資金は潤沢、なお少額硬貨は持ち合わせていないもよう
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この拠点は高い塀に囲まれ住民の安全を脅かすものがほぼないのに、子どもたちは大声をあげたり走りまわったりするわけでもなく、おとなしく小石や木の実、小枝を使って遊んでいる。
「るーさまだ!」
「これはなにをしてるの?」
「きょうは天気がいいからお外で遊んでるのよ」
十歳前後の子どもたちがふたり一組になって、交代で小さな何かを地面に置いている。
「これは陣取りゲームだよ。いまは小石のほうが多いから、フェーベルが勝ってるんだ」
地面には碁盤の目のような線が小枝で描かれていて、リバーシやチェスのように小石や木の実を駒のかわりに利用しているらしい。
ふたりの対戦を見ていると、駒はマス目の中ではなく交差する線の上に置いている。これは囲碁みたいな感じだろうか。
「あーあ、もうダメだぁ。降参するよ」
「じゃあ、イルス対フェーベルは、フェーベルの勝ちだな」
「フェーベル、すごーい」
「ルー様、フェーベルはまだ誰からも負けたことがないんだよ」
「それは凄いね」
ルーが『我ならば勝てる』と口を開きかけたので、声を出す前に褒めてみた。龍の知能で子どもと同じ土俵にあがろうとしないでいただきたい。
フェーベル君は簡素なチュニックと、お下がりなのかちょっと大きめのチノパンっぽいものを履いている。その裾は、丈の短い長靴みたいな革靴の中に入れているので、ズルズルと引きずったりはしていない。
薄暗い山吹色っぽい髪の毛はやっぱりメタリックで、背中までゆるくみつ編みにしていた。
仲間から負けなしだと称えられているのに、彼からは驕った様子がまったく感じられず、むしろちょっと恥ずかしそうにはにかんでいる。
「もう! ネッタからは勝ちたかったのに三個差で負けちゃったわ」
「この間はエヴィが勝ったんだから、これであいこじゃない」
自分の持ち駒を数えて、どちらが勝ったのかはお互いに判断するらしく、審判役の子は特にいないみたいだ。けれど喧嘩になることもなく、次々と決着がついていく。数をうまく数えられない子には、歳上の子が一緒に数えてあげて、遊びの中で数の勉強をしているようだ。
ちょっと小さい子たちは、○☓ゲームの石ころと木の実版をしていて、一つ置いては考え込むような仕草が可愛らしかった。
森の中で隠れながら暮らしていた子どもたちの遊びは、もっぱら森にいた生き物の鳴きまねらしい。
もう少し大きくなると、矢じりの無い弓矢での的あてゲームをする許可が与えられ、ひらけた場所で毛皮の端切れを丸めたものを獲物に見立てて遊ぶのだと教えてくれた。
これらは、成長すると立派な狩りのためのスキルとして活用され、実用的な遊びとして定着している。
里人の服装は、森に紛れて生活していたからか派手な色の衣類は一枚もないらしい。だから、女の子たちが私の真っ赤なハーレムパンツもどきに視線が釘付けなのも頷ける。ちょっと羨ましいという気持ちも抱いているのか、自分の草色のチュニックを見下ろして、ガッカリしたような表情が見られた。
『みんなおしゃれに興味を持つ年頃だもんなぁ』
腕には色とりどりのミサンガが十本くらいついているが、履いているのは革靴だからくすんだ色ばかりだ。そのミサンガ一本で、色とりどりの絹の織物が何枚も買えることを、この子たちは知らずに育つのだろうな。
拐われた兄弟は五年の間、いくつものミサンガを作らされていた。あのクソ貴族は宝石を糸にして編んだ奇跡の品だと言って、かなりの高額で売って儲けまくっていたのだ。
兄弟の髪の毛が売り物だったので、それほどぞんざいに扱われることはなかったらしいが、狭い一室に閉じ込められ、一日中作業をさせられていたのだから気が滅入ったに違いない。
あのときルーは、精霊よけをかけた鳥かごに閉じ込められていた精霊を見つけて、完全にブチギレていたが、兄弟の心労だってかなりのものだと思う。
いや、これはもう済んだことだな。それよりもドロップした玩具をわけてあげよう。
「これはガラスなんだけど、強くぶつけると割れちゃうし、破片はとっても危険なんだ、でもまん丸で転がして遊ぶのも面白いでしょう?」
「わぁ! キレイね」
「こんなにキラキラしてるの、はじめて見たよ!」
そうか、東の集落にいた子もガラスは見たことがなかったのか。
氷や氷柱よりも綺麗だと驚嘆している子どもたちに、みんなでわけることと小さい子が口に入れないように注意することをお願いして、持っていたビー玉をすべて渡す。
十個ずつ革の巾着に入っているから、わけた後もそれに入れておけばいいだろう。
「それじゃあ私は出掛けてくるから、みんなは仲良く遊ぶんだよ」
ビー玉が割れたりヒビがはいった場合は、絶対に手で触らないことを約束させると、ルーがまわりの下位精霊たちに、すぐに魔素に還すよう頼んでいた。
