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幼い弟を連れた成人間近の娘を捕獲する

おそくなりすみません

しかも長くなった上、続きます

 

 ハイドランジア子爵令嬢であるジャスティーナ・ウィスタリア・シュイラーは、十四歳にして人生最大の困難を前に途方に暮れていた。

 両親が事故で突然亡くなり幼い弟と悲しみに暮れている間に、叔父一家がこの家を含め両親の遺産をすべて奪おうと企んでいることを知ってしまったからだ。




 父は王立学園を卒業する前に伯爵家の嫡子から外れていましたけれど、弟である叔父が後継者には選ばれませんでした。

 叔父は若い頃から考えの浅はかなところが目立ち、王立学園の学生時代にいまの妻である女性と出会ったことが決定打となり、シュイラー家から除籍されたからです。

 つまりいま現在は平民なのです。


 父は叔祖父の後見があったために、卒業するまで通うことは許され、そこで母と出会いました。当時男爵令嬢だった母は、父の肩書きに左右されることなくいつも父の隣で支え、子爵を叙爵した際にようやく結婚できたと聞きます。

 美しかった母はそのとき十九歳を過ぎていて、それまで結婚の打診が後を絶たなかったらしく、身分をかさに強気に出る者もいたのです。ですから、後見人である叔祖父が住居を斡旋し、そのときからこの家に住み続けているのです。

 つまりこの家は父の上司であり祖母の弟、私の叔祖父が家主であり、どんなに望んでも叔父のものになりはしないのです。

 叔祖父は王城にある研究施設の所長で、王都でも一目置かれるウィロウ伯爵です。そのシュイラー家の敷地内に不法侵入の上、窃盗を企んだと公になれば、平民である叔父一家はその命をもって償わうことになるのですが、ご存知ないのでしょうか。




 右足に重症を負い移動が不自由な祖父を領地に残し、急ぎ葬儀を執り行うために王都にいらした祖母は、私たちと慰め合う間もなく、急務で領地に戻ってしまわれました。

 祖母は私たちも連れて一緒に領地に帰ろうとしたのですが、父の遺言状はどこにも見当たらず、まだ心の準備ができていないだろうからと引き止めたのは、叔父の妻であるケバケバしい女性でした。

 彼女は両親が嫌っていて、決して屋敷の扉をくぐらせなかった人です。祖母だってその瞳が輝くあいだは、決して身近に置くことを許さなかったに違いありません。

 ですが、愚かな叔父は彼女が望むままに、この屋敷に引き入れてしまったのです。それも連れ子である娘まで一緒でした。


 祖母は怪しいと感じてはいたようですが、すぐに領地へ出発せねばならず、私は母親のベッドの下で涙を流す幼い弟を慰めなければなりません。

 祖母がこの家を去り弟が疲れきって眠りに落ちた夕暮れに、その女は母のドレッサーを片っ端から物色し、その装飾品を自らにつけていったのです。

 母はたおやかで小柄な女性で、娘である私も憧れるスタイルの持ち主でした。そのため、その女が指輪を嵌めようとしても第一関節でとまり、ドレスは一着たりとも袖を通すことすらできず、まったく着られはしなかったのです。

 そんな様子を、ベッドの下から息を殺しながら目撃してしまったのです。


「ウィズが眠っていて良かったわ」


 母親の大切な思い出を、あのような醜い女に汚されたとこの子が知れば、悲しみは一層深まることでしょうね。


「母様が大切にしていた宝石箱は、まだ見つかっていないようだわ」


 あれは普段使いにしていたから、それほど高価なものではないけれど、父との大切な品であることに変わりはないわ。


「まったく忌々しいヨ! こんなドレス、すべて売り払って流行のドレスを仕立ててやるわ。あのババァは領地に帰ったし、ガキ共は明日には奴隷商に高く売りつけてやるヨ」


 なんという口の悪さでしょう。お祖母様のことをそんなふうに呼ぶなど、両手をムチで打っで罰を与えたとしても、とても許すことはできそうにないわ。


「これですべてアタシのもンだヨ。アタシもフローレンスも貴族になって、夜会でいい男を選べンだ。あの女に似た小生意気な娘は娼館に連れてった方が、もっといい額で売れンだろうヨ」


