精霊が好む気質と効率的なスカウトの方法
「それにしても、なんでルーが関わると精霊たちは亜空間収納の中身を没収しないわけ?」
ふつうはロストして、精霊の棲家のお宝にリサイクルされるって話だったよね。
「知らぬ。が、おそらく我から奪うつもりがないのであろう」
「そうなんだ? 思ったよりも愛されてるのかな」
「いや、精霊らは我と関わることを畏れておるからな」
ちょっと寂しそうな空気を出すのは止めないか?
「考えすぎでしょ」
「チカが混ざりし時より、精霊らが近づくようになったのだ」
んー? それはそうかも。
「ちょっと興味があるんだけど、フローレンスの亜空間収納からは、なにか出たの?」
「あれは魔力をほとんど持たず精霊からも嫌われておった故、亜空間収納はなかったが?」
「タギラちゃんは持ってたけど、あの子って魔力が大きいの?」
亜空間収納はみかん箱程度の大きさらしいけど、あるだけで生活はかなり向上すると思う。貴重品を紛失したり盗まれたりする心配がないんだもんな。
「フム、あのアイちゃんの主か」
そう、リスだかモモンガだかわからない生き物の姿をした、上位精霊の主のタギラちゃんだよ。
「あの年で精霊がつくことは稀よ。アイちゃんはあの娘の高祖父を主としていたが、亡くなった後にあの娘を選んだのであろう」
タギラちゃんの高祖父だから、セバルトさんかオルシャさんの父親のことだね。
「いや、母親の母親の父親の父親だな」
あっ、そうですか。思い込みで話しちゃって恥ずかしいわ。
なんか遠い親戚って感じだよ。直系の子孫に相性が合う子はいなかったのか、嫁に出した方の子孫に受け継がれちゃったんだね。
「前の主の血はかなり薄まってそうだけど、会ったこともない精霊を相続できるんだ?」
「精霊らが好む気質は子に受け継がれる故、天命により主を失いし精霊は、似た天性を持つ者を探し求めるのであろう」
同居してると家族同士で性格が似てくるのはわかるけど、一緒に住んだことも会ったこともない親戚に似た性質を持つって不思議だな。
「ルー様、ではこの価格でよろしいかしら」
「構わぬ」
えっ! なにも聞いてなかったんだけど。ルーってば適当に返事なんかして、後で困っても知らないからな。
「チカでもあるまいし、我が聞き逃すなどありえぬ」
なんでだよ。私と話していたのに、クリスティーナさんたちの話も聞いていただと?
ルーが肯定したから、ベネット親子は契約書の作成に取りかかっちゃったし、アーヴィングさんは支払いと荷物の手配をしている。
クリスティーナさんはのんびりとお茶を飲んでいるが、その表情はやりきったという達成感に満ちているから、交渉結果に満足しているのだろう。ありがたいことだ。
「まめちゃねぇ、ちょこがしゅきなのよ」
弟銀狼が頷く。
「るぅはね、おうちをおっきくしゅるの」
兄銀狼が首を傾げる。
「まめちゃね、おともらちがたくしゃんいるのよ?」
銀狼兄弟が揃って首を傾げる。だが、尻尾はゆるく振っていて機嫌は良さそうだ。
あれからずっと豆太のお守りをしていたようだから、銀狼という種族は護衛という職についている割には、子ども好きなのだろう。
「豆太はそ奴らが好きか? 連れてゆくか?」
「ルー、それはダメでしょ」
彼らは契約して仕事をしている最中だし、商会から虐待されているようには見えない。
助けを求めているような人じゃなければ、あんな辺鄙なところに隠れ住みたいとは思わないだろう。そう言ったのはルーじゃないか。
「ぼく、おともらちになりたかったの」
豆太が僕って言ってるのは、名前がなかった頃の名残なのかな。たまに出てきてるよね。
「おしゃべりが楽しかっただけだもんね。豆太は相手が嫌がることはしないよね?」
「まめちゃ、しゅごくよいこよ!」
「左様なこと、言うに及ばぬ」
うん、豆太に悪気がないのはわかってるんだよ。だからいまのはルーが悪いの。精霊を増やしたいのはわかるけど、豆太を都合の良い方に誘導したらダメだよ。
銀狼の兄弟には上位精霊がついているから、ルーは豆太も喜ぶし精霊の棲家も成長するので、一石二鳥だと考えたんだろう。
常時具現化してはいないが、兄の肩と弟の懐には本当に小さなウサギ型の精霊が、興味深そうにあたりを眺めながら貼りついているのだ。
まあ白状すると、気がついたのは今しがたなのだがね。
「ルー、あの子たちはどう見ても困った境遇にいるって感じじゃないよ」
クリーム色と白い毛のウサギ型精霊は、半分眠りこけてるみたいに主たちに体を預けてるし、半目でちょっとブサイクだ。さすがにヨダレは垂れていないけど、口も半開きじゃん。
あんなに油断してだらけきった精霊っていなくない? いい年のお兄さんがくたくたのぬいぐるみを持ってるのって、客観的に見てどうなんだろうね。
