ポータルばかりが移動手段ではない
ポータルの向こう側は、グリフォン商会のような店舗の裏口だった。昼間だというのに人気はなく、資材らしきものが乱雑に積みあがっている。
「ここは?」
「魂の欠片はこの店にある」
後ろ暗いことを生業にしている者が出入りしているとしたら、この店はあまりにも普通だと思う。
グリフォン商会が高級志向で貴族や資産家向けだとすると、こちらは大衆に好まれるお手軽な店なのだろうか。
「ねえ、ひょっとしてここがティティーを盗もうとした商会だとか?」
「違うが何故そう思った?」
恥ずかし。なんか事件は裏で繋がってたとか、領主に背反する組織の陰謀論とか、好き勝手に想像してたわ。それにひょっとしてなんて百年ぶりに言った気がするし。
なんでそう思ったかなんて、答えられるわけないじゃんか。とりあえず話題を変えとこう。
「そういえば結局私たちって、いまこの国で使えるお金がないんだったね。魂の欠片を買い戻すための資金をどうしようか」
契約書にサインはしたけど途中で抜けて来てしまったから、渡したお菓子の代金をまだ受け取っていない。ルーが持っているのはクリスティーナさんがヤバいブツだと話していた、歴史的価値の高い金貨だけだ。
「フム。我は手頃な安物を持ちあわせておらぬのでな」
「手頃な安物なんて言い回し、私は初めて聞いたわ」
ルーの亜空間収納には貴重なお宝ばっかりなのかよ。なのに最初に出会ったときは、無一文みたいな反応じゃなかったっけ?
「ない袖は振れないな。グリフォン商会に戻ろう」
クリスティーナさんたちが代わりに受け取って帰っていたとしても、ルーのチョコか私が隠し持っている激うまみかんを何個か出せば、きっとお金にかえてくれるだろう。
「あのような酸いものは好かぬ」
「そこまで酸っぱくないし。甘さのなかにほどよく酸味があるのが良いんじゃないか。あれはレアドロップ品で、なんならまだ二箱しかないんだよ」
愛媛なのか和歌山なのか、産地がどこかは記載されていなかったが、品種改良された超絶美味しいみかん様で間違いない。その味も香りも、魔素で再現されたにしては完璧な出来だった。
精霊の棲家のドロップ品で嬉しいのは、すでに製造終了したお菓子や、ここには存在しない道具や食べ物が手に入ることなんだよね。
「チカの求めし菓子は、我の好みではない」
「そうだね」
私は酸っぱいグミとかラムネが大好きだし。ああ、なんか酢昆布とか無性に食べたくなってきたなぁ。でも、佐々木商店から昆布飴を買ったことはなかったかも。
「我はそのようなもの、いっさい口にする気はないぞ」
「まぁ、体はルーのものなんだから、私にはどうしようもないかな」
なにをいまさら、そんなことに釘をさしてきたのかね。
「我は芋けんぴを食す」
「左様ですか」
好きにしたらいいじゃんか。細切りにしたものもスライス状でも、胡麻がかかった小袋もあったよね。どれも好きだし、『食べるな!』なんて文句を言ったこともなかったはずだけどな。まぁ太ると言った自覚はあるね。
延々とチョコを食べ続けていたときだって、ルーが無心だと私は気がつかなかったりする。だから、感覚共有がどのタイミングで切れるのか、私にはわからないのだ。
「領主館へ行くぞ」
スティック状の芋けんぴの小袋に手を突っ込んで、ルーはそう宣言した。
「なんで? お金を手に入れないと買い戻せないよね」
豆太がいたら可愛らしく『ゆくじょ!』と復唱しているところなのに、残念ながらここにいるのは素直さを卒業して久しい私だけだ。
「領主も聖樹の実の代金を準備しておるし、ここから然程かからぬ故」
「歩いていくの?」
「道すがら庶民が通う店を覗くのもまた一興」
それもそうか。この街にどんな店があるのか知っておくのも大事かも。それに私が想像できないような品物を売っていたら、見てるだけでも楽しめそうだ。
「ファンタジーなお宝か。魔法のランプとか水晶がはまった祝福の杖とか、魔導書なんかが売っていたら見てみたいな」
「それらは、我も目にしたことがないな」
激レア商品か。きっと古代遺跡のお宝として未だに深い森の中で眠っているに違いないよ。盗掘とかは犯罪だけど、考古学者には憧れるなぁ。
普段は地味に土を掘り返す作業がほとんどだとしでも、いつかは歴史的発見ができるかも知れないし。良いなぁ、ロマン溢れる仕事だよね。
豆太がいないから話の盛り上がりに欠けるんだけど、サクサク歩いて周りの人たちにはこちらに話しかける猶予を与えなかった。食べ歩きが珍しいのか、やたらと見られている気がするよ。
「そこまで広くはないけど、たぶんここが街の中心だな。やっぱり昭和初期の田舎町っぽくないか」
ぐるりと周りを見渡せば店舗の二階が居住空間なのか、この通りに面しているのはそんな感じの建物だった。それでも背の高い建物は少なくて、ほとんどが平屋っぽい。
