そしてダンジョンは次の段階へ
「豆太〜、そろそろ帰るよ〜」
本館に戻ってくる頃にはもうとっぷりと日が暮れて、初めましてのお宅にこれ以上滞在するのは、私の常識がマナーに反する行為だと訴えかけてくる。
初めましてのお嬢さんを俵担ぎにする行為も相当礼儀を欠いているが、あれはルーが主導だったので私的にはセーフなのだ。
「まめちゃ、まだかえんないの」
ウィロウ伯爵と一緒に席を外していたあいだ、その奥方であるリリーさんがホステス役で、もてなしてくれていたようだ。
リリーさんはふんわりした印象の、深窓のお嬢様がそのまま年齢を重ねた雰囲気をまとった女性だった。白い肌や赤みがかった金髪がルノワールの作風にも似て、絵画から抜け出してきた貴婦人のようだ。
対してクリスティーナさんは、アローリが描いた生首を掴んでいるユディットのようだ。絵とは髪色が違うけど、ちょっとタレ目なところとかが似ていた気がする。
そんな異なるオーラを振りまくふたりの女性は、身を寄せ合って微笑み合い、本当の姉弟よりも姉妹らしい仲の良さだ。タイプが違うけど、どちらも美人だよね。
「まだ正式な御礼を申し上げておりませんもの、どうかごゆっくりお寛ぎくださいませ。よろしければお食事を準備いたしましょうか?」
晩御飯の時間が何時なのかは知らないけれど、いまより遅くなるのはさすがに嫌われる時間帯だと思う。
「いや、これから精霊の棲家に行くのでな」
「まぁ、もう夜の帳もおりていますのに」
「豆太はどうする? 一緒に精霊の棲家に行く?」
「まめちゃね、きょうはおとまりするの」
「えっ? 勝手に決めたんじゃないよね、ウィロウ伯爵には許可をもらったの?」
ルー、うちの子が外泊するって言ってるよ! こんなときにも手みやげが必要じゃないのかな?
「おりーも、りすてぃも、いいよっていったもん」
ウィロウ伯爵とクリスティーナさんが、姉弟そろってにこにこしながら肯定している。いつの間に豆太は、ふたりを愛称で呼べるくらい仲良くなったんだろうね。
「ヴァイスハイトは回復したばかりだ。無理をさせたら弱って消えるぞ。一年はひとを伴って門を開くことを禁ずる」
「承知いたしました」
白い髪を襟足で結わえている少年が、ペコリと頭を下げて返事をする。サンタクロースみたいな白いお髭のお爺さんだった名残りなのか、少年にしては非常に堅苦しい口調だが、精霊だと知っていればそれほど違和感はない。
主のエリックさんはルーの態度にかしこまってガチガチになっているが、絶対に無理はさせないという決意が見て取れた。
「豆太はひとりで帰ってこれるの?」
「まめちゃはおうち、ちゃんとわかるよ」
なら大丈夫なのかな。仲良くなった精霊どうし、積もる話もあるんだろう。
「我らは帰るが、豆太が世話になる。これはその謝礼として受け取るが良い」
ルーは亜空間収納から手のひらサイズの麻の袋を取りだすと、ウィロウ伯爵の前にあるテーブルの上に乗せた。その音からして、中身はけっこうな重みがありそうだ。
ウィロウ伯爵が戸惑いつつも中身を確認すると、袋の中からは色とりどりの宝石がこぼれ出てきた。たぶんあれは、河から水を引くときに掘り返したところから出てきたものだろう。
必死に固辞する伯爵を言いくるめて受け取らせると、私たちはポータルを開いて拠点に帰ってきた。
「里人のみんなはもう寝ていそうだね」
「そのようであるな」
急な引っ越しだったから、きょうは精神的にも疲れたんじゃないかな。
