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不憫な仔馬と私の装備

 

「いや、なに言ってんの。そんなわけ無いじゃん」


 そんなことができるならバッグなんていらないでしょ。旅行先でお土産が入らなくて、現地でバッグを買い足したことがある人全員に謝れ。

 そんなことより服だよ、服。私は体を覆うものが欲しいんだ。もう裸足とか最悪だわ、虫とか踏んだらどうすんの。…………まぁ、パッと見は、どこにもいないんだけど。


「体に巻いてもなぁ。やっぱり服の代わりにはならないよ」


 髪の毛を上半身に巻きつければ胸は隠せるけど、肝心の下半身は丸出しになる。それにずっと手で抑えていたら、髪の毛なんてあんまり意味がないじゃないか。

 恐る恐る木陰に入り膝を抱えて座り込んで、できるだけ表面積を少なくしてみたが、惨めな気分になっただけだった。


「蔦とか紐状の植物とかはないのかな。でも毒があってもわかんないし」


 日焼けしたときの水着跡の逆で、胸と股だけ真っ赤にかぶれたら嫌なんだけど。木の下を意味もなくウロウロする。動物園のクマがこんな動きをしていたっけなぁ。


「ふくがほちいの?」

「ふおおっ!?  なになになに?」


 あまりの進展のなさに絶望しかけていると、後頭部から子どもの声がした。思わず反転して仰け反ったが、私と同じ背丈の幼児がいてたまるか! つまり相手は幽霊か!

 だがしかし、そこにはふんわりと漂う体長三十センチくらいの…………なにこれ? 仔馬か? ミニチュアホースにしては丸っこいフォルムだし、体毛は黒いんだけど、たてがみや尻尾、脚まわりの長い毛がプラチナみたいだ。真っ赤な馬具は宝石や刺繍で重そうだけど、そんな素振りはまったく見せずに重力を無効化している。実家にあった干支の土鈴にそっくりだな。


「どちら様でしょうか?」


 たてがみがなびいてうずを巻き、尻尾と一緒に後方へと流れている。まるで雲を従えているみたいだ。額のまんなかあたりの旋毛もプラチナで美しい。

 華やかな馬具の装いといい、どこから見ても良いとこの仔(お坊っちゃま)だ。こちらを見つめる瞳は薄い青色で、秘境にある清らかな泉のように神秘的である。対して真っ裸で装備がゼロの私が(へりくだ)るのも当然のことだろう。


「ぼく、まめた」


 ひでぇ名前だ。親はなんだってそんな名前を? いくらなんでも豆つぶよりは大きいぞ。豆太とか、スクスク育つご利益でもあんのかね?

 それよりもなんで私って、馬が浮いて話すことに驚かないんだろう。日常と乖離しすぎて、判断力が落ちているのかな。危機管理ができないと、こんなところでは生き残れないぞ。


「名乗りたいけど、残念ながら覚えてないんです」


 ごめんね。こちらに悪意はないから、攻撃はしないでくれませんかって気持ちでそう伝えると、豆太はこ首を傾げてブルルと(いなな)いた。


「まじまじんなの?」


 マジ魔神!? 魔人?


「いえ! 違うと思います。たぶん……」


 記憶がないせいで、なんとも歯切れの悪い返事になってしまう。知らないうちに魔神とか絶対に嫌だ! 無理無理、断固拒否する。だって討伐される側なんでしょう? でも魔神だから捕まっていたのか? それとも私ってトカゲの魔人とかなのかな。


