甘い菓子だけが欲しい龍と、生活用品も揃えたい私 〜カワユイを添えて〜
「るぅ、てぃか! しろいのいたよ!」
「ナイス豆太! ルー、麻痺剣魔草の白はまだドロップしてないよね?」
「うむ、毒針虫と鼠賊が一度きりよ」
赤いパッケージがトレードマークの、甘いキャラメル味のコーンスナックを頬張っていた私たちは、索敵にでかけた豆太が帰ってきたことで残りを亜空間収納に片づけた。
喉を潤そうとチューブ入りのジュースを自分の八重歯でねじ切ったが、それはルーが瓶の形をかたどったチューブを破裂させたからだ。
ハサミで切ったとしても溢れるつくりなのだから仕方がないが、ヨーグルトの蓋や紙パックの生クリーム、豆腐のパッケージなんかは、なんであんなに開けにくいんだろうか? パスタソースやレトルトカレーのパウチだって、まともに切れたためしがない。両側の切り口から開けようとすると途中でズレてしまい、結局ハサミを使うハメになるんだよね。
「チカよ、いまは新たなる菓子に集中せよ。ちょこが出なかったら、しばらくはここから出ぬからな」
「はい、はい」
「こっちよ! はやく、はやく!」
迷路のような店内を駆け足で進みながら豆太が示す方向へと曲がると、麻痺剣魔草と呼ばれる鋭い剣のような葉を持つ魔草に出くわす。その五体の中には、たしかに白色が一体だけ混じっていた。緑色からドロップするのは細粒出汁か除草剤のどちらかだったので、ルーの視線は白一体にのみ集中している。
それというのも、白の毒針虫からは、みぞれアイスの杏味が、鼠賊からは、ファミリーパックのお徳用ひと口チョコレートがドロップしたのだ。期待が高まるのも頷けよう。
もちろんアイスは即座に胃の中に収まり、初めてのチョコレートにルーのテンションは爆上がりした。
害がないことを確認してからおすそわけをしたのに、豆太は歓喜に震えてプルプルと嘶きながら駆けまわり、シュガーハイになった子どものようにはしゃぎまくっていたくらいなのだ。
その結果、白い魔物を血眼になって探す羽目になっているのである。
「唸れ! 私の茨の鞭よ! ――――よっしゃー! 倒したよっ!」
「ちょこか? 大きいか?」
「まめちゃのぶんもあるにょ?」
待て待て、すぐにわかるから落ち着くんだ。それより私の華麗な技への感想はなにもないのか? 誤爆を防ぐためなのか若干豆太との距離を感じるが、慣れてきたもので自分にあたりそうになることも減ったと思うんだけどね。
「えーーーーっと? こ、これは!? 『蒼蔦の腕輪』で付与が薬師の妙技? なんか知らないけどオレンジ色の石がついてるよ」
真っ白いサンスベリアのような葉が光の粒に変わり、淡く発光して霧散した場所には、プラチナのような銀色の金属に透かし彫りの加工がされた、C型のバングルが落ちていた。中央には円形にカットされた色石が嵌まっていて、光の加減では星型にも見える。
残念ながらお菓子じゃなかったし、その可能性をまったく考えていなかったな。
「我のちょこが……」
「おともだちとたべたかったのに……」
ルーだけのチョコではないのだけれど、落ち込み加減が半端ない。せめて色違いの魔草から甘めの菓子が落ちていれば良かったが、細粒出汁がひと袋と除草剤が三本ドロップしている。
わかっていたことだが、ルーにとってはこれっぽっちも喜べない結果となってしまった。
「白から出たんだから、これだってかなり希少なアイテムなんだよね?」
そこまでガッカリしなくても良いんじゃないの?
