、お茶とお菓子でもてなしていた。客はゆったりと寛ぎながら欲しい物を言って、店員が目の前に運んでくるのを待っていれば良いのだ。

 クリスティーナさんたちはそんな感じで談話室にいたけど、私はフラフラ見て歩くことにした。すると店員が側に付き添って、案内などの買い物補助をしてくれたのだ。

 あれは貴族用のサービスなんだろう。だが、私は店員さんがいると買い物に集中できないから、放っておいてほしい派閥の人間なんだけどな。


「あれは別の店なのか?」

「いや、たぶん商品を部門ごとに分けて、それぞれで売ってるんじゃないかな」


 さっきフリマっぽいと話したせいで、私の知識が余計な情報を与えてしまったようだ。

 フリマと違って、この店のオーナーはどう考えてもひとりだろう。けれど支払いをしていない商品を、たとえ店内でも持ち歩くことができないように徹底されている。


「私がいた国での買い物の仕方って、店側からかなり信頼されてたんだね」


 でなければ、犯罪による多少の損失を諦めているか、損失分を上乗せした価格設定なのだと思う。防犯カメラや万引センサーがあるのも大きいし、そこまで人件費をかけられなかったんだと思うな。


「でもいちいち店員さんと話さないと買えないなんて、なんか手間だし面倒くさいよ」

「他の客がベタベタと触らぬのだ。安全で良いではないか」

「はあ、そういう見方もあるのか。たしかに食べ物に異物を混入する事件は過去に何件も起こってたよ。万引きだって数えたらきりがないんだろうし」


 でもこっちだって武器を所持したまま街を歩けるし、ボディチェックもなしで店に入れたよね。こんな環境なら強盗し放題じゃない?

 入り口で武器を預かったとしても亜空間収納(インベントリ)があるから対応が難しいのか。そもそも魔術が使える生き物がいる世界で、武器がどうこう言っても無駄だよね。


「そのような輩に精霊らが手を貸すとは思えぬ」

「いや、だって精霊ってわりと人情に流されやすいっていうか、溢れてるっていうか――」

「なんだ?」

「純粋っていうか、騙されやすそう」

「……」


 ルーもそこは認めてんのね。


「なにかお探しですか!」


 ずいぶんと若い売り子さんだな。というかホール係なんだろうか。


「魔石が欲しいんだけど、売り場がわからなくて」

「こちらですよ!」


 まだ小学生くらいの男の子が、店内をぶらつく私に声をかけてきた。

 この店の店員には制服がないらしく、揃いの質素なエプロンだけが従業員の目印だが、年齢や性別もまちまちでコンビニの店員さんみたいだ。


「ここです!」

「あっ、どうもありがとう。助かったよ」


 男の子はニコニコしながら持ち場へと戻っていった。お手伝いしているこの店の子どもかとも思ったが、それにしては苦労していそうな身なりだ。

 目立って汚れてはいないが、靴や衣服が草臥れ果てている。だがこの店の店員のみならず、来客まで皆一様にそんな感じに見えるから、とくに注意すべき点ではないらしい。

 つまり、この店で激ウキしている人間が私だ。


「ふーん。精霊の棲家(ダンジョン)のドロップ品のレア度とおんなじだね」

「白は価格札すらないのか」

「そりゃあレアってくらいだし、この店では需要がないんじゃないの」

「黒はすべて在庫切れだな」


 魔石売り場には男女ひとりずつ店員が配置され、背後の棚から在庫を出せるような配置になっている。

 掲示されている値段から推測するに、魔石はレアリティと大きさで分類されており、黒と白の魔石と十センチ以上の特大サイズは取り扱っていないようだ。


「特大サイズは一番レア度が低い緑色すらないんだね」

「その大きさの魔石となると、魔獣の大きさは十メートルを超えるな」

「それ、ドラゴンの魔石ってこと?」

「そればかりとは言えぬがな」


 こそこそと私たちが話しているのを、店内の客もチラチラと見ていると感じる。傍目には独り言を言っているようにしか見えないんだから、奇妙に思っているんだろうな。『ルーは魂の欠片を見たらどれなのかわかるよね』『血族ならば判別は容易だ』『じゃあ、どの色かはわかる?』『父親の確認後ならば間違いようがないが、生憎娘しか知らぬ』

 人目を気にして。急いで心の中での会話に変更した。

 ルーによると、子どもは両親の魔素を取り入れて魔石の核が作られるため、父親の要素を子から除けば母親の要素がわかるらしい。


「ってことで魔石ください」

「緑石の小サイズでしょうか?」

「いえ、中サイズでお願いします。いくつか自分で選びたいのですが」


 緑色の魔石の小は、直径一センチの筒を通り抜けるサイズで、一個あたり黄貨一枚以下の価値しかないらしい。実際、この店の価格札には十五個で一ガドからと掲示されている。

 それが直径二センチ以下の中サイズだと、いっきに値段が跳ねあがり、一個一ガドからになるようだ。


「少々お待ちください」


 男性店員が後ろの棚から中サイズの緑石を、白い布張りのトレーにのせている。その棚には客が簡単には近づけないように、カウンターがコの字に囲んでいて、バリケードの役割を兼ねていた。