「じゃ、るぅなの?」

「ルーですか……」


 なにそれ種族名なの? 認めた途端、迫害されないかな。かと言って否定したら殺される世界かもしれないし。


「あの、ルー「やっぱりるぅね!」って?」

「…………」


 いや、いまのはルーについて聞こうとしただけだし。つぶらな瞳で悪意がなさそうだからあんまり強くも言えないし、どうやら大きさを抜きにしても、豆太は幼子に違いない。

 声帯がどうなっているのかわからないが、声や話し方から幼稚園児くらいの知能しか持っていなさそうだ。動きも人形ぽくってぎこちない。つまりアホ可愛い感じである。


「るぅだぁ、るぅは、はじめてみたの。しゅごいね!」


 喜んでるからいいのかな。馬の仔に名づけられてしまったけど、魔神と呼ばれるよりはマシだ。


「るぅは、ふくきらい?」

「いえ、好きで裸なわけではないです」


 ひとを変態みたいに言わないでくれ。嫌いだからと外で全裸になる奴はいないと思うぞ。

 そういえば豆太が最初に声をかけてきたのも、服の話だったな。


「よいちょ?」

「ふおおぉっ!」


 髪が乾いたときのように、なにかがまとわりついた感覚がして、収まったときにはえらく卑猥な格好だった。まさかハミを噛まされるとは。

 口を塞がれていなくても、可愛く『キャー』って言えないところがおばさんぽいな。咄嗟に出るのが『うおぉ』は女性としてどうなのか。


「ふつうの、ふつうのシャツとジーンズで! できれば靴もたのむ!」


 怖ええぇ。赤い革のボンデージスタイルにされるとこだった。こんなの全裸のほうがまだ健全だったわ! 女王様でもあるまいし、なんでムチまで持ってるわけ!? 

 自分のことがろくに思い出せないのに、ドエロさよりもお笑い芸人っぽいのは何故なんだろう。


「なんかこのムチ、騎手が持ってる競馬用とも違うじゃん」


 馬つながりかと思わせて、このムチは猛獣を調教しそうな長さと丈夫さだ。まぁ、豆太にSMプレイ用のを出されたら、白目になること間違いなしだけど。


「たたかうどうぐよ。ぶんぶんすりゅの。じーじゅはちらないの」


 豆太は私に何を求めているんだろうか。ムチに殺傷能力はないと思う。使いたいとは思わないけど、武器なら刃物が定番じゃないのかな。

 ジーンズは知らないと少し落ち込んでいたけれど、ちゃんと着替えをさせてくれた。生成り色の麻シャツにインナーは黒のキャミソール、ボトムスがなぜかワインレッドのハーレムパンツっぽい。生地は少し厚くて、スケスケじゃないだけまだマシだけど、ジーンズがダメならチノパンみたいのでも良かったのに。

 もしかしなくても、このカラーリングは勝手にお揃いっぽくされてる? 流石に宝石はついていないけど、ウエストとサイドに銀糸で草花の刺繍が施されている。履いているのもグラディエーターサンダルで、色はハーレムパンツとおんなじだ。このサンダルは、私が子どもの頃に流行っていたような気がするんだが。


「ありがとうございます。服がないと人里に行くのも難しかったので」


 最初の衣類はどうかと思うが、装備が自前の毛からランクアップしたのだから、一応お礼は言っておく。流石に恩を受けておいて、お礼も言えないようなゴミクズにはなりたくない。

 豆太はジーンズは知らなかったのに、ブラとショーツはお揃いにするこだわりを見せた。白地に花柄のストレッチレースとは、仔馬のくせに女性の下着にやけに詳しいな。

 だが、私としては白よりもグレージュやモーブピンクの方が好きだ。


「下着は我が創ったのだぞ」


 衣服が整ったのは嬉しいんだけど、背後霊まで装着したのか? なんか偉そうなのに取り憑かれてるっぽいな。


「礼も言わぬのか、ゴミクズが」


 はあぁ? 揚げ足をとって暴言を吐かれるのも偉そうなのもイラッとするけど、それが本当ならマジでありがとう。でも白い下着は実用性が低いよ。好みにもよるけど、黒の方が助かるから覚えておいて損はないかも。そして私の体から出ていって。


「これは我の体ぞ」


 ……いや、そんなわけないし。主導権はこちらにあるんだからな。偉そうで年寄りっぽい口調。もしや、これが魔神か!?


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