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竈の精霊《オフェニスタ》の言うことには

 

「――――ちゃい」

「はい?」

「たちゅけてくだちゃい!」

「良かろう」

「ルー! 即答せずに、せめてなにから助けるのかを聞いてから返事をしてよ」

「チカよ、よく見るが良い。この小さき体で我を行かせまいと両手を広げて道をふさいでおるのだぞ」

「はぁ」

「カワユイとは思わぬのか。それに誰が相手であろうと我は気にせぬが?」

「かわゆいねえ。まめちゃもかわゆいのしゅき」


 それは無敵のルー様にかかれば、どんな相手も瞬殺だけどさあ……。

 目の前に現れたのはコスモスみたいな薄桃色の、爬虫類の姿をした上位精霊(マニェータ)だ。いや、見分け方がわからないから両生類の可能性も捨てきれないか。それがブランドのロゴみたいに、目の前の空間に貼りついている。ペタリと貼りついた手なんか、イチジクの葉っぱみたいな形をしているんだぞ。

 残念だが、爬虫類は一般的に可愛いとは表現され難い存在だと思う。よもや桃色のものはすべからく愛でるべし、とか言っちゃう民ではないよね。


「どう考えても水辺の生き物だけど、サラマンダーとか火の属性の精霊ってこともありえるのかも」

「これは守宮(ヤモリ)を模した竈の精霊(オフェニスタ)で、作り話の妖精ではないぞ」

「そうなの? やっぱりトカゲは火属性なんだ。ノームとかウンディーネとか、ロマンあふれる存在だよね」


 四大元素の精霊なんて、ゲームによくある設定だよ。


「ノームならば大地の精霊(ボーデギュイス)と変わらぬし、ウンディーネとは湖の精霊(ゼーギュイス)大河の精霊(シュトゥルミスト)らのことであろう?」


 まあ、そうなるのかな。水関係の精霊はいっぱいいるもんね。


風の精霊(ヴィンティスタ)の仲間もたくさんいるか。豆太だってシルフに当てはまるし」

「まめちゃはびんてすたよ。しるふはちらないの」

「あの、あの! あたち、いちょいでまちゅ」


 のんびり話し合う私たちに、じれた様子の竈の精霊(オフェニスタ)が、手足をバタつかせてかさこそと空中で身じろぎしている。


「ごめん、ごめん。ついつい話に花を咲かせちゃって。急いでるなら移動しながら話を聞かせてくれるかな?」

「ぼくがのしぇたげようか?」

「我の手に掴まるが良い」


 ルーは豆太を肩にのせて、お姫様をエスコートしてるのかってくらい甲斐甲斐しく、ヤモリを手のひらに乗せてズンズン進む。荒んだ雰囲気の場所から離れられるのは喜ばしいが、どう考えてもこの先はトラブルの予感しかない。


「それで、どうしたのか申してみよ」

「あたちのおうちがなくなっちゃうの」


 複数の大人を蹴散らす強さを頼ったのは良いが、その正体が龍だったので恐縮してしまい、メソメソと泣きだしてしまった。そんな竈の精霊(オフェニスタ)を慰めつつ、棲家があるという竈女のもとへ向かう。


「家が取り壊されちゃうのかな?」

「ちがうでしゅ、かまどのおていれをしてくれるこが、つれてかれちゃうでしゅ」

「フム」

「どういうこと?」


 済まねぇ。私には何を言いたいのかよくわからんのよ。


「ひとりで暮らす娘を拐かす企みがあるようだな」


 ルーは竈の精霊(オフェニスタ)の頭を撫でて、読み取ったらしい情報を教えてくれる。

 家族も護衛もいない若い娘が店を構えていれば、たちの悪い者を呼び寄せてしまうのは世の常らしい。兄も母もいなくなった十代の娘が、親が残したパン焼き竈で生計を立てており、その三つの竈それぞれに竈の精霊(オフェニスタ)がついているという。

 近所の奥様たちはその娘のパン焼き竈を利用していて、粉を渡して焼いてもらうか自分で焼くかを選べるようだ。どこの家庭でもパンはたいてい二、三日分をまとめて焼き、薪の節約のためにも自宅でそれぞれ焼くことは稀らしい。


「あたちたちはこうたいでみはってるの。しょしたらおじしゃんたちが、あのむしゅみぇはにくじゅきがわるいが、かおがととのってるからたかくうりぇりゅって」


 あの娘は肉付きが悪いが、顔が整ってるから高く売れるかな?


