買い取り交渉を丸投げする
「男装ではないぞ。あれは女が男の姿を模すことだからな。我に性別はない故、チカの発言には誤りがあるぞ」
「いや、そこをツッコむのかよ」
ルーもだいぶ人っぽくなってきたな。
「ルー様。まだその姿のままでいらしてくださいませ」
「?」
「旅の聖職者によって持ち込まれた『妖精の果実』を、わたくしの夫が身をもって真偽を確かめたのですもの。本物の果実とわかったのですから、こちらの領主様に買い取っていただきましょう」
なんでぇ? と曲げた首をもとに戻す。私が考えずに、最初からクリスティーナさんと相談したら良かったわ。
「それが一番問題ないでしょうね。ご領主様には突然の出費をさせて申し訳ないんですけど――お財布的に大丈夫ですか?」
「それはご本人に伺いましょう。あなた、これからすぐにお会いできるか、確認してくださらない?」
強ぇぇ。この奥さん、美人な上に旦那より強ぇよ。クリスティーナさんは必要のなくなった杖を両手で持って、隣に立つ夫に流し目をおくりつつお願いをしている。タレ目がちなのに何故か逆らえない視線に、アーヴィングさんは離れ難いと妻の腰を抱いていた腕を、断腸の思いで離したように見えた。
去り際に頬へのキスをぶちかましたのには、馴染みがなさすぎて驚愕してしまう。家族とテレビを見ていたら、ベッドシーンになったときくらい気まずいわ。家なんか生理用品のCMにだって、家族全員キョドってたんだから、人様の生チューなんて動揺するに決まってる。
「ふわぁあ〜! てぃかはみたぁ? じぃじのあちがなおったのよ」
「そっち? いや、そうだね。良かったよね」
「ちゅうってしてたの!」
「うおぉー、見てたんかい! 先に足の話をしたから気づいてないと思ったよ。あれは夫婦とか仲良しだからするんだよ。無理やりだったり嫌がってたら犯罪行為だから、そういうクズはボコボコにしてやるんだよ」
「まめちゃ、ぼこす!」
「うむ。怪我はせぬようにな」
「そうだね、危なかったらルーを呼ぶんだよ」
「まめちゃ、るぅをよぶの!」
「豆太はカワユイし、賢いのだな。我は誇らしい」
爺様だよ。思考が完全に孫ラヴな祖父母のそれだわ。親じゃないのは、躾とかにはそれほど責任がないからだね。菓子を与えたり可愛がったりするだけで、ろくに叱らないのがルーのスタイルなのだ。
「伯母上、妖精の果実を買い取らせて貰えるとは本当でしょうか!? あっ! 彼が妖精の木と巡り会えた、幸運の女神に愛された方ですか?」
ノックもせずに颯爽と駆け込んできたのは、ウィロウ伯爵よりもクリスティーナさんに似た男性だった。その後ろからアーヴィングさんと、存在感の薄い青年が入ってくる。青年は部屋をぐるりと確認すると、扉の横に立ったまま動かなくなった。
「まあ! そんなに慌てるなんてお行儀が悪いわ。きちんと挨拶をして頂戴」
アーヴィングさんが黒髪のふわ毛に蒼目だったから、エリックさんとクルト君の髪色は誰の遺伝なのかと考えていたが、クリスティーナさんの家系にある髪色だったんだね。
「希少な品の売り先に、僕の領地を選んで貰えるなんて光栄だよ。僕はポーロウニア伯、セドリック・リリー・シュイラーだ」
「はじめまして、伯爵様。私はルーと申します」
「まめたは、まめちゃよ」
ルーがまともに挨拶できると思わないので、代わりに名前を名乗るけど、なんだか違和感があってゾワゾワする。でも、人との交流はルーが私に丸投げしたし、この体でチカと名乗るのは違う気がするから仕方がない。
この国の挨拶は身分差があっても握手なんだな。ルーの男性体は細身で背が高いので、セドリックさんとの目線は少しだけルーが上だった。握手した手の感触は思ったよりも硬く、ルーの手は男性にしては指が細く柔らかいらしい。
「可愛らしい仔馬の上位精霊だね。さっそくだけど、伯父上が食べた果実を見せてくれるかい。そちらにかけてくれ」
セドリックさんが座りその後に私、最後にクリスティーナさん夫妻が腰を下ろしたため、微妙な空気になってしまった。その空気を霧散させたのは、豆太の『どっこいちょ』と四肢を折って、ペちゃりとソファに座る動作だった。たぶん拠点の誰かのマネだろう。
存在感の薄い青年は護衛らしく、一緒には座らないらしい。
「失礼いたします。お茶をお持ちしました」
「入れ」
ノックの後にハッキリとした若い女性の声がして、セドリックさんの許可を求めてから入ってきたのは、バニーガールとメイドを足して割ったような、十代半ばの女性だった。
もちろん私はガン見するよ。明るい茶色のふわもこなショートヘアにはホワイトブリムが装着され、ツインテールのようにペタリと垂れた耳が出ている。獣人さんなんて初めて見たわ。
メイド服は品の良いクラシカルなタイプだけど、私の好みはミニスカートにレースを重ねたペチパンツ、そしてニーハイだ。
お仕事中の女性をいやらしい目で見ないように、いまさら遅いが視線をそらすと、クリスティーナさんも優しい眼差しで見守っていた。なら良いのかと思ったが、いまは男性なので泣く泣く自制する。
「急がせてすまないが、見せてくれるか?」
メイドさんが退室すると、セドリックさんがすぐにそう切り出す。
聖樹の実はメタリックカラーの人たちにひと粒ずつ与えたが、まだ十数粒残っていた。そこからひと粒取ってクリスティーナさんに渡したけれど、残り物みたいな実より丸々一個の方が嬉しいかな?