「で、ルーは本当に精霊の棲家に行くの?」
「無論だ」
赤と黒が増えてからにしたらいいのにと思わないわけではなかったが、ルーがやる気なので仕方ない。そんなテンションで朝まで頑張ったおかげか、緑、黄色、橙、白がすべてわかった。
結果は以下のとおりだ。
夢訪い
三十センチ前後のフナムシみたいな魔虫。キモイし異常に素早い 。背中側がカチカチの甲虫で、足がムカデ並みにたくさん生えている。
緑色 亀の子だわしが一個
幸運の翅が二枚
下位精霊に与えると好感度が上昇する
黄色 飴・ガム・ラムネがランダムで一個
玉虫の上翅が二枚
衣類と一緒に入れて虫食いを防ぐ
効能は三年間
橙色 固形石鹸 三個入り一パック
赤箱と青箱のどちらか
毒餌剤 直径三センチの丸薬が十個
茶色の遮光瓶入、革袋に入っている
白色 トイレットペーパー 一袋
ダブルロールが八個入 シトラスの香り
スカラベの腕輪 一個
装着すると虫歯、折れた歯が復元する
効果期間は魔石の種類で変わる
毒針虫
サソリとロブスターが混ざったような姿で、巨大なハサミを持つ。尻尾の鈎針で毒を注入し、敵を弱らせ襲う。見た目のわりに素早い。体長50センチ以上 大爪は体の半分を占める。
緑色 水風船 20個 色はランダム
シャボン玉液 一本 緑のストローつき
毒針虫の星列 一個
S字フック(耐荷重五百キロ)
黄色 粉末ジュース 五種類
(苺 葡萄 パイン メロン オレンジ)
水で溶かすかそのまま舐める
チューブ入りのジュース 二種類
(オレンジとリンゴ) チューブが瓶の形
毒針虫の大爪肉 二個 二十センチ前後
肉厚で美味 海老味
橙色 スナック菓子 一袋
芋、コーン、米が原材料 味が豊富
解毒薬(麻痺解除) 100ml✕一本
血液に入った毒を中和する 傷口に塗布
白色 アイスクリーム 一個 ランダムらしい
完全蠍 コルク栓の小瓶 30ml
内部疾患の完治
状態により一晩から一週間かかる
麻痺剣魔草
一株50センチ前後で。鋭い葉に麻痺毒を含む。観葉植物のサンスベリアに似ている。葉を飛ばし切りつけ、麻痺状態にしてくる。
緑色 細粒だし 一袋(5グラム✕7袋)
(かつお節・いりこ・昆布・乾しいたけ)
除草剤 一リットル (十倍に希釈)
植物系の魔物にも効果あり
黄色 ふりかけ たまごとのり味 一袋
麻痺剣草の蕾 一個
煎じて飲むと麻痺毒を解毒する
神経麻痺にも効果あり(魔素が関係)
遮光瓶入り 大きさは芽キャベツくらい
橙色 グミ ランダム一袋
わら半紙とインクのセット
B4サイズ✕500枚と顔料インク 30ml
白色 激うまみかん Mサイズ 五キロ 一箱
蒼蔦の腕輪 一個
効果やその上昇率、効果期間はランダム
鼠賊
体長一メートル前後のカピバラのような姿。極めて凶暴な一体を親分とし、その個体が五匹の子分を連れて出現する。攻撃は巨体を活かした突進と、鋭い前歯による噛みつきである。
親分が倒されると子分は散り散りに逃げ、子分からはなにもドロップしない。
緑色 ロックアイス 一キログラム✕ひと袋
魔石(小) 一個
直径ニセンチ前後の緑色の魔石
黄色 ビー玉 革袋入り一つ (ランダム十個入)
12.5㎜玉が9個と17㎜玉か30㎜玉が1個
リーフ、オーロラ、フロスト、マーブル
蓄光
魔鼠の尻尾 一本
ネコ科の魔獣をおびき寄せる
橙色 食塩 五キログラム 茶色の紙袋
沼鼠の毛皮 一枚 撥水力が強い
70センチ✕120センチの一枚皮
