ルーの街づくり二日目
「ふぁ〜あ、めっちゃ寝たわ」
隠すことなく口も全開であくびをすると、当然のように両腕もあがって伸びをする。
「おはよう、ルー。でもこういうのは、いらないって。あくびをしたからって、いちいち背中を伸ばす必要なんかないんだよ」
これは明らかにわざとらしい動きだ。私の記憶のどこかから引っ張ってきたに違いないね。
「きょうは煌めく頭髪の者どもへ材木を与える」
「きらめくって――それに頭髪? いや、間違ってないけどさぁ。隠れ住んでるくらいだから、通称とか種族名とかってあるんじゃないの?」
「知らぬ」
「そ、そうなの? じゃあしょうがないよね」
ちゃんと知りたきゃ、セバルトさんに聞けばいいもんな。とはいえ普段自分の種族が会話に出てくることはあまりないから、案外名前なんてないのかもね。私だって普段自分のことを黄色人種なんて言わないし。
雑談をしながらベッドメイクと身支度を済ませ、腰のベルトにムチを装着する。
しかしなんだな。ルーの浄化魔術で、洗濯したものよりも清潔なのはわかっているけど、パジャマに着替えないのは気持ちが悪いよ。ワンピースでいいから、寝るとき用の服が欲しいな。
「それにしてもルー、この体なんだけどさぁ。ちょっと痩せ過ぎだと思うよ」
全身が映る鏡なんて初めて見たけど、ルーは驚くほど美しい女性の姿をしていた。対人トラブルを避けるためには、顔を隠して生きていかなきゃいけないんじゃないかってくらい、細部まで神がかった造形をしている。
眉や鼻の形なんて羨ましくなるくらい、ほんのわずかな欠点すら見当たらない。二重まぶたには濃いグリーンのまつ毛が影を落としているし、白磁の肌にはシミもほくろも、ぶっちゃけ毛穴すらないくらい滑らかだった。色素が薄いわけでもないのに、頬も唇もとろけるようなピンク色をしているし。
そして一番に目を引くのは、唯一無二といっても過言ではない瞳の色だった。鮮やかな赤には、光の当たり具合によっては紫がかったマゼンダのような部分も見られ、複雑な色合いがオーロラのように揺らめいている。
ただ、こんな痩せっぽっちじゃ健康とは言えないよね。龍だからか体力や力が無限大なのは助かっているんだけど、これって見た目詐欺だよな。
「王妃が、太っているとドレスが美しく見えぬと言うのでな」
「あれっ? ルーがいたのは帝国だよね。帝国の王様って皇帝でしょ? なら、その奥さんは皇妃じゃないの?」
正直どうでもいいんだけどね。
「帝国になったのは最近だからな」
ルーの最近なんて、時間の感覚が違いすぎてあてにならんし。でも以前は王国だったけど、ルーが居着いてから他国に侵略して帝国になったってことだよね? 神竜国なんて呼ばれてたのはルーがいたからなのに、なんだかスッキリしないな。
「そうなんだ。とにかく、少しくらいは肉をつけるか顔を地味にして、人らしい見た目にした方が良いんじゃないの?」
「我が人に近づけば、愚か者が手だし可能と心得違いを起こすやも知れぬ」
「あー、なるほど。たしかに人外っぽい方が躊躇するかも?」
襲ってきた奴らを片っぱしからやっつけそうなのに、意外と考えて行動してるのかな。
「我は、愚か者を相手にするのが面倒なのだ」
「まぁ、そうだよね」
ん? そもそも顔が地味なら絡まれなくない?