「ははおやがあばじゅれらし、しょじょじゃないならたのしもうってゆってたの」


 母親がアバズレだし、処女じゃないなら楽しもうか。こんな幼い子になんてこと聞かせてんだよ。


「この竈の精霊(オフェニスタ)は百年以上生きておるぞ」

「なんか前にも似たようなセリフを聞いたな。ねぇ、そいつらもやっちゃう気なの」

「否。娘がおらねばくだらぬ策を弄することもできまい」


 先ほど転がしてきた男たちのことを知れば、小悪党どもはしばらく目立った動きを見せないとルーは考察したらしい。そして、わざわざ動くのを待って制裁を下すほど、ルーは人に興味がなかった。

 それよりも、娘の保護はついでにして、上位精霊(マニェータ)を囲い込む気でいるようだ。


「ここでしゅ」


 竈の精霊(オフェニスタ)が案内したのは、下町っぽい住宅地の中心から離れた、長屋風の家が集まる場所だった。

 平屋で石造りの建物は半分が作業場らしく、あまり大きくない竈が三つ設置され、生活のための部屋は二つしかないらしい。

 ヤモリが仲間を呼んでくると言ってふよふよと室内に入ると、熱を逃がすための窓から蜘蛛と蛇を連れて帰ってきた。


「うわー。んんっ、初めましてこんにちは。私はルーです」

「まめたはまめちゃよ!」


 豆太は新しいお友だちの登場に大喜びだが、さすがにスプリンググリーンの蜘蛛とピーコックブルーの蛇には変な声が出てしまった。


「ホントに龍の御仁を連れてきたのか」

「あっしも初めて見やしたぜ」


 蜘蛛が呆れた声を出すと、蛇が粋な職人みたいな言葉づかいで返している。


「あの、できたら名前を教えてもらえるかな」


 さすがにみんな竈の精霊(オフェニスタ)だから、『おい、そこの蜘蛛』って話しかけるのは気まずいからね。


「あたちになまえはないにょ」

「おれにもねぇよ」

「あっしにもありゃあせんね」


 あっ、そうなんだ。見たところみんな上位精霊(マニェータ)だから、勝手に主持ちかと思ってたよ。


「おなまえほちいの? てぃかにつけてもらえばいいの!」

「豆太、そんな責任あることを他人が決めたらいけないよ」

「あたち、おなまえほちい」

「あっしにもいただきてぇですぜ」

「おれも」

「あっ、そんな感じなんだ」


 意外にも、赤の他人に名づけられることに抵抗はないらしい。どうせなら精霊愛が重すぎるルーがつけてあげたら良いんじゃないかな。


「フム、ならばイモリは月虹(ゲッコー)と、ハエトリグモは羽雲(ウーン)。そしてアオダイショウは成実(ナミ)はどうか」

「あたち、げっこーよ!」

「おれの名はウーンか。気に入ったぜ」

「あっしはいまからナミでさぁ」

「しゅごくいいの! まめちゃといっしょね」


 たぶんルーがいま言った名前を漢字変換できたのは、私だけなんだろうな。

 豆太を名づけた時は、申し訳ないけれどただの聞き間違いだった。今回の名前のつけ方からは、ルーが当て字を理解しているとわかる。羽はわからないけど、蜘蛛と雲をかけてるんだよね。


「我の棲家で暮らさぬか」

「いいの」

「おれもあの竈があるならどこでもいいぜ」

「あっしも問題ねぇですぜ」

「わーい。おともらちがたくさんよ」


 豆太もはしゃいでいて、この辺りの空気がゆるむ。打ち解けたところでこの家の住人について詳しく教えてもらったのが、娘が貴族の庶子であることや家族を次々に失った経緯だった。


「男爵夫人から命を狙われてもおかしくない状況だね」

「ユミーは母親がいなくなってからも竈の手入れを欠かさないから、おれたちはここから離れる気がないんだ」

「けど男手がなくなってからのふた月で、客足はめっきり減ってやして」

「ゆみーがしんじゃったら、ここがどうなるかわかんにゃいの」

「ならばさっそく移動するか」


 そう言ってルーは作業場に入って行き、接客しようと出てきた娘をいきなり肩に担ぎあげたのである。




「説明は以上、あとは引っ越すだけなんだ。死にたくなければ四の五の言わずにおとなしくしてね」


 ユミーは抵抗しなくなったけれど、身も世もなく泣き伏している。かわいそうだとは思うが、いつまでもこの家を浮かせたままにはしておけないので、有無を言わさず拠点に移動した。