毛色は明るい朱色がかったオレンジ色
白色 大袋ミルクチョコ ひと袋
鼠賊の踝飾り 一つ
素早さの上昇
効果期間の魔石はランダム
荷物泥棒
見た目はカラスに似ているが大型て、風の遠距離攻撃をしてくる。猛禽類のような鋭いツメとくちばしを持つ
緑色 台所ふきん 綿100% 五枚組
荷物泥棒の風斬り羽 一枚
風系の精霊との親密度が上がる
黄色 珍味系駄菓子 数個セット
卵 五〜八個 無精卵
15センチ 1.2キロ 殻はクリーム色
赤みがかった濃厚な黄身
橙色 クッキーか、ビスケット ひと箱
巣に隠された光玉 一個
巣に集めた貴金属から最も価値ある物
白色 切手 ハガキ ランダムで数枚
精霊便として使えるように進化した
ナイフ 一本 革製ケース付き
全長20センチ ブレード9.8センチ
ブレードの厚さ3ミリ
お菓子以外は祖母から頼まれて購入した品なのだろう。
祖母の家には、夏休みや冬休みに従兄弟たちも集まるから、箱で果物を買ったこともある。そのときは予約をしておくから、鮮度はちゃんと新しいものが準備されていたのだ。
私は預かったお金を小さなポシェットに入れて、運搬用の一輪車に荷物を載せてお使いから帰ったものだ。祖母の家にはキャリーワゴンがなかったから、これでバランス感覚と腕力が鍛えられた気がする。
切手やハガキはこちらでは使えないと話すと、ルーが精霊を配達員とした手紙や荷物を運べるようにした。ハガキでは手紙を、切手はある程度の金額まで集めて荷物に貼ると、指定した相手の元へと運んでくれるのだ。
いまは友だちがいないから必要ないけれど、試しにジャスティーナちゃんたちになにか送ってみるのも良いかもしれないな。
夢訪いの白からドロップしたトイレットペーパーは、かさ張るから荷物になるけど、亜空間収納があれば問題なく運べる。やはり葉っぱで拭くよりも柔らかいし、あれば嬉しい。ただ、残念なことに龍は排泄しないから使い道がなかった。
黄色の鼠賊が十個入りのビー玉の革袋を落とした。中身は普通サイズがランダムカラーで入っていたが、一つだけちょっと大きめのものか、直径三センチはありそうな大きいビー玉が見つかった。これは子どもたちが喜びそうだ。ジャスティーナちゃんにあげてもいいだろう。
麻痺剣草の黄色からは、タマゴふりかけか『麻痺剣草の蕾』、橙色はグミか、わら半紙とインクだった。けれどグミは甘さに物足りなさを感じ、ルーの心には響かなかったらしい。
ちなみに『麻痺剣草の蕾』とは、その年一番最初についた芽キャベツ大の蕾で、調薬の材料だった。がく片と花弁、雄しべを取り除き、雌しべだけを煎じてのむと麻痺毒を解毒する効果がある。理屈はわからないが、神経麻痺にも効果があるようだ。
ルーの説明では魔素が関わっているようだが、難しすぎてよくわからなかった。
ダンジョン外にも生えてはいるが魔物化しておらず、どの蕾が最初についたのか判別するのが難しいため、もっぱらダンジョン産の物が市場に出回っているようだ。
「ルー、さすがにもう疲れたから休もうよ」
「うむ。魔素も良く巡っておるし、数日の後には赤と黒も出るであろう」
「じゃあ何日かはお休みだね」
「いや、ちょこがなくなれば、また落とさねばならぬ」
なんで計画的に食べないのか。そんな気持ちでいっぱいだが、いまはなにも考えたくない。
奪ってきた屋敷の中のなんとなく選んだ一室に入ると、ルーに衣服や体の浄化は任せて、私は早々に意識を手放した。