「何故、わざわざ不細工にならねばならぬのか」
「ルーにも美的感覚が備わってるんだね。あぁ、精霊も高位精霊は美しい姿をしているもんなぁ」
精霊たちは人と過ごし、その過程で好かれるような容姿をとるのだろう。そんな精霊たちを見ているんだから、ルーが完璧な姿をしていても不思議ではないんだね。
「湖の精霊の棲家も整えねばならぬ」
「ゼー? 誰だっけ」
「人魚の末子よ」
「ああ、デカイだけで簡単なつくりの池でお茶を濁したんだったね」
それに夜には足が生えるんだったね。疲れてなかったら見に行ったのになぁ。
屋敷を出るとき、南側の池にはすでに人魚の姿があったので、きょうは池をひろげて食べられそうな魚も運んでくると約束する。
この池は市民プールの半分くらいの大きさだから、一辺が十数メートルはありそうだ。楕円形に近いから、狭いところは七、八メートルくらいだろうか。
「材木ってどれくらい必要なの?」
「知らぬ」
「櫓用だよね」
「うむ」
なにも情報が増えず、朝だからかあがらないテンションで里人の住居近くまでやってくると、戸惑いながらも朝の挨拶をしてくれる。
里人の皆さんは寝不足気味な顔をしているが、病的な暗さはうかがえないので、ひとまず危険は去ったと考えていいだろう。
「やっぱり聖樹の力ってすごいんだな」
「酸いものは好かぬ」
「はいはい」
貴重な実をおやつ感覚で食べたりはしないから、今後はルーの口には入らないので安心して良いよ。
「おはようございま〜す」
炊事場と井戸のまわりには奥様たちが集まって、洗い物や水くみをしながらも話に花を咲かせている。
「あらまぁ、ルー様。おはようございます」
中心にいるのはジーラさんだ。料理好きだからか、竈の精霊の下位精霊がふよふよと近くを漂い、まとわりついている。
「いまお目覚めですか? 食事はお済みでしょうか?」
「我に食事はいらぬ」
「あらまぁ、食事をしないと力が出ないんじゃないですか?」
「菓子は食しておる」
おばちゃんたちは強い。ルーが龍だと知ったばかりだというのに、もう自分の孫のように心配している。
「そうだ。こんなのが精霊の棲家からドロップしたから、みんなで分けてね」
昨夜、追加で手に入った台所用品も合わせて、作業台の上に山盛りにする。ここに作業台を置いた記憶はないので、調理用に誰かが運んできたのだろう。
亀の子たわしは芋の土を落とすのが楽だと喜ばれ、固形石鹸は使い方を教える。トイレと銭湯に置くから泡立ててから使い、丁寧に洗い流すように伝えた。トイレットペーパーは数が少ないのでこの場には出さず、トイレは葉っぱで我慢してもらおう。
玉虫の上翅は、里人たちが入れ替えをするほど衣類を持っていないので、悲しいくらい需要がなかった。これはクリスティーナさんへあげたら喜ばれるだろう。豆太を迎えに行ったときに、お礼として渡そうと思う。
毒針虫の星列は、洗濯物を干すために加工され、残りは狩りをする男性陣に渡すそうだ。
大爪肉は二個を自分の分にとっておき、あとは昼ごはんの食材にでもしてもらう。細粒だし、ふりかけ、食塩に卵も合わせてすべて渡した。台ふきんはそれぞれ工夫して、好きなように使うだろう。
偏見がなかったら人魚の家族にも分けてほしいとお願いすると、すでに昨晩と今朝も一緒に食べたらしい。
街づくりを計画しておいて、まったく気の利かない奴がトップで申し訳ないね。
「皆さん、おはようございます」
男性たちは竪穴式住居の中心部に集まり、これから作成すべきものを話し合っていた。
セバルトさんの家には薬師関連の奥様たちが集まっているし、この人数が入れる建物がないので、いつも青空会議なのだそうだ。
セバルトさんたちへは、この拠点をつくるときに切った樹木を、櫓建設予定地に崩れないように分けて置いたことを話した。
場所は三箇所だが、まったく急ぐ予定はない。道具は足りているのか聞くと、ノコギリが数本あると作業がはかどると返された。
以前の精霊の棲家でドロップしたらしいのだが、いまあるのは佐々木商店で、刃物はレアドロップのナイフが一本しかなかった。
街に出たときに買ってくる約束をして、次の目的地に向かうことにする。
セバルトさんの家には奥さんのオルシャさんと、薬師や助産師のおばあさんと助手が集まっていた。
彼女たちに精霊の棲家で拾った腕輪や薬を渡すと、誰がどの薬を保管するのか相談している。保管場所がないのだから、彼女たちの亜空間収納に片づけておくらしい。
「あ、これもだった。完全蠍だって。内部疾患が完治するらしいよ」
「まぁ!」
「あらあら」
「素晴らしいわ!」
口々に感嘆の声を上げ、茶色の小瓶を囲むように見下ろすだけで、誰も手に取ろうとはしない。
「白色だから一つしか落ちなかったんだ」
「それでも無料で頂けるなんて、ありがたいことですわ」
喜んでもらえると私も嬉しいよ。ルーは絶対にアイスクリームのほうが良かったんだと思うけどね。
それにしても、貴重な薬だからか誰も保管に名乗り出ない。一つしかないから責任が重いよなぁ。
蒼蔦の腕輪はとりあえず薬の調合をするときに、代わる代わる使うらしい。
薬が保管できて効率よく作業ができるように、早めに診療所も作らないといけないな。隔離しないといけない病気になったときもそうたが、竪穴式住居は狭いのだから、余分なスペースがない。子どもが薬を触らないように、専用の建物が絶対に必要だと思う。
忘れないうちにスカラベの腕輪を渡し、虫歯に困っている人たちで回してもらう。ドロップしたのが一個だけだから仕方がないが、装飾が白蝶貝なので永年使える超絶レアなお宝だ。
「セバルトさんにかなりの木材を置いてきたから、みんなが通える位置に診療所を建ててもらおうね」
「ええ、それはいいですね。妖精の果実を見たのは初めてでしたが、効果も素晴らしく、寿命が延びた心地ですわ」
これから薬草茶を煮出すため、何種類かの乾燥した葉や木の実をブレンドするらしい。
私は邪魔にならないように、早々にセバルトさんのお家から退出した。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました
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19話目の、里長の妻の名前を修正しました。