「あれまあ! ルー様はいったいなにを運んできなすったんだい」

「ああ、ジーラか」


 ルーは炊事場にいたジーラさんたちの前に降りると、慎重にユミーの家を設置した。竈がある作業場を炊事場の方に向け、自室がある方の近くには竪穴式住居がない場所を選んでいる。


「ジーラさん、しばらくこの子の様子も見ていてもらえませんか」


 調理台の周りには奥様方が集まっているし、ひとりでいるよりはマシだろう。


「豆太、悪いんだけどユミーとジーラさんたちの言葉が通じるのかわからないから、泣き止んだら通訳を頼むよ」


 ジーラさんたちには簡単にユミーの事情を説明し、豆太には万が一のために通訳を頼んでおく。新しくやってきた三体の精霊のことも、忘れずに話しておいた。

 ジーラさんについている下位精霊(マリェンモ)では、まだそこまで能力がないのだから仕方がない。


「月虹、成実、羽雲。きょうからここが君らの住まいになるからね。これから精霊はどんどん増える予定なんだけど、もしかしたらまだ慣れていなくて驚く人がいるかも知れないんだ。でもあんまり気にしないでくれると有り難いな」


 彼らは興味津々といった様子であたりを見回すと、姿を消して拠点を探検することに決めたようだ。

 ここにいるのは生まれも育ちも森の中だった人ばかりだから、蜘蛛や爬虫類に忌避感はそれほど無いとは思いたいが、用心に越したことはないからね。

 自然にいる生き物とは大きさや体の色が異なるから、住民たちが襲いはしないと思うけれど、好奇心が旺盛な子どもたちも多い。追いかけ回されて嫌な気持ちになったら困るのだ。


「じゃあ、留守番をお願いね。ユミーはパンが焼けるから、食生活の向上に協力してほしいんだけど、いまは思う存分泣かせてやって」


 ハンカチすら持っていない私は慰め役には向いていない。誘拐犯にいい感情を持てないのは当然なので、落ち着くまではやれることを優先しよう。


「ルー、彼女の母親の魂の欠片の行方は追える?」

「造作もない」


 母親の魂の欠片を取り戻せたら、少しはユミーの心も慰められるだろう。

 ユミーがパンの焼き方をみんなに教えてくれたら良いんだけどな。一口サイズのジャガイモだけでお腹を満たすのは大変だが、雑穀パンなら満足できそうだ。

 自分を正当化して人を集めているんだから、せめてここでの暮らしに苦労はさせたくないからね。


「甘味の楽園には未だ遠いな」


 おいおい。こっちは色々と考えてるのに、随分と食欲に忠実な龍だよ。あんまり気負うなと言われたと思って、適度に頑張るかな。

 ため息を飲み込んで、私は再度ポータルに飛び込んだ。


ここまでお読みいただきありがとうございました


▲▽登場人物▽▲

ユミー 16歳 パン焼き女 竈女 男爵の庶子

 イエローオーカーの髪 オリーブグリーンの瞳


上位精霊(マニェータ)竈の精霊(オフェニスタ)

月虹(ゲッコー) 守宮(ヤモリ)の姿

 体色はコスモス ミモザの瞳


羽雲(ウーン) ハエトリグモの姿

 体色はスプリンググリーン ラズベリーの瞳


成実(ナミ) アオダイショウの姿

 体色はピーコックブルー ポピーレッドの瞳


オルガ 母親 35歳 失踪(殺害) 茶髪 黒眼

 息子を失い、男爵に援助を求めたが……

ルージィ 兄 18歳 赤茶髪 黒眼

 薪や魔石を集めている最中に魔獣に襲われ死亡

ハルマン ルージィの父親 39歳 赤茶髪 青眼

 ユミー誕生で妻の不貞を知り失踪


テオドジアス・ヘイゼル・ホブロン 男爵 42歳

 ユミーの実の父親 金髪 翠眼 

アルヴィラ・ハリエット・ホブロン 男爵の妻 40歳

 元子爵三女 苛烈で嫉妬深い 金髪 青眼

アルゲティ・アルヴィラ・ホブロン 男爵の嫡男 22歳 

 金髪 翠眼 

キャサリン・アルヴィラ・ホブロン 男爵の長女 20歳

 金髪 翠眼 

ラサルス・アルヴィラ・ホブロン 男爵の次男 18歳

 ルージィの乳兄弟 金髪 翠眼 

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