 舌なめずりをしながら部屋の中を踊るように歩く女から身を隠し、弟が起きないように覆いかぶさります。


「大変だわ。今夜中に助けを呼ばないと、この家がメチャクチャにされてしまう」


 女はネックレスなどのアクセサリーを持ったまま、楽しげにこの部屋を出で行きました。


「あのような姿を執事が見つけたら、すぐに母屋のフェルお祖父様が騎士の詰所に連絡してくれるでしょうに」


 貴族街は夜中でも騎士が巡回をしているので、執事や下男の訴えがあればすぐに助けに来てくれるでしょう。

 愚かな叔父は、嫡子である弟でさえ継ぐことのない一代限りの子爵位を、自分が継ぐとでも話したのでしょうか。

 評判の良くない女性に入れ込み、親族の反対を押し切ってまで結婚したとき、祖父は家族に被害が及ぶことを避けるために、叔父を除籍する判断を下したと聞きます。

 平民の身で貴族に無礼をはたらくなどあってはならないことなのに、叔父はそんなことすらわからなかったのでしょうか。


「ラクティス?」


 こっそり声をかけると、暗闇からスルリと子猫が滑り出て、かわいらしく返事をしました。


「いまの話しを聞いていて? この子を連れて屋敷を抜け出さないといけないの」

「にゃ〜ん」


 泥んこの精霊(シュライムスタ)は、任せておけとばかりに返事をすると、部屋の隅の暗がりへ溶けるように消えていきました。

 シルバーブルーの美しい毛並みも輝くペリドットグリーンの瞳も、誰をも魅了する特徴のひとつではあるのですが、ラクティスの素晴らしさは私たち家族の親愛なる友でいてくれることにほかなりません。

 ある日、庭にできた水たまりで泥遊びをしている子猫を見つけたとき、それが精霊だとは知らずにいました。子猫は母にとても懐き、どんなときも母の隣を死守していたので、それを見た父はよく嫉妬をしていました。

 父が休みの日には、母の隣に競うようにして寄り添っていた姿が目に浮かびます。

 それが保護して数日経っても飲食をせず排泄もなかったことで、ようやくこの子猫が屋敷にやって来た精霊だとわかったのです。


「母屋に逃げ込むにしても、徒歩では距離があるわ。それにお父様とお母様から頂いたものは亜空間収納(インベントリ)に保管しているけれど、日用品は部屋に置いたままよね」


