結果、ダンジョンでお菓子を食べ歩く
「これは――饐えているのか?」
「ちょっとやめてよ! こういうのは甘酸っぱくておいしいって言うんだよ。もしかしてルーは発酵食品を食べたことがないの? ヨーグルトが存在しなかったら、ジャムのありがたみが薄れちゃうよ」
ルーはキャンディを吐き出そうとしたが、そんな悪行はこの私が許さないぜ! とっさに歯を食いしばって阻止してやった。
ルーはこのアメがどれほど貴重なのか、全然わかってないからね。砂糖をなめてるみたいなお菓子ばっかり食べてるから、この程度の酸味にも抵抗感があるのだよ。
「ねーねー。るぅにもこりぇ、あげゆね」
豆太が集めた虫の翅は大きすぎるし、なにより気持ち悪い量が集まっている。この透け感がキレイだよねって思えないのは、本体を倒したあとだからだ。
生涯ダンジョンと関わることがないような、都会住みの貴族の娘さんなら喜ぶんだろうか?
「うむ、大切にしようぞ。豆太は下位精霊らにも配るのか?」
「うん! おともらちにあげゆの!」
豆太は興奮しすぎてカミカミだ。だが虫の体の一部分なんか貰っても、喜ぶのは精霊好きの龍ぐらいだと思うけどな。
そんなことより、豆太が拾った内側の透明な翅と、落ちたままになっている里人たちの体毛みたいな色の翅は、精霊の好み的には違いがあるってことなんだよね? 里人たちが精霊に嫌われていないんだから、玉虫色の翅が悪いわけじゃなさそうなんだけどな。
「このアイテムは幸運の翅とよばれ、下位精霊との親密度があがるのだ。数が多いのは、二枚が対だからな」
なんだ、その乙ゲーみたいな設定は。しかも一体倒せば、倍の数が落ちるってことなんだな。
「じゃあ、そっちのキラキラしてる方はなんなの? 豆太はこっちのはいらないの?」
「いやないの」
「左様でしたか」
豆太はこっちの翅には、まったく興味がないんだな。あっさりしすぎてびっくりだよ。豆太もこんなダンジョンを見たことがないらしく、棚の上を駆けたり物珍しそうに商品を眺めたりと、落ち着きなく辺りをちょろちょろしている。
「これは『玉虫の上翅』だな。衣類と共に入れておくと服が増えると信じられているが、実際は虫食いが起きぬから長持ちするのだ」
「へぇ? 防虫剤みたいなものかな。見た目がキモイけど、衣替えをするならひとつはほしい品だね」
ルーには亜空間収納があるから、荷物はいくらあっても困らないし、そこに害虫が入り込むことはない。なので私にはまったく関係ない話で良かったけどな。
効能は三年間ていどのようだが、その間効果が薄れないなら素晴らしい性能だ。ふつうなら一年保てば充分だと思う。
「樟脳臭くもないし、あとで里人のみんなに配ったらいいよ」
虫の素材はいらないから、すべてあげようと思う。とりあえず増えた荷物を整理しようと棚の片隅に集めようとはしたが、ついつい他のことに気を取られてしまう。
「わーっ! この中身がわからない茶袋が下がってるところも、忠実に再現できてるんだね」
迷路の壁として使われている商品棚には、当時の私が見たとおりのラインナップで並んていた。棚の横にはネジフックがいくつもついていて、タコ糸でまとめられた茶封筒が吊り下げられている。厚さや膨らみ加減がそれぞれ違うけど、なにか入っているのかは開けてみるまでわからないのだ。
佐々木商店では触ってもオッケーだったんだよね。自宅近所のお爺さんがやってた駄菓子屋は、お触り厳禁だったよなぁ。中身はまったく記憶がないけど、良いものが出るような気がして何度か引いた覚えがあるよ。
「懐かしー、コレってどんな原理かわかんないけど、指をこすり合わせてつけたり離したりすると煙が出るんだよ」
「その煙はどうなるのだ?」
「どうもしないけど? たぶん、魔法みたいで楽しかったんじゃないかな」
その横にも、たくさんの封筒が括られた冊子が下がっていた。ここから好きな封筒を一枚選ぶんだよな。中身はアイドルのブロマイドとか恐い写真とか、まぁいろいろあったんだよ。
子どもって意味がわからないものに夢中になったりするんだよね。
ちょっと場所が高くて手が届きにくいと思ってたけど、いま見ると駄菓子を広げている台なんて、高さが二十センチくらいだよ。完全に膝下じゃないか。
このチューブに入った風船をつくるジェルも、よく買って遊んだよね。匂いが独特なんだけど、小さなストローに絞り出したジェルをくっつけて、ゆっくり空気を入れて膨らませるんだよ。
