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案ずるより産むが易し

評価等、ありがとうございます

 

「セレナーデはラクティスやヴァイスハイトと一緒に、ウィスタリアさんと子どもたちのそばに残った方がいいね」

「左様。十分に身を(いと)うが良い」


 これはウィスタリアさんにかけた言葉ではなく、主のために働く精霊たちに言ったのだとわかった。

 本当ならエリックさんもしばらく体を休めなくてはいけないのだが、被害届や職場への報告などで出仕しないわけにはいかなかったらしい。


「夫もまとまった休暇が取れるよう、調整してもらうとのことでしたわ」


 ジャスティーナちゃんが左腕に抱きつき、クルト君を膝にのせてウィスタリアさんが微笑む。多少顔色はよくないけれど、キッチリと髪を結い上げ落ち着いたドレスを着こなしていると、九割がた彼岸へ渡ったとは思えない回復スピードだ。

 もちろんこれは、ウィスタリアさんが座っているソファの背もたれにいるラクティスが、主の体内の魔素を調整しているからなんだけどね。


「そうね、これを期にクリスも人に任せることを覚えるべきね」


 さすがに業務の調整まで叔父に頼むことはできないが、組織のトップだからある程度は融通をきかせてもらえるのかもね。なにより醜聞になりかねない部分を、詳しく説明しなくても済むのは良かったと思う。次男とその家族を内々で処理できれば、侍女による子爵夫人の殺人未遂の部分だけ報告したらいいのだ。

 口止めなどの根回しが必要だろうが、そんなことまで私やルーが関わりはしなかった。連れ子の殺人が罪に問われるとしても、犯行は龍による粛清なのだ。正義を貫く官吏がいたとしても捕らえることはできないし、龍は人の法にもルールにも縛られない。

 どうしても説明が必要ならば、龍の姿でお話しをしたっていいのだ。


「じぃじのとこにゆくじょ?」

「そうだね、手早く済ませてしまおうか」


 えぇっと、じぃじはなんて名前だっけ? 『アーヴィングと聞いたが?』

 ありがとう。ルーはあまり人の名前を覚えないけど、記憶自体はとても優れているんだな。それに聞かれるとちょっと気まずい内容を、声に出さないで教える配慮ができるなんて!


「豆太、アーヴィングさんはどこにいたの?」

「じぃじはおうちにいたよ。おちごとにゆくっていったの」

「あー、じゃあいまは職場にいるってことかな? アーヴィングさんって領地で領主様の手伝いをしてるんだよね? いくらなんでも領主館にポータルは開けないわ〜」


 たぶんここと一緒で執務室には精霊避けの魔術が施されているんだろうし、そんなところに突然おじゃまして、足だけ治して立ち去ることなんてできないでしょ。いや、突然現れてさっさと消えたほうが追求されづらいのかも? そもそも怪しい奴から貰った果実なんて、口にするわけがないのか。


「わたくしが案内いたしましょうか?」

「助かるけど、そんなことをしたらクリスティーナさんに迷惑をかけちゃうんで」

「じぃじにあげたら、めっなの?」

「うーん。実をあげたあとに、困ったことにならないようにしたいんだよ。それに聖樹の実で治る怪我なのかどうかもわからないでしょう?」


 心配しすぎと思われてもその後の経過観察とか、治らなかったときとかさぁ。もう会わないからって丸投げしていくのは社会人として如何なものか。


「チカはあれこれと考え過ぎだ。聖樹の実を食して病が悪化した者など知らぬ。どうせ拠点の民たちへ、不足している物資を買い与えるのであろう? 領地で買い物のついでに様子を見ると良いだろう」


 そんなんで良いのか? ルーがそう言うなら問題ないのかも。


「よし、せっかく持っていっても毒物だと思われたら嫌だし、クリスティーナさんに同行してもらおうかな。それに一度会うだけなら、なるべく目立たない格好の方が良いよね」


 この土地に馴染んだ旅装束で、それにフード付きのコートを羽織る。あとはストールで顔の下半分を隠せばそれほど目立つことはあるまい。ってことで、私がイメージした感じに着替えて欲しい。

 その場に立ってルーに頼めば、思ったとおりに地味な旅人が出来上がった。


「ルー様。そのような装いですと、ますます貴方様の風貌に神秘性が増しましてよ」

「これでは男性が放っておかないでしょうね。しつこい求婚者たちにつきまとわれることになりますわ」


 ルーが着替えさせてくれた数秒後、ふたりの貴族女性からダメ出しをされてしまった。

 ストールで隠されていないから、両眼のインパクトがありすぎたか。ペリーダンサーのフェイスベールみたいに、眼力がやたらと強調されるんだろうな。


「ルー。帝国で男性体をとってたときの姿になってみてよ」


 なんの違和感もなく視界が広がり、背が高くなったことを認識する。それに伴いクリスティーナさんたちをかなり見下ろすことになった。

 服は旅装束と違い、真っ白な細身のパンツにヒラッヒラのシャツ、そしてキラキラな刺繍で飾られた白のジャケットだ。ボタンがなにかの宝石っぽくてドン引く。靴も宝石で装飾されてはいるが、ウイングチップに似た造りの革靴だった。

