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ルーはチョコレートが欲しいだけなんだね

 

 シュイラー家の皆さんが一堂に会して、夫婦の目覚めを喜んでいる。その一方で、普段は護衛などが控え、私兵の集合場所である宿舎の地下にある留置所では、引き続き厳しい取り調べが行われていた。

 割らせる口を増やすと約束したので、一般人が絶対に入り込まない場所まで足を運んだのである。


「フリック・クリスティーナ・シュイラー。いまは家名なく、名はフリックのみだったな」

「うー。ぐあぁぁー」

「お前の記憶に残りし事柄を、嘘偽りなく答えよ」


 兄であるエリックさんやその子どもであるクルト君と同じ、ゆるくカールしたミルクベージュの髪を撫でつけた頭を、ルーは左手で鷲掴みし目線を合わせて命じる。


「ゔぅっ」

「お前は血を分けた兄の妻を殺したのか?」

「――ない。ごろじでない。そんなおぞろじいこと……」


 警備を担当しているらしい、屈強な男たちが息をのむ。ほぼ廃人状態だったのに、ルーの質問に返事をしたことに驚いたのか、それとも殺意がなかったことに衝撃を受けたのだろうか。


「フム、問題なかろう」


 あとは自分たちで好きにしろとばかりに手を離すと、念入りに浄化してその場を離れる。

 ルーは、この男に悪意があったとは考えていないようだ。しかし、生きる屍状態から頭にモヤがかかっている程度に回復はさせたが、思考能力を奪ったままで戻そうとはしなかった。

 となりの牢には男の妻であるジョージィが、止血程度の形だけの処置がなされて転がっている。イビキをかいて寝ているので、文句を叫び続けて疲れたのだろう。

 女はクセの強い話し方を、この国の西にふたつ離れた国の出身だからと話していたらしいが、王都のスラム出身ということは結婚当初から調べがついている。それに、母娘とも年齢を三、四歳ほど若く詐称していた。成人前の娘だとばかり思っていたが、すでに二十歳を過ぎていて、服装と化粧で誤魔化していたことが判明している。


「フリックも、若さ故に愛に目がくらんで道を踏み外したと言われている割には、成人を過ぎた連れ子の面倒をいまだにみてるんだから、性悪母娘に愛情はあるんだね」

「あのような者らに惑わされる気が知れぬわ」


 何故かルーは、あの娘が生きていれば減刑されて領外に追放されたあと、さらに罪を重ねることを知っていた。どういったルールでこの知識というか能力が、龍にそなわっているのかは理解できなかった。けれど、どう働きかけても減刑されない未来はないし、隣の領地で若い女性が四人惨殺されることも防げなかった。その際、女性についていた精霊が、哀しみのあまり消えてしまうこともわかっている。


「だからルーは――――やっぱりなんでもないや」


 口に出す必要なんか全然ないな。あれに忌避感もやり過ぎだとも感じなかった時点で、ルーの行動に同意していたことにほかならないんだから。


 そしてその向かい側には侍女のポーライナが、エリックさんの魂の欠片をクリスティーナさんが盗んだと、号泣しながら口汚く罵っていた。自分のそばにあることこそが、エリックさんの安らぎになるのだど言い張っている。

 ポーライナはふたりが亡くなったと疑っていないのか。ジャスティーナちゃんを襲ったときは、エリックさんの死を受け入れてはいなかったけど、いまは魂の欠片を欲しているので、返魂の儀が済んだと信じているみたいだな。


「これならエリックさんは、ウィスタリアさんを殺した犯人に暴行されて亡くなったとか言っとけば、いくらでも口を割るんじゃないかな」


 ルーは興味がないらしく、頷くことすらしないで赤いパッケージのコーンスナックの残りを食べ始めた。とりあえず袋の底にピーナッツがたまるから、混ぜながら食べたほうがいいことを教えておいた。


「ウィスタリアさんを刺した実行犯が、まだ捕まってないよね」


 と言ってもウィスタリアさんから話を聞けたばかりだから、これからポーライナを取り調べて整合性を確認するんだろうな。

 ウィスタリアさんは、ポーライナが馬車をひろいに通りに出た後、店の中ではなく外で待っていた。これはポーライナの証言と一致している。それから数分ほど馬車が来るのを待っていたら、いきなり背後から口を塞がれ路地裏に引き込まれたのだという。

