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出会う男がことごとく優しくない

 

『ぐうっ』


 鼓膜が破れるかと思うほどの轟音と、建物が震える振動で目が覚める。私の体は振り子時計のように、ゆらゆらと揺らされていた。どうやらまだ日付は変わっていないのか、腹を割かれている最中ではなかったようだ。

 命拾いをしたとはまだ言えないが、死んでいないことは喜ぶべきだろう。覚醒したら手術中とか、洒落にならないからな。


『それにしてもあの変態腐れジジイめ。鎖をゆるめないでいなくなりやがって』


 もう指先の感覚がよくわからない。手首から先がなかったとしても気づかないレベルで、触れた感覚も痛覚も仕事を放棄してしまっている。

 脳内の罵詈雑言に環境音が打ち勝って気が削がれると、天井からは砂のようなものがパラパラと落ち始めた。


『何が起きたんだろう』


 断続的に地響きが起こり、遠くからは男女どちらとも言えないような悲鳴が聞こえてくる。災害でも起きているんだろうか。

 いま持ち合わせている記憶を辿ると、地震と同時に戦争という言葉も浮かんだが、即座に打ち消した。


『戦争なんて百年近く起きていないよね』


 ガヤつく声は、上の階のあちらこちらから聞こえてくる。だからどの方角が危険なのか、判断が難しい。

 特に命令口調の男の声が響いている。悲鳴はさらに増えて、まさに阿鼻叫喚といった状況だろう。

 ここの住人は避難訓練をしたことがないのか、パニック映画のような騒々しさだ。押さない、かけない、しゃべらないっていう標語を忘れたのか?

 熟成中の肉みたいに天井からぶら下がったままだと、解剖される前に逃げることすらできないんだが。せめて助けを呼ぶくらいは、試してみてもいいだろう。


「だっ………」すけて……。


 ダメだ、全然叫べない。何かを叩いて音を出す? 鎖には振り回せるほどの余裕はないし、裸足の足では石の床を蹴ったとしても、大して響きはしないだろう。むしろ怪我をするのがオチだ。

 周りには倒せる家具もなければ、投げて音が鳴るような食器などもない。このまま建物が崩れて、その下敷きになって死ぬんだろうか。

 悔しくて泣きそうになるけれど、一滴の涙もこぼれなかった。喉だけでなく体全体がカラッカラで、どこにも余分な水分はないらしい。


「ここか? ダフィット、お前たちは奥の牢を確認せよ」

「はっ!」


 数人の男たちが扉の向こうで話している。ひとりが指示を出し、何人かが離れていく足音が聞こえる。

 近づく足音と話し声に集中しすぎたのか、気がついたときには鍵のかかった重い扉が、轟音とともにすごい勢いでこちら側に倒れてきた。その風圧で耳から変な音がする。これは…………耳鳴りだな。


『危なっ! 正気なのか。室内の安全確認はどうした?』


 どんな脳筋野郎が仕切ってるんだよ。運悪く扉の下敷きになったら、あっさりと証拠隠滅されそうな雰囲気だ。

 カンテラみたいな明りを持って、数人の男たちが慎重そうに入ってきた。暖簾(のれん)のような私の髪はなんの役にも立たず、いきなり明かりを向けられて照らされたせいで目が潰れた。

 まぶたを閉じても光の残像が刺さるし、開いても白飛びしていて全然見えない。対向車がハイビームだった時くらい眩しかった。


「妖精避けの(まじな)いか?」


 妖精? ドア付近で何かが割れるような音がした。ガラスか? それか薄い金属かもしれない。だがこの部屋にはそれらしい家具は、何もなかったと思うのだが。


「失踪者とは違うようですが、まだ心臓は残っていそうですね。他はどうでしょうか」


 突然、髪の毛を引っ張られて顔をむき出しにされた。死体かと思われていたのか、容赦ない力で顎があがる。

 掴まれた髪から腕をたどってその顔を確認すると、大男が正面に立っていて、その男が息をのんだ音がした。目を細めても焦点が合わず、こちらの視界はボヤケたままだが、あまりのブサイクさにビビったのか? 超絶失礼なやつだな。


『人様の髪の毛をぞんざいに扱いやがって!』


 何度もまばたきを繰り返すと、薄っすらとフォーカスが合ってきた。この部屋に入ってきたのは三人の若い男たちで、RPGで見る戦士のような服装をしている。

 目が覚めてから自分を含め、まともな服装を見ていない。向こうもノーパン、ノーブラの、鱗が生えた女には言われたくないかも知れないがな。

 薄茶の髪の毛の男がカンテラを掲げ、私の顔を照らして隣の男に見せる。こちらは黒髪の男だ。緑の目とか、いい歳こいてカラコンかぁ。似合っているところが鼻につく。イケメンとか、それだけで優遇されている人間は嫌いだ。僻みと指摘されても意見を変える気はない。


「お前は! 何故ここに………いや、まさかな」


 切羽詰まった声がするけれど、そんなん知らんがな。あなたとは初対面です。それにお前って言うなや。イケメンは滅べ。

 不愉快な気持ちが溢れんばかりに湧き上がるが、相変わらず私の喉は空気を吐き出すばかりだった。


「なにかしらの、大きな術を使った形跡があります」


 茶髪の男が部屋を見渡し、床を指差して報告をしている。そこの光る仕掛けは、もう消えてしまったのだが。

 お前呼ばわりしてきた黒髪男が指揮をとっているのか、大男と茶髪に部屋の探索を命じている。

 ようやく目が慣れてきて、男の姿を捉えることができた。警察や自衛隊にしては時代がかった服装をしているが、マントだなんて正気か? この男たちもコスプレイヤーなのか?


「妖精の枷か。汚らわしい」


 偉そうな男が顔をしかめて手足の枷を睨んでいたが、何かを呟き手をかざした瞬間、天井から下がった鎖が激しく振動して弾け飛んだ。


『あぶないな!』


 ぶつからなかったから良かったものの、こんな金属が当たったら怪我をするだろう。って言うか膝を思いっきり打った! 体を支えきれないから手をつこうとしたが、ひとまとめにされたままだった。自分でも予想外な動きに、あっさり手首を捻ったし、そのまま崩れ落ちて肘と頭を続けざまに床へ打ちつけた。

 解放するなら事前に言ってくれ。せめて支える素振りくらい見せたらどうなんだよ。腕が動かせないから芋虫みたいに床を這いずって、なんとか立ち上がろうとするが、ヘタをするとお尻丸出しになりそうだ。

 さすがにそれは恥ずかしいし、私にだってプライドはある。そう思ったのと同時に、悪寒とともに鳥肌が立つ。何かが嵐のように悲鳴をあげているのに遅れて気がつくと、体がどうしようもなく震えだす。

 拘束されていた枷がいつの間にか外れていて、持ち上げた上体がまた床へと逆戻りする。汚れた床へ無様に転がって怒りが湧いた。痛いと言う暇もなく体が内側から膨れあがる。

 たぶん叫び声をあげたと思うが、そこから先は真っ白だった。よくわからないが真っ白な世界を只々がむしゃらに走って、痛い、悲しい、そして怒りという感情が薄れた頃、ようやく安心できると感じたところでプツリと意識は途絶えてしまった。


「失われた精霊たちのために、報復をせねばならぬ」


 暗闇に落ちる一瞬前、だれかの声が頭の中に響いたような気がした。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました

ブクマ、評価、いいねで応援してくださった皆さまにも感謝しています


誤字報告してくださった方、ありがとうございました。こちらも気をつけているのですが、発見の際はご報告いただけると、とても助かります

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