買い物前にひと仕事
すみません、遅くなりました
「ルーはお金を使って買い物したことないの?」
「あるが?」
「……えっと、何年くらい前の話?」
「――――我がドラゴンの異常発生を抑え、塔型の精霊の棲家の崩壊を防いだ際に、王国より報奨としていくらか受け取ったのだ。ついでに素材を必要とする国に数頭ばかり売り払ったのは、三百二十七年前の二月であったな」
「えー。それって合ってるかどうかもわかんないんじゃないの?」
そんなに細かく覚えていられるものなのかな。でも、ルーの記憶が違ってるなんて考え難いし。
「いいえ、深森の賢人は千年生きると言われていますし、当時のことを知るものもいるはずですわ」
親切なことに、クリスティーナさんが教えてくれた。
「深森の賢人?」
「チカの知識ではエルフと呼ばれる種のことよ」
「エルフかぁ。ファンタジーには欠かせない要素だな。龍やドラゴンがいる世界だし、一家族しか知らないけど、人魚も見たんだったわ」
「エルフは古竜の次に長く生きるぞ。一万年生きた者もいるようだが、あれらは森林の一部と考えて構わぬ」
「木と一緒はあんまりじゃない?」
「長く生きる者ほど足に根が生えるものよ」
「へぇ〜、そうなんだ? じゃあ人はどれくらい生きるの? 私の国は外国に比べて長寿な方で、平均寿命は八十歳を超えていたよ。百歳を迎えた人も少なくないし」
海外の人からは、健康に対する意識が高いって思われていたんじゃないかな。
「フム、海外という表現は聞かぬ故、違和感があるぞ」
「そうかな」
そういえば大陸外に出ることは不可能だった。そもそも海の外に国があるとは考えられていないんだよね。
「ルー様の国は、人が少なくていらっしゃるの?」
「ん? 国土は広いし人口も多かったと思うけどなぁ」
自国を小さな島国って思ってる人もいたけど、世界にはもっと小さな国が二百以上もあったはずだ。
「そうなのですね。それですと、魔素が少ない土地なのでしょうか?」
そうか、クリスティーナさんたちは、私の存在を知らないからな。ルーがなにか誤魔化せる魔術を使っているのか、この世界が私の存在を無視したいからなのかは不明だけど、私が話していても指摘する人はいないんだよね。
そもそも私が名乗ったのはルーと豆太だけだし。
「我が管理せし地には、いまだ精霊の棲家がひとつのみよ」
「それでは魔素も不足しているでしょうし、わたくしたちより四、五十年も短い寿命なのは頷けますわ」
マジか! 時間の進み方は変わらないって確認したから、この大陸の人たちは随分と長生きなんだね。一年の日数が少ないってのもあるんだろうけど、百三十年生きる人もいるってことだもんな。
「人魚やドワーフ、宮廷魔術師は長く生きるな」
「魔素を取り込むのがうまいと、長寿になるってことなの?」
「魔素に馴染んだ体は、老化が緩やかに進むといわれておりますわね。彼らを亜人などと蔑み、迫害する愚か者もおりますけれど、あれはただの妬みですわ」
そういう差別もあるのか。極悪人が長期間蔓延るのは困るけど、国の要人が長生きなら国が簡単には乱れなくて良いと思うんだけど、素人の浅知恵なんだろうか。
「なるほどね〜。少なくとも私の常識があんまり通用しないってことがわかって良かったよ。それで、よく三百年前のことなんて覚えていたね。ルーが記憶に留めてるなんて、よっぽど珍しい出来事だったの?」
ドラゴンの駆除なんてめったにあることじゃないだろうから、さすがのルーも苦戦したんじゃないかな。
「報酬を受け取り王都随一という菓子を食したが、草の種子を挽き捏ねて焼いた旨くもない代物であった故、記憶に間違いはないぞ」
やめなよ。どうせ甘くなかっただけなんでしょう? それが記憶に残っている理由だとしたら悲しすぎるわ。
「そういうときはさぁ、私の口には合いませんでしたって言うんだって」
「不味すぎて我の口に合わぬ」
「ひとこと余計だよ!」
なんでわざわざ角が立つ言い方をするんだろう。
ルーはまたしてもつーんと顔をそむけて、私の話は聞かないぞという意思表示をしている。
「まぁ、ルーが世間知らずなのは仕方ないからね。そうだ、たくさんあるからクリスティーナさんにあげようと思ってたんだった」
いそいそと亜空間収納から『玉虫の上翅』を取り出す。
