この国の貨幣と物の価値
遅くなり申し訳ないです
今後この大陸の各地を巡りなにか欲しい物があったとき、十四か国分の外貨を使い分けるのはめんどくさい。そう思っていると、即座にルーから拠点がある土地には、まだ国がないと訂正された。
つまり土地は十四に分割されているが、国は十三であると言いたいわけだ。
そして小粒の魔石は装飾品などによく使われるので、どこの街でも買い取ってもらえるらしい。場所によっては、飲み水や食料も高値で取り引きできると知り、私やルーが食べない菓子は売ろうと思った。
田舎では物々交換や魔石での支払いが主流のところが多いので、お金を見たことがない人もいるようだ。
「確かに里人たちが、お金を使っていたような感じはしないな」
いまのところ拠点には通貨が必要になるほど人がいないし、経済も発展していないんだから、しばらくは物々交換で間に合うだろう。
「魔石って拠点の土の中から出てきた石だよね?」
「うむ。手軽に集めるならば、小型の魔獣からも取れるな」
「精霊の棲家では、一部の魔物からしか出なかったね」
「あれらは元々魔素から成る故、報酬としてのみ入手可能なのだ」
「それなら、狩りをして解体しないといけないわけね。ぶっちゃけ、魂の欠片も魔石だし」
魂の欠片なんて呼び方を変えているけど、要するに、人からも魔石がとれるってことでしょう。絶対に悪い奴が暗躍し放題な世界なんじゃないの?
私がルーと世間話をしている間、それぞれ立場がある大人が、大人の事情を隠さずに聖樹の実の価値を相談している。
三人とも身内だが遠慮なく意見を交換して、国や領に一番良い結果を出そうとしているのだろう。
「こちらの欠けのない果実はルー様が提案してくださったとおり、国からの報酬が出たあとに支払わせて下さい」
とうとうセドリックさんも、ルーを様付けで呼び始めたか。女性の姿だからなのか、それとも龍だとわかったからなのだろうか。どちらにせよ、化け物扱いされないのは好感度が高いわ。
「ええ、それで構いませんよ」
「ここから王都まではそう遠くないのですが、すぐに陛下へのお目通りがかなうかはわかりません」
軽く下げた頭からサラサラのミルクベージュの髪が、カーテンのように顔の両サイドにかかった。
眼鏡のツルで抑えるように耳にかけていたようだが、絹糸のように艷やかな髪質のため滑ったのだろう。くせ毛が嫉妬するストレートヘアは、前髪も含めて肩付近に届く長さだった。
「それはそうでしょうね。特に予定もないので、こちらは急ぎませんよ?」
サラ艶ヘアに見とれていたとは気づかれないように、さり気なく返事をして誤魔化しておく。
「そしてこちらの欠片の方なのですが、この領で出せるのは一万ガドまでなのです」
「一万ガドだと、どれくらいの価値がありますか? ノコギリみたいな道具を、一式揃えられたらいいんだけど」
「そうですね、一万ガドとは金貨十枚分で、庶民の年収で約十年分くらいでしょう。馬車用の馬なら七、八頭は買えますが、ノコギリの価格は家令か庭師にでも聞いておきましょう」
「そうですか、お願いします」
馬が八頭って大金ぽいけど、全然参考にならない。貴族様が自分で金額を把握して買うのは、馬とかドレスとか宝石くらいなんだろうか?