 驚きとほぼ同時に何度も襲う激しい痛みで意識を手放したため、叫び声をあげることすらできず、犯人がどのような姿をしていたかもわからないそうだ。


 そしてエリックさんの話では、ウィスタリアさんの腕輪が一度目の攻撃を弾き、即座に危険な目にあったことが伝わった。勤務中だったエリックさんは、妻が襲撃されたと一言同僚に残して、ウィスタリアさんのもとへと空間移動する。

 ポータルを開いた先は貴族街よりも商会が多く集まる通りで、薄暗い路地裏だったそうだ。そこには血まみれで妻が倒れていて、すでに犯人は立ち去った後だったらしい。

 ヴァイスハイトの見立てでは、治療院に運ぶあいだにウィスタリアさんの魂は天に還ってしまうので、精霊界に留めて延命を図ったのだ。


「魔素が回復したのだから、それほど待たずとも明らかになるであろう」


 そうなのだ。エリックさんは仕事で魔素を使い、その後も空間移動、ウィスタリアさんの治療に使った。その僅かな残りの魔素でポータルを開いたため、精霊界についた途端に魔素の枯渇で昏倒したようだ。ヴァイスハイトは一切躊躇うことなく自らの魔素を使って、ふたりの命を繋ぎ止めるために防御膜を張ったのである。


「魔素を一気に使い切ったから、老賢者みたいな見た目から子どもに縮んだのか」

高位精霊(マジェマージヌ)でなければ消えていたであろうな」

「命薬ってすごい効果なんだね」

「チカよ、我のうろこを涙二滴に変換すれば、蘇生薬ができるのだぞ」

「――――えっ! マジで?」

「ドラゴンの素材が高値で取引されるのはそのためよ」

「はぁ」

「理解できぬのか? 我は帝国で神竜と讃えられておったのだぞ」

「あぁ、同種だと思われてるのか! 同等ではなくとも近い効果が得られると考えたわけだ」


 とんだとばっちりじゃないか。これじゃドラゴンが可哀想だな。


「なぁに、あ奴らも狩る者がおらねば増える一方よ。さすれば麓におりたドラゴンの被害が増え、さらに多くの人が死ぬ」


 この大陸にはまだまだひとの増える余地があるから、程よく増えて精霊を育ててもらいたいらしい。

 さすがはルーさん。目的のほとんどが精霊絡みだよ。


「それよりチカよ、我のちょこがもう残っておらぬ」

「えぇっ! 一日でそんなに食べたの? それはちょっとどころじゃなく食べ過ぎだよ。この調子で食べ続けたら、ツチノコみたいな龍になっちゃうんじゃないの?」

「この程度で我が身を害せるものか」


 本日の摂取カロリーが恐ろしいが、本人が大丈夫だと言っているし私の体ではないので、あまり気にしないことにした。体重増加を気にせずに、好きなおやつが食べられるなんて、素晴らしい宿主に取り憑いたものだよ。

 それにしても、体を共有しているのにいつの間に食べ切ったんだろうか。


「紋章の刻まれし至高のちょこは、食さぬよう耐え忍んでおるのだ!」

「いや、そんなこと力強く主張されても知らんがな。お暇するにも挨拶がまだでしょ。とりあえず豆太も迎えに行かないとだし」


 豆太はこの邸にいる精霊たちと交流中だ。留置所なんて殺伐とした場所に連れてくるのもどうなのかと思っていたら、セレナーデがお守りを引き受けてくれた。

 彼は音楽の精霊(ムズィーガスタ)で、クリスティーナさんの歌声に惹かれて寄ってきたところを捕獲? されたと話していた。

 いまは奇跡の対面をはたしたエリックさん親子が休む客室で、みんなに竪琴の音色を披露しているだろう。


「うーん。でもあれが竪琴(ライアー)と同じなのかはわからないか」


 こんなファンタジックな世界なんだから、魔樹(トレント)とかドラゴンの髭とか、恐ろしいモンスターの脚の腱が素材なのかもしれないし。


「構造は然程変わらぬが、それ程あの楽器が気になるのか?」

「有名な制作会社が作ったアニメ映画の、エンドロールで流れる曲が素晴らしかったんだよね」

「どのような効果があった?」


 効果? ――聴いた人を感動させるとかかな?