「魔素の親和性が高いのだろう」
「相性が良いってこと? メロメロなの?」
「うむ」
「ふ〜ん」
猫にマタタビみたいな状態だよね。
「あの子たちってなんの精霊なの? 私の感では転寝の精霊だけど」
「兄につく淡黄色の毛の上位精霊は、草原の精霊であるな」
「垂れ耳で黒目の子ね」
「弟の上位精霊は、雫の精霊で間違いない」
「ああ、白毛で赤目な子か。アンゴラウサギみたいなもっふもふな見た目だね」
そう言ったとたん、精霊たちは耳をピクリと震わせて起きあがり、少しだけこちらに近づいてきた。
「しろん!」
「みろん!」
「えっ、はい。ルーです」
ルーとはコソコソと話しをしていたから、あんな緊張感に欠けた精霊がこちらに反応するとは思いもよらず、なんとかルーの名を返すことができた。
予想外なことにウサギはハッキリとした声で名を名乗り、二足歩行の状態でふよふよと浮いている。
主である兄弟は、突然精霊が動いたことに目を丸くしているが、どちらもリアクションが薄く驚いたようには見えなかった。
シロンと名乗った白ウサギは、水色のリボンを首に結わえていて、弟の頭にペタリと腹ばいになった。
一方、ミロンは萌葱色のリボンを緩く結んでいて、兄の肩に戻るとまぁるい尻尾をこちらに向けて、本格的に眠ろうとしている。
「圧倒的マイペースさ!」
突然起きて来て、こっちになんか話があるのかと思うじゃん。名乗ったらもう用はないと、引き返して寝ちゃったよ。
「元来、精霊とはそういうものよ」
「でも、のんびりした人だけが好かれてるってことじゃないんでしょう?」
「左様」
「…………えっ、それだけ? 説明は無しですか、そうですか」
龍の知識を披露してくれるんじゃないんだね。期待した私が馬鹿だったよ。
「あの銀狼らも、陽なたで昼寝をして過ごすことを好むのだろう」
護衛職は能力的に適しているだけで、性格は意外とのんびりなのか。
「性格の不一致は、人間関係に大きな綻びができる原因のひとつだろうからね」
待てよ、じゃあ豆太の人懐っこい性質を、ルーが持ってるってことなのか?
「いや、ナイナイ」
「なにがないの? てぃか、なにをないないした?」
「チカは知識と記憶を失っておる故、常識がないのだ。豆太がいろいろと教えてやるが良い」
「まめちゃ、てぃかにおちえるの」
「あ、はい。ありがとね」
やる気が漲る豆太にお礼を言う以外、うまく返せる言葉がないわ。ルーに無邪気さは皆無だと思ったから、仕返しされたんだろうか。
何千年生きてるのか知らんけど、随分大人げないんだな。
「あれっ? のんびり好きな精霊なら、精霊の棲家づくりはあんまり捗らないのかな」
ほかにもボッチ大好きとか、人間不信な性格の精霊だと、『甘味の楽園』の精霊の棲家を実現させるなんて夢のまた夢、砂上の楼閣だな。
「働き者の精霊か」
「無理はさせたくないから、やっぱり数を集めるしかないんじゃないかな」
「フム」
「高位精霊が来てくれたら話がはやいんだろうけど、精霊が主と離れるときって、ほとんどが寿命でしょう?」
「紛争の多い地にて、主を失いし精霊を集めるか。だが、寿命を迎えた主を見送りし精霊と異なり、事故や争いによる死に別れは、精霊の心が乱れる故、我らの願いが叶うとは言えぬ」
そうだよね〜。寿命が近い高齢者が集まるところかぁ。なんだか亡くなるのを待ってるみたいで、いい気はしないな。
「いや、亡くなるまで待つ必要はなくない?」
「主を殺害するのは同意できぬ」
「そんなことしないよ!」
「ならば良いのだ」
怖いこと言わないでよ。いくらなんでも甘味のために強盗殺人なんてやらないし。
そう考えると、精霊の特徴からもメタリックカラーの人たちを一族ごと連れてこれたのは良かったな。
あちらに置いてきたのは元々精霊に嫌われるタイプの人たちだし、家族ごと攫ったから精霊は子孫に受け継がれるだろう。
「いまいる精霊たちが流出する心配はないってことでしょう?」
あとはフリーの精霊たちが、まだ精霊のいない若い子たちを好きになってくれたら、とりあえず人口と同じ二百体くらいは、精霊が協力してくれそうだよね。
「フム、一族ごとか」
「そうそう。人が増えると問題も増えるから、無計画にスカウトはできないな」
精霊たちには大陸の各地へと探しに行ってもらっているんだから、言葉だって通じない集まりができちゃうんだよ。ルーには通訳がいらないけど、拠点には必要だな。
「家を建てられる人材を募集してたけど、今後は住人をまとめられる人や、街の運営に詳しい人も必要かもね」
なんせ私もルーも街づくりのド素人だし、ルーは精霊の棲家の甘味を集めるのに忙しい。
いまは東西の里長に任せっきりだから、ちゃんと考えておかないといけないな。