たしかに貴族が多い区画は二階建てばかりだったけど、さっきの商会の周りはほとんどが平屋だ。
「貴族の屋敷に技術を全振りしてんのかね。それとも土地が余ってるのか?」
いや、ドラゴンが存在するのに高層ビルなんか建っていて、冒険者たちがコンビニで弁当なんか買っていたら、理不尽だけど幻滅するわ。やっぱりドラゴンは前人未踏の険しい高山に棲んでいて、洞窟とかに巣をつくって金銀財宝の山を守ってなきゃね。
それを倒す勇者がタワマン暮らしとか、考えたくないよ。
「チカの国では築城の技術があったのに、平屋ばかりであったのか。昭和初期とは、そなたの祖母が産まれた頃であろう?」
「いや、さすがに初期ってことはなかったはずだけど」
芋けんぴを食べ終えて自らを浄化し終えると、ルーはやっと満足そうに息を吐いた。
「ここからは、裕福な者たちが集まる居住区へと進めば良い」
「領主館の役割は役所と違うのかな? 各種手続きの受付が領主館で行われるなら、街の真ん中にあったほうが便利だよね」
「そうか? 領主館に用のある者など、限られておると思っていた」
「そんなものなのか」
中心地からさらに大きな通りを選び、十数分ほど歩いたところで領主館へと戻ってきた。
「ここを出たときは馬車の中だったか」
「そこの娘よ、ここは領主様のお屋敷だ。早々に立ち去りなさい」
残念なことに、門の前から先に進めなくなってしまったな。この門番と顔を合わせていないから、ほんの少し前にアーヴィングさんたちと一緒にでかけたとは、まったく知らないのだろう。
「アーヴィングさんとクリスティーナさんは戻られましたか」
「なぜそのようなことを聞く」
「用事があるので」
もうひとりの門番も私をじろじろと見て値踏みをして、領主の身内と知り合うような身分ではないと判断したように見えた。
名前で呼ぶな無礼者とか言ってるけど、問題がおおきくなるから無視するに限る。
「俺には貴族のご令嬢にはほど遠いように見えるがな」
バカにするように言われてちょっとムカついたが、よく考えればお供も連れず馬車にも乗っていない貴族令嬢はいないだろう。
「セドリックさんに、ルーが来たと伝えてくれませんか」
面倒だからとルーがポータルを開こうとする寸前に、年配の方の門番が確認すると言って若い方を領主館へと走らせた。足どりも重く嫌々だったけれど、反論もしないで従ったところを見ると力関係はハッキリしているのだろう。
結局、それほど待たずにアーヴィングさんが春風に乗って登場し、私を回収してご領主様のもとへと案内してくれた。
「なので、領民をひとりもらって行きました」
事後報告だが、ないよりはマシだろう。ここではひとりの男の足を治し、下町らしき場所では三人の男の足を奪った。とりあえず理由と経緯もあわせて報告しておく。
客間にいたクリスティーナさんのななめ隣にご領主様の姿を見つけたので、着席する前に意図せず領民を減らしたことを詫びたかったのだ。
「ルー様のお荷物は、隣に置いてありますわ」
グリフォン商会で買ってもらった品物は、やっぱりクリスティーナさんが持ってきてくれていたのだ。
買った覚えのない小さな箱が三つ置いてあり、中身を確認すると裁縫道具がひと通り入っている。
「それは、わたくしからの出産祝いよ」
「ありがとうございます。彼女たちもとても喜ぶでしょう」
領主様から受け取った一万ガドは、百ガド銀貨を八十枚、十ガドの大銅貨が百枚、五ガド銅貨が百六十枚、一ガド黄貨が二百枚に両替してもらう。グリフォン商会に売った物の代金は百ガド銀貨で支払われていたので、小銭が必要だったのだ。
黄貨以外は見慣れた円形の硬貨だったが、黄貨だけが琥珀のような鉱石でできた、三角おにぎりやギターピックの形をしていた。
「クリスティーナ様、ではまた後ほど迎えにあがります」
一応、この部屋に直接来てもいいか確認してからこの場を離れる。門番とのやり取りを繰り返したくはないからだ。
「スタートからやり直しとは思わなかったよね」
いま私たちは、また店の裏口に立っている。だが今度は、小額硬貨の準備ができているので抜かりはない。
「ルー、母親の魂の欠片は、まだ売れてないよね?」
「うむ。店内にある」
ユミーが元気にならないと、竈の精霊たちも困るし、パン焼きの技術が伝わらない。魂の欠片が手もとに残れば、拠点での暮らしを前向きに考えられるんじゃないだろうか。
私はそんな打算まみれな気持ちで、店のドアを開けた。
ここまでお読みいただきありがとうございました
お金の単位 ガド
1ガド硬貨 黄貨 (琥珀のような鉱石
三角おにぎり、ギターピックの形)
5ガド硬貨 銅貨 円形
10ガド硬貨 大銅貨
100ガド硬貨 銀貨
500ガド硬貨 大銀貨
1.000ガド硬貨 金貨
それ以上は魔石や宝石、希少金属などをつかう
一般庶民は銀貨、金貨をほとんど見たことがない