「聴くと心が温かくなって癒やされるかな」

「フム、浄化作用か。素晴らしきことよ。セレナーデの歌も癒やし効果が高いな」


 音楽の精霊(ムズィーガスタ)の歌の効果は、癒やし、緩やかな状態回復、そして育成が高いらしい。


「たしかに農作物や家畜にも、音楽を聴かせて育てる方法があったね」


 セレナーデは、クリスティーナさんが息子夫婦の回復を願っているから、あの部屋で音楽を奏でているのか。オドオドしてるけど、優しい精霊なんだな。


「ラクちゃんは連れ帰れると思ったのだがな」

「なんだ、ルーも可愛いトコあるんだね」


 龍にも別れが悲しいって感情があるんだな。


上位精霊(マニェータ)がもう二体おれば、あの精霊の棲家(ダンジョン)が完成するであろう。あれにはまだ赤と黒が出ておらぬ。まだ見ぬちょこが手に入るに違いないのだ」


 そうだった。ずっとチョコの話ばかりしていたじゃないか。決局、どんな事件が起こっていたとしても、ルーの興味は精霊の安否と精霊の棲家(ダンジョン)の拡大だったよ。


「じゃあ、豆太を迎えに行こうか。下位精霊(マリェンモ)なら、数体くらいはついて来てくれるかもしれないよね」


ここまでお読みいただき、ありがとうございました



貴族の子ども編の登場人物をざっくり紹介


ジャスティーナ・ウィスタリア・シュイラー 14歳

 学園一年生 母親譲りの翠眼 ストレート金髪 


クルト・ウィスタリア・シュイラー 3歳 弟

 父親譲りの蒼眼 ゆるくカールしたミルクベージュの髪 


エリック・クリスティーナ・シュイラー 36歳 父

 研究者 (伯爵嫡子→貴族子息→ハイドランジア子爵)

 高位精霊(マジェマージヌ)ヴァイスハイトの主


ヴァイスハイト 高位精霊(マジェマージヌ) 門の精霊(トーアガスタ)

 白髭の老人→少年


ウィスタリア・ハリエッタ・シュイラー 35歳 母

 (旧姓マッケンジー ロウズ男爵令嬢 儚い系美女)

 上位精霊(マニェータ)ラクティスの主


ラクティス 上位精霊(マニェータ) 泥んこの精霊(シュライムスタ) 

 シルバーブルーの毛(短毛種 シングルコート)

 ペリドットグリーンの瞳 モデルはコラット


アーヴィング・ジョアンナ・シュイラー 54歳

 祖父 (旧姓バーンズ 騎士の家系) 

 前領主で元伯爵


クリスティーナ・オリヴィア・シュイラー 54歳

 祖母 (ポーロウニア伯爵令嬢 美姫と謳われた) 

 高位精霊(マジェマージヌ)セレナーデの主


セレナーデ 高位精霊(マジェマージヌ) 音楽の精霊(ムズィーガスタ)

 美しい青年


フェルス・オリヴィア・シュイラー 52歳

 叔祖父 祖母の弟、父の上司 ウィロウ伯爵

 妻はリリー 50歳


セドリック・リリー・シュイラー 32歳 領主

 従叔父 ポーロウニア伯爵


★使用人

クラウス 39歳 執事 痩せ型のインテリ眼鏡

 (伯爵家の本館に親と妻子がいる) 

ドルフ 24歳(御者兼下男 孤児で12歳から働く)

アジル 52歳 通いの料理人  クレアの夫

クレア 50歳 調理補助兼下女 アジルの妻

ポーライナ 34歳 侍女(今回の元凶)


★悪人側

フリック(・クリスティーナ・シュイラー)

 叔父(父の弟)33歳 平民

ジョージィ 叔父の妻 34歳(37歳) 年齢を詐称

フローレンス 叔父の妻の連れ子 18歳(20歳) 

ポーライナ(・ワリー・トンプソン) 34歳 母の侍女

 元エルム子爵家の次女 

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