普通ならば壊れたか使用不能となったドロップ品は、緩やかに魔素へと還るらしい。正しくは精霊が魔素を取り込むことでその形を失うのだが、子どもがケガをしたら大変なので、この件に関しては魔素をすぐに回収していいことにしたようだ。
「こんにちは! 豆太を、迎えに来ました」
ポータルを開いて表玄関の前に移動すると、約半日ぶりのウィロウ伯爵邸にお邪魔する。
「ようこそいらっしゃいました、ルー様。どうぞこちらにおいで下さいませ」
私が来ることは話がとおっていたのか、にこやかな表情の使用人がフェルスさんのところに案内してくれた。離れの住人一家に起こった災難は、彼女らにはなんと説明されたのだろう。
「失礼します。ルー様をご案内いたしました」
使用人の制服をガン見していたら、もう部屋の前まで来ていたらしい。部屋の中にいた男性の使用人が扉を開くと、案内してくれた女性は一礼して去っていった。
「ルー様、昨夜はわたくしの息子とその妻の命を救って下さり、ありがとうございました」
クリスティーナさんが立ち上がり頭を下げると、隣にいたウィスタリアさんもそれに倣う。けれど膝の上には子どもがふたり顔をうずめていたので、立ち上がろうとするのは手で制しておいた。
「ジャスティーナ、クルト。貴方たちの両親を助けてくださった恩人がお見えになったわよ。きちんとお礼申し上げなさいな」
ジャスティーナちゃんはその声にハッと起き上がると、私の足もとにひざまずいてお礼を述べる。もうずっと泣いていたらしく、両目やまぶたが真っ赤に染まってしまっていた。
弟のクルト君も母親に促されると、ジャスティーナちゃんの隣にしゃがんで、拙い言葉でお礼を言っている。
私は左腕にジャスティーナちゃんを、右腕でクルト君を抱えると、母親の隣に座らせた。ふたりとも驚いてはいたが、クルト君は喜びの気持が大きかったようで、ニコニコしていてとても可愛らしい。
「申し訳ございません。弟も息子も報告のため外出しておりまして」
「それは構わぬ。我は豆太を迎えに来ただけである故」
気にしなくていいんだよって言えばいいのに、ルーの話はちょっと堅苦しいな。
「豆太はどちらにいるのでしょうか?」
ヴァイスハイトはエリックさんについて行ったのだろうが、この場にはうちの子がいないし、ラクティスもセレナーデもいなかった。
「それが、セレナーデに夫への手紙を頼みましたら一緒について行ってしまわれまして」
困った顔でクリスティーナさんが話すが、それはこちらが悪かったね。豆太が気まますぎて、かえって迷惑になってしまったようだ。そう話すと、慌てたように謝罪されてしまったので、龍ではあるが楽にしてほしいとお願いした。
「セレナーデのかわりにポータルを開いたのであろう。気にすることではない」
昨日エリックさんたちを癒やすために頑張ったセレナーデを心配して、豆太とラクティスがついて行ったとルーが言う。
その考えはまったくなかったので、ルーがただ偉そうな龍ではなかったのかと感心してしまった。
「クリスティーナさん、豆太が戻るまで買い物がしたいのですが、ノコギリが買える場所をご存知でしょうか?」
ゆったりとソファに腰を下ろし、メイドさんが小花が散ったティーカップに紅茶を淹れてくれたばかりだが、忘れる前に大工道具が必要なんだ。
貴族の女性が購入するとは思えないが、庭師ならばわかるだろう。
クリスティーナさんが侍従に話せば、間もなく家令を務めるというお爺さんがやってきて、いくつか商会を教えてくれた。この伯爵家と取引のある商会なので、信用できるところらしい。
「ルー? そういえば私たちってお金を持ってなかったよね?」
「あら、ご入用のものはすべてわたくしたちにお任せくださいな。たいしたお礼にはなりませんが、遠慮なさらず必要なものをお選びくださいませ」
「我に財産がないわけがなかろう」
何を思ったのか、ルーがそう言って革袋を積み重ねる。テーブルの上は美しいカップと重そうな革袋で埋め尽くされた。
「ええっと、これはお金かな? 中身を確認するね」
ルーは、お金のない貧乏な龍だと思われたと勘違いしたんだろうか。人と関わらないからこんな間違いをおかすんだろうね。
無造作に一つ選び、袋に手を突っ込んで中身を握りしめた。そして開いた手のひらには、鳥らしき生き物が刻まれたピカビカの金貨がおさまっていた。
「ルー様、こちらは歴史的価値のある、いまは無き北国で造られた金貨ですわ」
革袋の中には宝石で彩られた装飾品や、ドでかい宝石の原石も入っていた。質素な革袋は、歴史研究家や古美術品を収集している資産家などが、持ちうる財産をはたいてもいいから手に入れたいと思う品々で満たされていたのだ。
このような貴重な品では、城を建てることはできるがノコギリを買うことはできないらしい。
「ルー。このお金とか、一体いつから入れっぱなしにしてたのさ」
「…………」
これは答えたくないのではなく、忘れたので答えられないんだろうな。