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全裸な私と不思議な記憶

 

「お腹すいた」


 どうしようもなく腹ペコだ。喉も乾いていたはずだけど、何故かそちらは解消したようだ。声もちゃんと出ているな。

 このまま寝転んでいたいけど、空腹に耐えきれない。しばらく迷ってようやく開けた目に映ったのは、僅かばかりの木漏れ日を通す、緑の葉のカーテンだった。


「信じられないけど、外だよねぇ」


 凍える寒さではないが、外で寝るのはとても危険で常識外れだと、私の知識が警鐘を鳴らしている。さらにダイレクトに肌に伝わる感覚は、草を押しつぶしている自分が全裸だということを如実に表していた。


「屋外で素っ裸とか……痴女かよ」


 この状態に開放感を得られるほど、図太い神経を持ち合わせてはいないのだ。

 ボロの服でも無いよりはましだったのに、装備がゼロとは涙が出そうだ。第一村人が男性でないことを祈ろう。

 頭を持ち上げるのは重労働だと感じたので、明るい方へと倒してみると、数メートル離れたところで地面が水に変わっていた。

 しばらく眺めるが、生き物の姿がまったく無い。小鳥の囀りさえ聞こえてこないのは何故だろう。だが、いまのところ野生動物に捕食される心配は無いようだ。

 たくましい幹に掴まりながら、よろよろと立ちあがると、ここは大きな湖のなかにある小島で、中心部分が若干盛り上がったところに、天を支えているかのような巨大な樹木がそびえ立っていた。私はその根本に転がっていたようだ。


「世界樹……。ゲームか?」


 ゲーム? 言葉は知っているが、世界樹とそれから導かれたゲームを結びつける記憶はない。ゲームと言えば酒場で行われるカード賭博、食事後に美味いワインを嗜みながらのチェスやペクソリティア、狩りの成果を競うものしか浮かばない。いや、これは私の記憶なのか?

 世界樹は言葉を知っているのに、それがどんなものかは思い出せなかった。見たこともないものの名称だけを聞かされた気分である。


「酒場も賭博も知ってる。どんなメニューがあるのかも」


 そして宝石をはめ込んだクリスタルのチェスの駒、ペグではなく贅沢に宝石を球体に磨いたボールを使い、黒檀で作られた盤を持っていたような気がする。

 腹の虫がなにか寄越せと激しく要求してくるが、あいにく口にできそうなものは視界に入ってこなかった。いや、この木の実は高額取引されている、妖精の果実じゃないか。なぜ私は食べられないと思ったのだろう。

 だけど、あんなに高い場所に成っているなら、一番下の枝にすら届かない状況ではどうしようもない。

 こんなに太いと、幹によじ登ることすら不可能だろう。地面に落ちている果実もないから、空腹に耐えるしかないか。


「この音が空腹時に鳴ることはわかる。腹の虫と言っても虫が鳴いているんじゃないことだって知ってるのに、目の前の景色に馴染みがない気がするよ」


 持っている知識と自分を取り巻く環境に、何故か違和感が拭えない。自分の中に誰かがいるような、だけどその自分という存在ですら希薄で曖昧で掴みどころがなく、とても気持ちが悪い。

 考えないようにしている鱗は、ますます強く主張をするかのように、太陽光を跳ね返している。


「蛇かトカゲか? 魚類ではないような?」


 湖のほとりに座って膝下を浸すと、水温は思ったよりもぬるいと感じた。

 わずかに躊躇ったのち、震える指先で恐る恐るなぞってみたが、思ったよりもしなやかで柔らかい。きめ細かい肌を守るかのように覆っている、小指の爪よりも小さなそれは、上腕と脛の外側に多く、胸の谷間から蔦のように首の両サイドへと続き、耳の裏側あたりで消えているようだ。

 両手の甲にも数枚あるが、指先や手のひらには生えていない。鱗があるのはほんの一部で、それ以外はどう見ても人の皮膚で間違いない。


「髪は異常に伸びてるのに、爪はふつうだな」


 噛んでいたならもっとギザギザだろうし、さすがに足の爪は爪切りがないとどうしようもないだろう。この長さまで髪は放置していたのに、爪はきれいに整えていたんだろうか。自分という人間? が、ちぐはぐ過ぎてよくわからない。

 見える範囲を撫でさすりながら確かめるが、異常な点はないと思う。不思議なことに、蹴られた足も捻った手首にも痛みや怪我の痕跡は見つからなかった。

 この体で水場を汚すのは気が引けるが、頭の先まで水に浸かってから顔を出した。両手で水をすくい顔を洗うと、こめかみと額の一部分に異なる感触があった。これは鱗か……。髪で隠れるとはいえ、出歩くには支障が出るのでは? 禄に見てはいなかったけれど、あの男たちには鱗なんて生えていなかったと思う。


「これも黒だと思ったのに違うのか。染めたにしては自然過ぎてないか?」


 サイドの髪を目の前に持ってくると、日に透かして色を確かめた。色ムラのないボトルグリーンの頭髪なんて、世の中にいなかったはずと思う反面、体毛の色など星の数ほどあるだろうという感覚も存在する。するりと湖面に滑り落ちると、水中にひろがる自分の髪がワカメのようだった。

 もしもいま誰かが陸からこちらを見ていたなら、私のことを水草の妖怪か水妖のたぐいだと思うだろうな。良く言えば、ウォーターハウスの人魚の絵みたいだ。

 頭皮を揉むように汚れを浮かせるが、石鹸がないのでキレイになった気がしない。それでも手櫛で絡まっているところを丁寧に解す。こんな馬鹿げた長さの髪は洗うのも乾かすのも面倒なので、あごの下くらいで切りそろえたいんだけど。


「いや、まだあったほうがマシだな。素っ裸で歩くよりかは、自前の毛でも局部くらいは隠せるでしょ」


 足の指先まで丁寧に洗ったから、脇にも股にも毛がないことがわかった。慌てて確認したが、眉とまつ毛はちゃんとある。鼻毛は鏡がないと確定できないが、多分生えているらしい。体にムダ毛が生えていないのは助かるが、これも鱗が関係しているんだろうか。

 久々に声を出したからか、喉に痛みはないけれど肺が疲れた感じがする。胸が重苦しいから、おしゃべりはここまでかな。そろそろ衣食住をなんとかしないと、こんな大自然の中では生き残れないだろう。

 せめてこの髪の毛を乾かしたいな。そう考えただけだった。それなのに、次の瞬間にはうんざりするほど伸びきった髪の毛が、暖かい突風によってすっかり乾いて体を覆っていたのだ。


「??? なぜ驚く、ただの魔術ではないか。何ら不思議なことはない、いつものことだろう?」


 そうだったか? ふつう入浴後はバスタオルで拭いて、髪はドライヤーで乾かすよね? 傷まないようにタオルドライで水気を取ってから、オイルを馴染ませてドライヤー。そして最後は冷風を当てて仕上げるはずだ。

 それに魔術! 魔法だの魔術だの、そんなものは空想の産物であり、映画や本の中のみに存在しているものだ。


「服よ出ろ!」


 まぁ、そんなものだよね。猫型ロボットでもあるまいし、馬鹿げたことを言ったわ。


『亜空間収納にしまっている物はね。亡くなると失われてしまうのよ』


 そうか、持っていた荷物はすべて喪失してしまったのだな。…………? 旅に必要な荷物や食糧を、数年分はストックしていた気がするが。そして収納能力がある者ならば、こんなことは常識だったはずだ。


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