 なんというか――――これは(まご)うことなく王子様だな。


「これではすぐに女性たちが群がり、一歩進むことすらできませんわ」

「なんだか現実味がなくて仮装っぽいけど、外歩きに向かないことは理解できたわ」


 先ほどよりも大きな手のひらに、しなやかで長い指。ドラゴンが彫られた無骨な指輪が、右手の親指に嵌っている。


「それなら冒険者の服装にしよう。見た目が華奢なんだから、稼ぎが悪そうでモテなさそうに見えるんじゃない?」

「そうでしょうか? たしかに武器にムチを選ぶ方は少ないのやも知れませんわね。ですけれど、その美貌は簡単には消せないようですわね」


 そうかぁ。美しさはどこに行っても共通なのか。

 その後、何度か着替えて薄汚れた旅人の扮装をしたものの、ルーの顔面偏差値が高すぎたために、落ち延びてきた王族にしか見えなかった。


「どこから見ても、継母に追放された薄幸の王子様ですわ」

「たしかに」


 私たちは諦めて、巡教中の聖職者のふりをすることにした。長いローブに深くフードをかぶれば、体型も顔もほとんどわからないだろう。

 この類まれなる美しさは、聖職者というイメージによりプラス補正されていると勘違いしてもらうしかない。






「ようこそおいでくださいました。こちらが、わたくしたちの住まいですわ」

「おぉっ! 大っきいけど、見た目がかわいいですね」


 つい先ほどまでいたウィロウ伯爵のタウンハウスよりも小規模だけど、ジャスティーナちゃんが住んでいる離れの居宅よりも大きいね。タウンハウスは市役所サイズだし、離れの家は田舎の一軒家くらい敷地が広かった。

 この家はクリスティーナさん夫婦しか暮らしていないと言っていたけど、使用人だっているしお客様を迎えることもあるのだろう。


「避暑地にあったペンションみたいだよね」


 それも若い女性たちに人気が出そうな外観で、ソーシャルメディアで良い方に騒がれそうな感じだ。

 場所が領都の一等地じゃなくて、まわりにも似たような豪邸がなければ、別荘と呼んでも違和感がなかったのになぁ。


「まぁ! 奥様。おかえりなさいませ」


 領主の屋敷の敷地内にこの家があるからと、庭に出てから歩いて行こうとしていたのに、家政婦らしい女性に見つかってしまった。悪いことはまったくしていないのに、こっそりやろうとしたことが見つかると、どうして居心地が悪くなるんだろうな。


「どうぞこちらでお待ちください」


 メイドがテーブルに菓子とお茶を並べ、クリスティーナさんは着替えに行った。メイドはカップを置きつつも、私の顔をガン見していた。それは一目惚れというよりも、精霊じゃないのかと疑われていたような気がする。

 領主館を訪れる予定を話すと馬車を準備するあいだに済ませるからと言って、クリスティーナさんを侍女が攫っていった。


「豆太よ、遠慮なく食すが良い」

「このあかいのがほちい。あ~ん。おいちいね!」

「そうか、これは我も美味いと思う」


 そりゃあ甘いからね! お茶請けはドライフルーツなのだが、桃色の砂糖がかかっている。というか砂糖でコーティングされているのだ。

 ルーに血糖値スパイクは起こらないんだろうか。


「あのさぁ、ちょっとは遠慮しようよ」


 二皿目を要求しそうな勢いで、目の前の菓子だけが減っていく。これでは私がカップに手を伸ばすチャンスは、永遠に来ないじゃないか。






「あなた。あ~ん」


 クリスティーナさんの頬にキスしていた男性は疑うことなく口を開け、放り込まれた聖樹の果実のひと粒を飲み込んでいた。


「考えていた以上に、あっさりと片づいたな」

「豆太よ、喜ぶが良い」

「わぁーい。おうまにのるのよ! まめちゃのおともらちもうれしいの!」


 豆太はアーヴィングさんの足を心配していたのではなく、(うまや)にいるアーヴィングさんの愛馬を思いやっての言動だったらしい。

 ケガをしたのが二十年も前なのに愛馬は元気なのかと聞けば、この大陸の馬は長生きで平均寿命は六十年前後だった。なかには九十年生きた個体もいたようだ。


「豆太には精霊以外に、馬の友だちもいたんだな」


 普段から体を動かしていたからか、杖をついていたアーヴィングさんは、もうなんの手助けも必要とせずに歩くことができる。

 クリスティーナさんと一緒に領主館を訪れた際、こちらをめちゃくちゃ牽制してきたとは思えないくらい目尻が下がっていて、感謝されているのはわかるが落ち着かない。

 朝にセレナーデから手紙を受け取ったアーヴィングさんは、長男夫婦の無事と次男夫婦の顛末を知っていた。その為、しばらくクリスティーナさんには会えないとがっかりしていたところに、セレナーデではない男性を伴って現れたので、嬉しさもあったが嫉妬したと謝罪された。


「ルー、なんか男装はなんの役にも立たなかったから、もとに戻ってくれる?」


 いろいろ作戦を考えていたのに、愛の前ではすべてが徒労に終わるのだった。


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