これは三十枚と少しくらいだったのに、レア種の白色を倒そうと頑張った結果、七十七枚になった。本当は二枚一組だから七十八枚あったのに、うっかり踏みつけて一枚駄目にしてしまったのだ。
砕けた上翅は数秒の後、ジワリと溶けるように商店の床へと吸い込まれた。
「ずいぶんとお持ちになったのですね。わたくしがすべて買い取ってよろしいの?」
「いえ、代金はいらないです。うちの拠点には衣装持ちがいないし、私もいま着ている服しか持ってないんで。だからよかったら有効活用のためにど「てぃかああぁ〜〜〜」………うぞ?」
突然、目の前に豆太があらわれた。襲っては来なかったけど、ゲームのモンスターみたいな登場のしかただな。
「おかえり豆太。そんなに急いでどうしたの?」
忘れないうちに、セレナーデのお手伝いを申し出るなんて優しいねと、仲間を思いやる行動を褒めちぎっておいた。
「てぃかがもってるせいじゅのみを、まめちゃにちょうらい?」
「まだたくさんあるから良いけど、お腹が空いたの? ルーからビスケットかクッキーを貰ったら? 甘くなくても良いなら私があげようか? スナック菓子なんて山ほど溜まってるんだし」
甘いお菓子は、すべてルーの管理下にあるのだ。同じ体を使っているのに、亜空間収納が別な理由はわからない。わからないが、私が出し入れできるのは自分のものとして入れた物だけだ。
「くっき? ちょこの?」
「そうだよ、お菓子の表面に動物の絵が描いてる『ネコちゃんランド』っていう、赤い箱と黒い箱のがあったでしょう?」
「あれはびしゅけっとらったよ?」
そうだっけ? いまいちクッキーとビスケットの違いがわからんのだけど、たぶんバターの量の違いだろう。
私が話しているあいだに、ルーがいそいそと黒い箱を取り出す。あーんと大きな口を開ける豆太の隣には、ラクティスがテーブルの縁に前脚をかけ伸びあがって口を開いている。その横には恥ずかしそうにモジモジしている、ヴァイスハイトとセレナーデが並んでいた。
てっきりヴァイスハイトは出かけていると思ったのだが、違ったのだな。
「これは萌えキュンぞ」
「激しく同意する!」
人外の美少年と美青年が甘いお菓子を強請る姿なんて、人生初の光景だわ。
「それで? 聖樹の実はもういらないのかな」
「しょうら! まめちゃ、じぃじにあげゆんだ。じぃじはあちがいちゃいなのよ」
「? はい?」
ビスケットの美味しさに当初の目的を忘れていたらしく、慌てた豆太が興奮している。
「あの、豆太はアーヴィング様の足の怪我を心配しているのです」
なんの話か理解できない私に、見かねたセレナーデが補足してくれた。
「まぁ! ジョーの心配をしてくれたのね。ありがとう、でも彼の怪我は二十年も前のものなのよ」
クリスティーナさんは豆太に感謝をしているけれど、旦那さんの怪我が治るとは思っていないらしい。貴族でも貴重な薬が簡単には手に入らないことを、よくわかっているのだろう。
「豆太は精霊界に自由に出入りしてるんだから、聖樹の実なんて好きなだけ採れるんじゃないの?」
「精霊には採れぬよう、制限をかけておる」
「なんで?」
昔は精霊も聖樹の恩恵を得られ、主の不調には精霊界へと渡り、実を持って帰っていたようだ。しかし残念ながら、私利私欲のために精霊に命じて実を採らせる主があらわれたのだ。実は次々ともがれ、いっとき聖樹は実をつけることをやめてしまった。
それを受けて、ルーは精霊に実をもぐことを禁じたのだ。
「まぁ、メタリックな皆さんには与えちゃったし、クリスティーナさんの旦那さんにならあげてもいいんじゃないの? でも、ながく不自由だった人が治ったら、皆は理由を知りたいよね。羨んだひとから嫌がらせを受けたりしないかな」
「うわ〜〜ん。じぃじはおうまにのりたいのよ!」
私がアーヴィングさんへ実を与えることに躊躇する素振りを見せたら、豆太は号泣してしまった。そして馬を愛する者に悪人はいないと主張している。
「チカよ、豆太を泣かせるでない!」
「えー。じゃあルーは反対しないわけ?」
「豆太が泣くのだ、構わぬだろう」
ルーは深く考えてるんだろうか。なんだかんだ言ったって、私たちは豆太に弱いのだ。
「じゃあ、豆太。じぃじのとこに案内してくれる?」
これから買い物する予定だったのに、急きょクリスティーナさんが住む領地に向かうことになってしまった。これも精霊に弱い龍のせいなのだから仕方ないね。