「付与が薬師ならば、調薬や薬草採取の効率が上昇する。そしてその上昇率は妙技であれば十五パーセントになるな」
「ほへー」
「装飾に使われている橙色の石。これはマデイラシトリンである故、効果は半年間続く」
「半年か、結構長いね」
「チカの半年は六か月。日数にすれば百八十三日であるが、ここでの半年は五か月で百七十五日だがな」
「えっ!? ま、まぁそんなに違わないよね? じゃあ一日の時間も違うのかな、二十時間とか?」
「いや、そのあたりは違いがないと考えて構わぬ」
この龍、とんでもないことをあっさりと話したな。返事が上擦っちゃったじゃん。
それにしても薬師のための腕輪かぁ。西の里長の奥さんであるオルシャさんか、助産師兼薬師のお婆ちゃんたちに渡しとけば良いのかな。いまは妊婦さんが三人もいるし、喜ばれると思うんだよね。
「こういう装身具にもランクがあるんでしょう?」
「緑がひと月、白が永年だな」
効果期間の長さと上昇率が色によって変わるらしい。橙は聞いたけど、一番下と最上だけで中を省いたね。
「黄色と赤、それに黒は?」
「黄は三月、赤が一年で黒が十年間」
「じゃあ、妙技の他は?」
「好技が五%、美技が十、巧技が三十、絶技が五十で神技が百よ」
なるほどね。これがどこの精霊の棲家でも変わらないルールってことね。ルーは返事を適当に端折ってもまた聞かれたから、要点だけ答えた感じかな。
お菓子を食べてるから、なるべく口を開きたくないんだな。それでも無視はしないところが、なんだかんだ言っても憎めないんだよね。
豆太は自分の形のビスケットだと思っているようだが、それはたぶんキリンだ。ヨーチビスケットは子どものときは食べていたけど、成長とともにフローレットと同じくらい苦手なお菓子になってしまった。
つまり麦茶かレモン果汁が入った炭酸水を、がぶ飲みしたくて仕方がない。
「これもレアではあるけど、もっと希少なアイテムがあるってことなんだね」
つまり職種に神技が付与されていて、白い石が装飾されていれば最強ってことだよ。
「し―――「真珠かダイヤモンド、白蝶貝にジルコン、ムーンストーンぞ」――あっ、ハイどうも」
こ奴、なかなかやりおる。白石の種類を聞こうとしたら、先を読まれてしまったよ。
ルーはチョコレートの大袋からひとつ取り出すと、八分音符の模様をマジマジと見つめた後、口に放り込んだ。そして噛まずに口の中でゆっくりと溶かすように味わっている。
チョコは高カカオを選んでいたけど、久しぶりのミルクチョコレートもやっぱりおいしいよ。
「るぅ、まめちゃもやっちゅけた」
豆太が風でこちらに渡してきたのは、夢訪いの橙色からドロップするモーモー印のミルク石鹸だった。三個セットでドロップし、赤箱か青箱のどちらかが手に入るようだ。
「やったね。これで赤が十二個、青が九個か」
みんなが利用する銭湯とトイレにも設置したいから、あと最低でも十個はほしいよな。あとは定期的に取りに来れば、衛生管理には困らないでしょ。
できれば液体ソープの方が望ましいんだけど、祖母の家ではお風呂も手洗いも固形石鹸を使っていた。特にモーモー印の赤箱を愛用していたから、お使いで購入したことがあったんだろう。
そのほかの日用品も買っていたらしく、それがダンジョンのドロップ品に反映している。亀の子だわしや固形石鹸のほか、鼠賊の橙色からは五キロの食塩が、緑色の荷物泥棒からは綿百パーセントの台ふきん五枚組がドロップしたのだ。
「うむ、ご苦労であった。カワユイ豆太には、紋章の刻まれしちょこを授けよう」
「わぁい! あ~ん」
ルーは、すでに三分の一が減った大袋から、八分音符の模様が入ったチョコを選んでフィルムを外すと、パカリと開いた豆太の口へご褒美をあげる。豆太は、たてがみをなびかせ蹄を高くあげ、スキップするかのように私たちのまわりを歩いてみせた。