 大事なものを売払われる前に隠しておきたいけれど、この子をここにおいたまま部屋まで行ってこられるかしら。

 それに侍女と下男は住み込みだから、無事なのかどうか心配だわ。

 侍女のポーライナは、母が亡くなってかなり衰弱していたから祖母が暇を提案したけれど、弟が成人するまでは成長を見守りたいと言ってくれたのよね。


「あら、貴方。ここで何をなさっているのかしら?」


 両親の部屋からこっそりと抜け出し、自分の部屋のドアノブを回すと、なぜか自室には招待もしていない先客がいました。

 ドレッサーの前で私のドレスを着てポーズをとっているのは、叔父の妻の連れ子です。彼女の名はフローレンスだったわね。


「ここはあたしン部屋よ! 奴隷のくせに入ってクんナ、サッサと出てけヨ」

「ここは私の部屋よ。勝手なことをしないで! 貴族からの窃盗は厳罰に処されることを知らないの?」

「偉そうナこと言ったって、アンタは売らレんだヨ。モうココはあたしンモノになったンだ! ポーリン! 早いトこ、このクソガキを連れテきナ」


 フローレンスから納屋にでも放り込んでおけと命じられたのは、母の侍女をしていた女性でした。

 名前を間違えるのは失礼だと教わらなかったのかしら。


「ポーライナ、あなたは大丈夫だった? 叔父の結婚相手が恐ろしい計画をしているの。あなたは隠れるか逃げた方がいいわ」


 ポーライナは見るからにやつれ、両親が生きていた頃には見せることがなかった疲労感と服装の乱れがあらわれています。

 髪の毛だって丁寧に(くしけず)られ、結い上げていたのに、一つにまとめただけの簡素な装いです。


「なぜ逃げなければならないのでしょう? ようやくわたくしが女主人としてクリス様の隣に立てるのに」

「どうしたの、ポーライナ。あなたの話しは理解できないわ。それに許されてもいないのに父を愛称で呼ばないで! それは私たち家族だけが呼べる名だわ」

「長くウィスタリアに騙されていたけれど、やっとわたくしの夫になってくださるのよ」


 クスクスと笑いながら、ポーライナは頬を染めて恥らいながらそう断言する。


「ポーライナ! 母様を悪く言うのはやめなさい。それに父様は亡くなったのよ? 母様と一緒に星になってしまわれたの」

「お前! よくもわたくしからクリス様を奪ったわね。わたくしの方が身分も教養も相応しかったのに」


 私の話しが伝わっていないのか、ポーライナは急に激怒し声を荒げて掴みかかってきました。


「ポーライナ…………」

「お前など一人で惨たらしく死ねばよかったのに! わたくしのクリス様を返してよ!」


 狂ってるわ。ポーライナは父様を愛していたの? それなのに母様の侍女を十年以上つとめていたというの? 母様を愛する父様をそばで見るために? なんて哀しいのかしら。


「ちゃんと殺したのに、なんでまだ生きているの? おかしいわ。だからクリス様が会いに来てくださらないのね」

「ポーライナ、しっかりして!」


 ポーライナは血走った目でこちらを見つめると、どこに隠していたのか小型の刃物を握りしめています。


「なぜなの? あなたが父様と母様を殺したのね?」

「お前のせいだ!」


 大きく振りかぶった手は鋭く銀色で、そのまま私の胸へと振り下ろされました。


「にゃーん!」


 ラクティス? ここにいては危ないわ。体当りされたような衝撃でよろめくも、痛みは一切なくどこからも血は流れていません。

 瞬きをしたあいだに、私は同じ年頃の美しい女性に肩を抱かれ、ポーライナの凶刃から庇われていました。




「この子がにゃんこの飼い主なのかな?」

「まめちゃは、らくちゃんのいもーとだとおもうの」

「ラクちゃんよ、この屋敷にいる敵対者は眠らせておくが良い。我が後ほど始末してくれようぞ」


「んな〜ん」

「ん? ラクティス? どうしたのかな」

「んにゃ!」


 なるほどね。この子の前ではかわいい子猫ちゃんでいたいわけだ。ラクティスはプイっと鼻先を背けて、怒っていますとアピールしてからスッと消えた。


 刃物を振り上げた女はこちらを見ると、ヘナヘナと床へ崩れ落ちる。なぜならナイフがただの鉄屑になって、絨毯を汚しているからだ。

 この家は両親との思い出が詰まっているんでしょう? このゴミが家にあるのは良くないよな。

 ラクティスが眠らせた三人の男女と刃物女を、広くない庭の片隅に転がして、可愛らしい家から腐った輩の形跡をほんの少しも残すことなく浄化した。

 バカ共の荷物など、屋敷前の空き地に放り投げてやる。不法投棄だが、叱られるのはコイツらだろうから気にしない。

 ただ、侍女が盗んでいた父親の私物はすべて取りあげた。こちらに向かって泥棒などと暴言を吐いていたので、ルーが正気に戻るまじないをかける。

 帝国でよく使っていたから、状態異常回復は得意らしい。


「娘よ、不要な人物は排除する。お前たちを我らの拠点へ運ぶのは構わぬが、望むのならば領地の祖父母のもとへ送ってやることもできるぞ」

「いや、急にそんなこと聞かれても答えがすぐに出たりはしないでしょうに。それにまたお前って言ったよ」


 ラクティスは戸惑う少女にすり寄って、ゴロゴロと喉を鳴らしている。


「その前に盗んだものを返してもらおう。それらは母から娘へと受け継がれるべきものであると、ラクちゃんが申しておるからな」


 ルーは母親とその娘が盗んだアクセサリーを、強引に取り返した。その場は一瞬にして阿鼻叫喚となったが、アクセサリーには穢れた血の一滴もつくことはない。

 母親は指を三本と両耳を失って泣き叫び、娘は首を失った(むくろ)となって、四肢を投げ出し力なく転がっている。

 叔父である男は義娘が亡くなったことを知る前に、魔素にあてられ正気を失い、裏切り者の侍女は信用と職を失うだろう。いずれ生家でさえも見放すことに、泣き続ける彼女は未だ気づいてはいない。

 ルーは侍女が虚構の世界に逃げ込むことも、思考を閉じて安寧を求めることも許しはしなかったからだ。


「ごめんね、未成年の子に見せていいようなものじゃなかったよ」


「いいえ、たしかに酷い有り様ですが、弟と祖父母の目に触れなくて良かったわ。私には弟の方が大事ですもの」


 少女の健気さが眩しいよ。

 私は頭を落とされた女性を憐れむよりも、その光景を少女に見せたことを後悔しているのか。私が思ったのは、成人前のいわば中高生くらいの子どもの片方は命を失い、もう片方は取り留めた。ただそれだけだった。

 私の千切れて失った部分は、いまの状態を悲しむだろうか? 非常識で無慈悲で残酷だと非難するような人間だったら辛かったろうが、いまは欠片ほどの悲しみも同情すら持ち合わせてはいない。

 ただ、娘の頭を落とされても自分のことしか見えていない母親は、生きていれば何度でも我が子を利用しただろうと確信しているだけだ。


「もうここに用はないな」


 ルーはおもむろに近づくと姉を肩に担ぎ、弟を家の中から浮かせてきて小脇に抱えた。私が姉に注意をうながすのを、待ってくれても良かったのに。

 ラクちゃんがおろおろと見上げながら足もとをうろついていて、少し気の毒に思う。


「娘よ、とりあえずそなたらは祖父母のもとへと送ってやろうぞ」


 縁を切ったといえど、息子には変わりない。顔を合わせるのが多少気まずいが、孫は無事なんだから怒りは収めてくれたらいいなぁ。とりあえず言い訳くらいは聞いてもらえると良いんだけど。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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