『あの人が取り出そうとしているケースに入ってそう?』『いや、少しだけ黄色がかっていたのだろう、同じ緑石でも高い方に分けているようだな』


「お待たせしました。こちらから好きなものをお選びください」


 なるほどね。若い女性がひとりで買いに来たからって、完全に舐められてるのか。トレーにあるのはギリギリ中サイズの物や、よく見るとキズがある物ばかりじゃないか


「いや、こんな薄い色じゃなくて黄色味があるものを見せて欲しいですね」


 こんな石なら亜空間収納(インベントリ)に三桁は入ってるわ。私がどれだけ鼠賊(ディプラッチ)を倒したと思ってるんだ。ロックアイスだって一生困らない量を持ったままなんだぞ。


「あんたに買えんの?」


 黙って聞いてたというかめっちゃ睨んできていた、まだ若そうな女性店員が突然話しかけてきた。失礼な物言いだが、店の雰囲気からは外れていない。


「まあね」

「いくら持ってんの?」

「この国のお金なら一万五千ガドだね」


 ルーの金貨は価値がわからないから、私が持っている妖精の果実とお菓子の売上金ね。

 ルーはこの国の硬貨をそれぞれ確認していたけれど、気に入った模様ではなかったのか全部私にくれたのだ。


「嘘でしょ」

「ヨニー! そちらのお客様の対応をしなさい。失礼しました、お客様。こちらの教育が行き届かず、申し訳ありません」


 男性店員のほうが何歳か上なのか、女性店員の言動に対して謝罪してくる。


「客の前に出すには早すぎたんでしょ。それより魔石を見せてください」

「はい。申し訳ありません」


 男性店員が謝るたびに女性店員が睨んでくるが、お前のせいで謝罪してるんだから反省しろとしか思わない。

 出されたトレーを二度交換した後にユミーの母親の魂の欠片が見つかり、無事購入することができた。値段は三ガドで、値段の調整なのか小サイズが二個とお釣りの二ガドを受け取ったので、素早くその場を離れることにする。


「面倒な店員はいたけど、あの売り場から出てこないっぽいから、ついでに必要なものを揃えちゃおうよ」

「好きにせよ」


 ルーは自分の役目が終わったからと箱菓子を取り出したが、それはやたらと目立つので飴かキャラメルにするように注意する。素直に口に含んだルーは放っておいて、資金に不安がなくなった私は欲しい物を買いまくることにした。


「まずは主食でしょ」


 この国の、というよりこの大陸に住む人々の主食は小麦と芋が中心だ。米がなくてもそこまで悲しくないのは、食事をしなくても生きられる龍と同体だからだろうか。

 小麦が穫れない地域では豆や芋、とうもろこしを主食にしているが、その場合スープの具として食べられているに過ぎない。

 果物や野菜は品種改良にようやく手が付いた時代らしく、多くの人は薄っぺらいパンと肉や卵を塩で味付けした、シンプルな食事をしているのだ。

 たまに甘みが薄く渋い果物を食べるようだが、平民の食事には喜びが少なくて、いまのところ腹を膨らませることに重きを置いている。


「だから貴族が砂糖まみれの果物なんかを、デザートとして食べてるんだね」


 砂糖の精製もまだ未発達なのか、グリフォン商会にあったのは薄茶色のビート糖だった。いや、これはこれで健康志向なのかも? 白砂糖は身体に良くないからと、きび糖やハチミツを使う人が増えていたはずだ。

 いずれにせよ、ここまで甘い食べ物を口にする機会が少ないと、ルーが『甘味の楽園』に夢を持っているのも頷ける。手軽に買えた駄菓子で大喜びするのも当然だと思う。


「私が暮らしていた国は食べ物を進化させるのが好きだったもんなぁ。それに料理が作れなくても全然困らなかったし」

「我も同意する。はやく精霊の棲家(ダンジョン)で再現したいものよ」


 小麦粉が高いと思ってグリフォン商会から買わなかったので、この店で扱っている小麦粉を見せてもらった。

 ここの商品は製粉が粗く、ろくに(ふるい)にかけていないために灰色がかっていた。しかも使われているのは小麦だけでなくいろんな種子が含まれていて、私が知る雑穀パンのような見た目だ。

 小麦に大麦、ライ麦の割合が多いけれど、えん麦、(あわ)(ひえ)などが混ぜられた粉が安く売られているらしい。小麦粉との配合割合はその都度かわり、安値で手に入る穀物が混ぜられることが多いようだ。


「小麦粉だけよりは栄養がたっぷりなのかな? オーツ麦って、なのちゃんがダイエットしてたときに食べてた気がする」

「美味いのか? 不味いのか?」

「ゴメン、私の口には合わなかったわ」


 ルーの気力が急降下したのがよくわかる。


「とりあえず五十キロ分だけ買っとくか」

「一番高い粉にせよ」

「うん、そうだね」


 どうせ甘くないものなんて、ルーはいっさい食べないのになあ。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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