「これです。どうぞ手にとってご覧ください」
亜空間収納から取り出して、テーブルの上に置くと、時が止まってしまった。
ひと粒取るときクリスティーナさんにも見せたし、アーヴィングさんは実際に食べたのにどうしたんだ?
「ル、ルー殿。こちらは傷ひとつ見当たらないのだが、伯父上が食べたものとは異なるのだろうか?」
「ああ、領主様も本物かどうか試したいですよね。先ほどの残りもありますが、こちらを割って頂いても構いませんよ」
「ルー様。貴方、果実をふたつ持っていたのかしら」
「妖精の果実は滅多に見つからないし、ひとつ賜れば木ごと消えてしまうと言い伝えられている」
「はぁ」
しまった。ふたつどころか、二桁持ってるんだけど!
ルーはそんなこと言わなかったじゃないか…………ダメだ、人のせいにしてどうすんの。人の常識は聞かないって自分が言ったんだったよ。
「ええっと、丸々一個でも、半端な方でもどちらでもお譲りできますよ」
「果実をふたつ賜った人は初めてだ。これは陛下にお知らせすべきでは」
「リー! それは無理だと思うわ」
領主様の愛称はリーなのか。お母さんがリリーだもんな。兄弟がいたら困る名前だけど、もしかしてリリーさんって身分が低かったのかなぁ。
「ルー様、申し訳ないのですが、もとのお姿に戻っていただけますか」
「ふぁい!」
いらんことを考えていたせいで反応が遅れた。クリスティーナさんは話し合った結果、私が人ではないことを明かすことにしたらしい。
ルーはどんな反応なのかと思ったら、お茶受けに出たキャラメリゼされたナッツを持ち帰ることしか考えていなかった。
ルーは精霊に危害が加えられずお菓子が食べられれば、わりとなんでも寛容に受け入れる。今回のこともまったく不快な様子はなくて、豆太が喜ぶことが嬉しいという感情しかなかったのだ。
「ええっと、龍です」
クリスティーナさんに促されてもとの姿に戻ると、まだ数日しかお世話になっていないのに、この体の方がずっとしっくりくる。
この国の王様に会うのは、帝国に睨まれそうだからおすすめしないが、大陸上空に意識を移すと、ここは大陸の北東だった。
メタリックカラーな里人の隠れ家があった国の真東に位置する、東西に長い領土をもつ発展した国らしい。現在十四ある国の中で、五本の指に入る広さであることもわかった。
「こちらのひとつは国に献上し、残った果実はこの領で買い取るのはどうだろう」
大人が三人、顔を突き合わせて相談している中、豆太と私は飴をなめながら待っている。いま口に含んでいるのは、うずまき模様の極甘ソフトキャンディだ。アメリカの地名なこの飴も、幼少期に買ってもらった記憶がある。
これは甘いお菓子だから、もちろんルーが管理しているのだ。
「あの、財政的に厳しいのなら後払いでもいいですし、日用品と交換でも嬉しいですよ?」
クリスティーナさんは残り物の果実の買い取りを想定していたため、収穫前のこの時期に大金を動かすべきではないと主張していた。しかし領主様は、国へ献上したあとの謝礼などの見返りが大きいだろうと、両方とも買い取ることを強く望んでいる。
アーヴィングさんは、そのたびに折衷案を出しているのだ。
結論がどうしても出ないのなら、こちらが歩み寄る姿勢を見せることも大事だろう。多額のお金には困っていないから、とりあえず街で買い物ができるように、少額硬貨を手に入れたいのだ。
「ルー殿、信用していただけて誠に光栄ですが、他所でそのような発言をしたら財産をすべて巻き上げられますよ?」
そうならないように気をつけるよ。だからノコギリを十本は買えるお金を、とりあえず頂けませんかね?
ここまでお読みいただき、ありがとうございます
チカは獣人を初めて見たと言っていますが、この世界では人魚も獣人に分類されますので、すでに獣人と会っています
チカは、獣人をもっふもふの哺乳類だけだと思っています