異世界の菓子は価格設定がむずかしい
すみません遅くなりました
「豆太が欲しい物はあった?」
「まめちゃ、ちょこがほちぃ」
「それはルーと交渉してよ。でも何個か追加で貰ってたよね? あれはどうしたの」
「ぼくのおともらちにあげちゃ〜」
いつの間に! ついさっきの話なのに、もうなくなっちゃったのかぁ。残ってないならしょうがないね。
「あのねぇ〜、おともらちもいっちょに、くらしゅのよ!」
「ん? 一緒に暮らすって、豆太はスカウトしてたの?」
「まめちゃ、しゅかうとしたの」
豆太はご機嫌に跳ね回るけど、スカウトの意味は通じてるよね。精霊の棲家拡大のために精霊を集めていたなんて、うちの子優秀! 天才、マジかわゆい。
「我も同意ぞ」
「だよね」
「ルー様、よろしければちょこが何なのか、ご教示下さいませんでしょうか?」
「チョコは我が精霊の棲家よりドロップする、至高の菓子なのだ」
なんだかルーのチョコの発音に、違和感が無くなってきた気がするね。言い慣れたんだろうか?
「実際に食べてもらった方が良いのかな。そうだ、クリスティーナさんたちにも出さないと」
『ルー、持ってるチョコを何個か頂戴』『何故に?』『見本に決まってるよね。異世界のお菓子なんだから高く売れるかもよ』『我のチョコは譲れぬ故、チカの分を使うが良い』『ケチ!』
「えぇっと、ちょっと苦いんですけど、飲み物があれば平気だと思います」
私がルーから渡されたのは自分が好まない物ばかりだし、その種類は限りなく少ない。子どもの頃にハイカカオチョコレートを選ぶわけもなく、ルーから渡されたのは、ほとんどがブラックチョコレートだった。たぶん幼かった私が間違えて買ったんだろう。
ちなみに、ホワイトチョコはすべてルーがかき集めていたし、プリン型のチョコは豆太に食べさせても渡しはしなかった。
「ミルクチョコも旨いが、ホワイトチョコも捨てがたい。優劣はつかぬ」
「別につけんでもいいでしょ」
亜空間収納から数種類のチョコレートと、ココア味のクッキーを取り出す。もちろん私はチョコがけの菓子を持っていない。ルーが豆太を優先するからだ。
「いままで気がつかなかったけど、お菓子のパッケージがこちらの文字に変わってるや」
「チカの国の文字では誰も分からぬ故」
「へー。すごいんだね」
「うむ」
いや、ルーじゃなくて精霊の棲家の精霊たちを、凄いと思ったんだけど。
そう思いつつも、出すチョコレートの種類は少なめに調整する。ドロップするチョコレートは完全にランダムだから、該当する魔獣から必ず手に入るとは言えないからだ。
「こちらでございます」
いつの間に呼びに行ったのか、クリスティーナさんたちが若い従業員に案内されてきた。ラリーさんに許可を求められたので、彼にそっくりだった男性も同席したが、跡取り息子のランディ・ベネットだと名乗られた。ラリーさんの隣に立つと、さらに血の繋がりの不思議さが際立つね。
女性の従業員がお茶の準備を始めたので、私は菓子を並べるために紙パッケージをラリーさんとランディさんに見せた。ランディさんはミシン目どおりに箱を開け、ミシン目によって切り取られたパーツと本体をじっくりと観察している。
邪魔するのも悪いので、私は中身が入っている袋を抜いて、すべての箱をふたりの前に積みあげた。
こんなとき、二重に包装している構造も悪くはないと思う。
「こちらがルー様が仰った、ちょこれいとなのでしょうか?」
「はい。お茶は甘めにしたほうが食べやすいかと思いますし、慣れないうちはこちらのクッキーやビスケットからお召しあがりください」
矢印の部分から袋を開けると、お茶を入れてくれた従業員の女性が、細いトングみたいなもので美しいお皿にキレイに盛りつけた。
たしかに、クリスティーナさんが袋に指を突っ込んで直に食べるとは思えないので、この配慮には頭が下がるね。プラケースに入ったプチチョコも持っているけど、口の中に直入れはさらにハードルが高いだろう。
「まぁ! このお菓子、熊ちゃんをかたどっておりますのね」
「ああ、グラハムクラッカーですね。黒い熊がチョコレート味で、黄色がハチミツ味ですよ」
「うふふっ。こちらの熊ちゃんは両手をあげていて、とても可愛らしいわ」
小さい頃は両手をさげている熊と交互にならべて、遊びながら食べた記憶か残ってるわ。
「なるほど、これは紅茶よりもウィスキーの方が合いそうだ」
「炭酸水で割ったリンゴ酒でも良いわね」
アーヴィングさんが口に含んだのは、十二個入りのビターチョコだ。これはビターチョコの中でも比較的食べやすい気がする。
グリフォン商会のふたりも香りを確かめてから口に入れ、とろりとした口溶けに驚いていた。
初めて口にするものだから少しだけにした方がいいのではと不安に思えば、ルーがドロップ品は魔素から成っているから問題ないと教えてくれる。
お菓子の箱や袋などのゴミも、商会のふたりがゴミだと考えていないから消えないだけで、必要ないと思えば消えるらしい。
そう言えばそんな話を聞いた気もするな。それなら歯の隙間に挟まってもすぐに消えるってことか? だったら虫歯にならないんじゃないのかな。
「どーじょ、たべちぇ。おいしーのよ!」
豆太も自分では甘いミルクチョコばかり食べているのに、銀狼の兄弟にはダークチョコを勧めている。悪気がない分、善意がしつこいのが玉にキズだ。
あまりに豆太が勧めるので、ラリーさんが銀狼の兄弟に受け取る許可を出した。豆太も銀狼の兄弟も激しく尻尾が揺れていて、非常に可愛かったと言っておこう。
「それではこちらの商品は、すべて買い取りで構わないのですね?」
「はい、お願いします」
どうせルーは食べないのだ。私とルーの体はひとつなのだから、ルーが食べないなら私が口に入れるチャンスは非常に少ないし、ドロップ品は選べないので、これからも溜まる貯まる一方だろう。
それから値段を決めるまでが非常に長かった。アーヴィングさんたちは私に利益をもたらそうと、いろいろと助言をして価格をあげようとしてくれたのだが、百円前後の菓子が百ガドに決まりそうで戦慄する。それだとお高いノコギリが二本買えちゃうんだが?