「萌えキュンぞ!」
「はいはい、そうね。メリーゴーランドみたいだね」
何故かルーはハートとクローバーに星、ト音記号と四分休符、アルファベットのOとQを意図的に残して食べているようだ。さっきも紋章なんて大げさなことを言っていたから、チョコの模様に何かしらの意味を見いだしているのかもしれないな。
私の記憶では、チョコの模様は製造元ごとに異なっていたはずなのに、これらは同じ大袋に入っていた。
ホワイトチョコとミルクチョコのミックスや、ナッツやお酒が入ったものなど、この手のファミリーパックは種類が豊富だったから、この次同じものがドロップするのだろうか? でも、佐々木商店はそれほど品揃えがなかった気もするしなぁ。
「豆太はチョコが好きなの?」
「おいちぃの! まめちゃのびしゅけっちょも、ちょこのがほちい」
さっきのキリンをいたく気に入ったようだな。でも馬の形のチョコビスケットなんてあったか? ルーは豆太の希望を叶えるべく、橙色の荷物泥棒を見つけ次第倒せと命じてくるが、あの敵は苦手だ。
このチョコレートの大袋をドロップした鼠賊は、凶暴でカピバラくらい大きいドブネズミのような魔獣だ。それが猪のように突進してくる。直進してくるだけなのでちょっと避ければ済む話だから、速さについていけたらそれほど恐れる敵ではない。
しかし荷物泥棒は翼を広げると二メートル以上ありそうな、眼光鋭い猛禽類なのだ。風を操りヒットアンドアウェイを繰り返し、ツメやくちばしを使って攻撃してくる。私の鞭を空中で旋回して避けるので、倒すまで何度も空を切る音が虚しく響いていた。
「チカよ、菓子を落とさぬ敵など相手にするな。夢訪いと麻痺剣魔草、荷物泥棒の白の菓子が何か、いまだわかっておらぬのだぞ」
「でもさぁ、白のドロップ品がお菓子かなんてわかんないよね。それに塩と固形石鹸、台ふきんはみんなにも分けてあげたいから、スルーするなんてもったいなくない?」
こんな話をしつつも、さらに奥へと進んだが、緑色の鼠賊がロックアイスを落とすことには、さすがの私もがっかりしてしまった。
なぜならこの精霊の棲家で一番多い敵が鼠賊なのだ。それの最低ランクである緑色には本当によく遭遇する。佐々木商店のドロップがロックアイスなら、通常時は何か。それは直径ニセンチ前後の緑色の魔石だった。あれば使うが、ダンジョンに来たならもっと良いドロップ品を持ち帰りたいに決まっている。
限られた量しか持てないときに、一番はじめにダンジョンにリリースされるのがこの緑色の魔石らしい。
すでにルーの亜空間収納には、一キロ入りのロックアイスか三十八袋と、緑の魔石が五十一個収まっている。
「氷など我がいくらでも出してやるが?」
「だってせっかく倒した敵から落ちたんだよ。持ち帰らないともったいないよ」
ルーは溶ければただの水を、わざわざ亜空間収納にしまうことが不満のようだ。
「まめちゃもおかちがしゅき」
「であろう? 豆太もこう言っておるのだ。いまは白を探すのみよ」
白なんて全然出ないじゃん。いままで遭遇したのは、たったの三体だけだよ。赤と黒が落とす確率のほうが高いんじゃない?
「このダンジョンはまだ若い故、赤と黒はおらぬ」
「そういえば白が出たのに、それよりレアリティが低いはずの赤と黒が出ないのはおかしいね」
「白はどれほど小さい精霊の棲家だとしても、必ず出現するのだ」
「ふぅん?」
まぁ、世界のルールとかそんなやつでしょ。私が理解できるとは思えないや。
白の魔物を狩り尽くすかと思われた初ダンジョン攻略は、大地の精霊の眷属が助けを求めていると訴える下位精霊が、ダンジョンまで迎えに来たことで無事終了した。
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