「ええっと、一キロの小麦粉はいくらで買えますか?」
「小麦粉を一キロだけですか? わたくしの家では月に百キロは購入しておりますけれど、五百ガド前後だったはずですわ。一キロだけとなると五ガド、銅貨一枚で買えますわね」
「伯母上の邸は、使用人をあまり置かないから」
「私たちには十分なんですよ。セドリック様がいろいろと便宜をはかって下さいますし」
「僕はいまだに、伯父上の世話になりっぱなしだから」
「るぅ、もういっこ、あ~ん」
なんかいい話だったのに、豆太はマイペースだな。ルーもいそいそと飴のフィルムをはずして、豆太の口に入れてやった。やけに大人しいと思っていたが、物理的に口がふさがっていたようだ。
「あら、豆太には退屈な話でしたわね。そろそろ出掛けましょうか。息子夫婦の命の恩人ですもの、今日の買い物はわたくしがすべて支払います」
「ならば護衛には私が付こう」
「伯父上、まだきょうの仕事は終わっていないんだけど」
「妻の様子では、かなりの買い物をするでしょう。破落戸に目をつけられでもしたらと、心配なのです」
「我がおれば、クリスティーナに触れる者を消し炭にすることもできるが?」
「俺がリスティを護るので!」
なにがアーヴィングさんをイラッとさせたんだろう? アーヴィングさんはクリスティーナさんの腰をガッチリとホールドしていて、簡単には剥がせそうにない。
まぁ、間違いなくルーが要らんことを言ったんだろうね。
「はぁー、仕方がないね。ルー様はこの国にとって、賓客として迎えるべき方だよ。馬車はこちらで準備するからしっかり守ってくれ」
「じぃじ、おうまにのりゅの? はりゅかじぇもよりょこぶにょ!」
「春風か。彼女はここ数年、あまり調子が良くないのだが」
「じぃじがのりゃないからよ! ぷんぷんよ!」
豆太は、春風という馬がアーヴィングさんに乗ってもらえないから、だいぶ拗ねていると言いたいらしい。
結局アーヴィングさんが自宅の厩に、春風のご機嫌伺いに行き、乗れそうなら着替えて戻ることになった。豆太は、春風に経緯を話すために同行したいと意欲的だったため、アーヴィングさんには豆太のお守りもお願いする。
その間、私たちはお茶のおかわりをいただき、お供に出てきたいちじくのスライスに、砂糖を振ったおやつを頬張った。
いままで貰った果物にも砂糖がまぶしてあったから、この国の果物は糖度があまり高くないのかもしれない。
「美味いがちょこには敵わぬな!」
やめて。もう、ルーがそう考えるのは諦めるから、せめて口には出さないでくれ。そうだ、話をかえよう。
ウサギさんの獣人って珍しいのかとルーの知識を探れば、この国の真北にある最果ての地では、獣人は珍しくなかった。
ルーの大昔の記憶によれば、獣人は力が強く剛健な種族が多く、労働力を得るために人身売買の被害が起きやすかったらしい。
この話をふたりに振ると、クリスティーナさんの曽祖父が生きていた頃は、首枷をつけた獣人奴隷が、毎週広場に市がたつたびに並ばされていたそうだ。
それがあるとき奴隷商が摘発されたのか、奴隷たちとともに姿を消して、数年後には国同士の契約によって労働力を雇い入れる方法に変わったのだという。
『ルーがやったの?』
『あれには、両手の指では足りぬほどの呪具師が関わっておったのだぞ。それらを束ねておった貴族らは、屋敷ごとチリも残さず消してやったわ』
それは歴史に残るくらいの大火事だったろうね。ルーの性格上、巻き込まれた精霊はいないだろうけど、その利益で生活していた者も同罪だったんだろう。ルーが情状酌量とか、想像できないもんな。
「いまは森林の国と友好的な関わり合いができていますので、彼女の素性は国が保証しているのです」
「海外に移住している、出稼ぎ労働者ってことか」
あんなに若いのに、家族のために出稼ぎで国境を越えたのか。勇気があるよな。
「この国では、女性で武術を習う人がほとんどいないのです。ですから、ご夫人やご令嬢の警護に、かの国の女性兵士を雇う貴族も少なくないのですよ」
ライオンやトラなどの私の国で猛獣と言われていた生き物の獣人は、こちらの大陸でも強い種族らしく、とても人気が高いようだ。護衛に雇うにも、契約金は安くない。
クマの獣人は立っているだけで犯罪防止になると、王都にある商会クラスの店先では、その姿は珍しくないようだ。
「これから行く予定のグリフォン商会でも、銀狼の兄弟が警護をしておりますのよ」
「銀狼! なんかカッコイイですね」
グリフォン商会って名前も、ファンタジー感があふれているな。ルーが上手いこと通訳してくれてるんだろうけど、なにかと私の好みに刺さる言い回しが多い気がする。
「機嫌が良いとふさふさの尾が揺れるらしく、それを見るために商会を訪れるお嬢さんもいると聞きますわ」
「な、なるほど」
この世界にもケモナーが存在しているんだな。こちらにはリアルで存在してるぶん、ガチ度が高い気がするよ。
「お待たせしました。馬車の準備も済みましたし、すぐに出掛けられますか?」
アーヴィングさんが戻り、そう声を掛けてきた。その表情は先ほどと違い、血色が良く目も輝いて見える。
「まぁ、嬉しそうね。ジョーがそのブーツを履くのを見るのは、いつ以来かしら?」
そう言うクリスティーナさんだって、恋する乙女のような表情で自分の夫を見つめているじゃないか。
「やれやれ、いくつになってもおふたりの仲は変わりませんね。僕は皆さんが戻るまでには、果実の代金を準備しておきますよ」
そう言ってご領主様に見送られ、私とクリスティーナさんは馬車に乗り、アーヴィングさんはその側を春風に乗って警護する。豆太はその隣を陣取って、春風が主を乗せて走るのを見守るつもりのようだ。
馬車にはセドリックさんが命じてくれたので、御者がついていて道案内は不要だ。荷物持ちは必要なかったから護衛がひとり御者台に座り、総勢五名と精霊ひとりが買い物に出発することとなった。
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