値段交渉は完全におまかせして、ルーに物価の話を振る。ルーが興味のない個々の価格ではなく、どういう理由で何が高いのかという話だ。
「ものを運ぶためにポータルを使う者は少ないな」
「そうなの? かなり便利なのにね」
この国の東側は海に、西は南側を除いて深い森に面しているので、他国との交易は北側の森林の国と南の王国だけだ。
この領地は北西に位置しているので、北国との交易が盛んだが、海からは遠いため、塩の値段がやや高めらしい。そのかわり大森林が近いので、獣肉やきのこに薬草、果実などが豊富にとれているようだ。
ルーが言うには、国境はたいてい大きな河や深い森、あるいはある程度高い山脈に沿っていて、正確に線引かれているわけではないらしい。
この河の対岸は隣国、この山脈の尾根のこちら側だけが自国というように、一部だがどちらの国土でもない土地が存在する。
「私たちが拠点を置いたところも、誰の土地でもないからね。拠点の北にある国からは、あの山脈の向こうは自国ではない他の国の領土だと思ってるってことでしょう?」
「そもそも行けもせぬ場所を自国と称してどうなるというのだ」
「そうなんだけど、国土を広げたいっていう支配欲は、為政者なら誰でも抱えてるんじゃないの?」
私が暮らしていた国では、地図に空白の部分なんてなかったはずだ。それは他の国でも同じだったし、大陸どころか宇宙や深海まで、一般人が行けない場所ですら、どうなっているのか調べることができた。
それは国土を広げたいというよりも、探究心を満たすためだったのかも知れないな。
ここはまだ未開の土地が多いから、人口があふれるほど増えて土地が足りなくなるのは、遥か未来の話だろう。
「国境とは、誰も欲しがらない土地と言っても過言ではない」
「それでも地図がないなんて不便じゃないのかな。ある日突然、隣国から侵略されたりしないの?」
「利益があればそうするだろう。だが、自国の開墾が最優先だろうな」
どの国でも自国の地図はそれなりに完成させているようなのだが、隣国は国境から王都付近までが限界で、さらに隣の国となると存在が確認されている程度の情報しかない。
さらに離れると、もうそこは物語の世界と変わらない。黄金の毛皮を持つ猿に似た生き物が支配しているだの、素手でドラゴンを倒す恐ろしく野蛮な生き物の巣窟なのだとか、そんな話がさも現実かのように伝わっている。
それは、旅芸人とか吟遊詩人などの庶民に娯楽をもたらす人たちが、歌や劇に面白おかしく尾ひれどころか背びれ胸びれ、たぶん腹びれ。ついでに臀びれも合わせて広めているからだ。
その理由は、詳しい世界地図が作られていないことが背景にありそうだ。
「作らぬのではない。作れぬのよ」
「作れない? 測量の技術がないってこと?」
「いや、そうではない」
簡単に踏み入れたら二度と戻ることはできないような目印もない深い森の中で、安全を確保しながら測量するなんてふつうは無理だ。ここにはドラゴンが棲まう山脈だって、ホッキョクグマより凶暴な野鳥だって、なにより魔素から生まれた魔獣が存在している。
未開の地への侵入を諦めてそこを国境にすることは、この大地ではなにも珍しいことではないのだ。
「気球を飛ばそうとは考えないのかな」
「飛行型の魔獣を刺激したくないのであろう」
「たしかにドラゴンを刺激したくはないね」
ポータルで移動できる者も、頻繁に利用できるわけではなく、週に一度使えたら魔力は高いと判断される。ポータルの大きさは自身が持つ魔素に左右されるのだ。
「それならルーが最強なのは納得できるよ」
「我の素晴らしさを讃えよ」
こんなやり取りを続けていたのに、まだ価格は決まらない。
クリスティーナさんが、茶会で使えばすぐに貴族たちが買い求めるだろうと話すと、アーヴィングさんが、それならまず王妃殿下に献上することを助言している。
そんななか私は、ラクティスの願いを叶えたんだから、もうここには用がないかと思っていたのに、まだまだ縁は切れていないようだと、お茶を飲み込みながら考えていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