でも一か所でも薄くなって割れちゃうと、それはもう捨てるしかないんだよなぁ。ジェルに空気が混ざると白くなっちゃって、全然膨らまなかったんだよね。
「じゃあ、なにがどれだけ集まったのか、数えてみようか」
豆太とルーが魔術でドロップ品を集めると、私はしゃがんで仕分けを始める。
先ほどの一戦でドロップしたのは、亀の子だわしが三個、幸運の翅が四十八枚、ヨーグルト味のキャンディがひと箱、プッシュ式のプラ容器に入った極小のガムのレモン味が一個、半時間どんとこいキャンディが二本。これはプリン味とチェリー味だ。これはどちらも好きな味だから嬉しい。
ミント味のラムネが二個、ミント味のキャンディガムがひと箱、ミントとココア味のタバコを模したキャンディが一箱、駄菓子はこれだけだった。
あとは玉虫の上翅が三十二枚、革袋に入った毒餌薬が二袋。これは害虫駆除に使うホウ酸団子みたいなもので、革袋の中には丸薬が十個入った茶色の瓶が収まっていた。
続いて水風船が二十個入った袋がふたつ、S字フックが一個、瓶に入った解毒薬が二本で以上だ。
「この解毒薬のビンってさぁ、私の国の栄養ドリンクにそっくりなんだよね」
間違って飲んだりしないかな。
私の話はどうでもいいとばかりに、ルーは戦利品を眺めては明らかに肩を落としている。
「夢訪いや毒針虫からは、甘味が落ちぬのか。夢訪いは五十三匹、毒針虫は五匹倒したのに、菓子はたったの八個ではないか」
「あの虫はそんな名前なの? ちょっと可愛すぎない?」
「人々の夢にあらわれ、睡眠を阻害することがカワユイか?」
「あっ、そんな感じなんだ? 私が考えていた言葉の意味とはちょっと違ったみたい。それと、こっちのガムは酸っぱいけど、この『半時間どんとこいキャンディ』はプリン味だよ」
「ぷりん……」
「あまいし、すごくおいしいよ。この姉妹品で笛のキャンディもあったんだよ。商品名は忘れちゃったけど、オレンジ味が好きだったなぁ」
私が幼少期に佐々木商店で買ったものは駄菓子がほとんどで、ルーが好きそうな極甘菓子とは縁遠い。加えて好きな味がミントやレモンだのアセロラだの、グレープフルーツだので、酸っぱいものを好んで食べていた。そのせいなのか、ドロップ品がそれを倣っているようなのだ。
つまり、ルーがさらにダンジョンの奥へと進み、甘い菓子を入手するまで帰らないと、決意を固めてしまったのである。
「我は甘い菓子を食したいのだ」
「緑のからは落ちないんじゃないの?」
私が必死に鞭を振りまわしているあいだ、ルーはどの魔物から何がドロップしたのか、ちゃんと確認していたらしい。
とりあえずルーの機嫌を取るために、ヨーグルト味の飴をバリバリとかんで飲み込み、プリン味の棒つきキャンディを口に突っ込んだ。
「フム、うまいな――既出は緑、黄、橙ぞ。赤、黒、白はまだ見ていないな」
「虫の色に意味なんてあるの?」
「ダンジョンの敵にはランクがある」
「強さの?」
「うむ、虫のような小さきものから、ドラゴンがわくような巨大なダンジョンもあるのだ」
「どらごんはおっきいのよ」
「この精霊の棲家の規模で、ドラゴンは無理だよね」
「我の『甘味の楽園』を実現するためにはそれぐらいすぐであろうが、いましばらくは耐えるしかあるまい」
いや、小さいって言っても三十センチの虫だったよ? いくらなんでもデカすぎでしょ。ならドラゴンは…………二十メートル前後か。それは六階か七階建てのビルと一緒だね。……そんなん倒せるのか?
「どのダンジョンも緑、黄、橙、赤、黒、白の順で強さがあがり、ドロップ品のレア度が異なる」
「白がレアなの?」
「ああ」
そっか、白を見かけたら必ず倒さないと、ルーがダンジョンに居座っちゃうよ。
「このアメはもっとあっても良いな。だが、黄色の夢訪いからは不味い菓子もドロップしておった」
ドロップ品はランダムなのかと尋ねれば、そんなことはないらしい。そもそも通常ダンジョンでは、この大陸の住民たちが使っているような生活用品や薬、植物の種や苗などの他、食料がドロップするらしい。ここではそれ以外に、私の記憶にある品物もドロップすることから、二種類のうちどちらかが入手できているようなのだ。
「緑の夢訪いからは、亀の子束子なるものか、幸運の翅のとちらかがドロップしておったな」
「なるほど、佐々木商店の商品が亀の子だわしで、通常なら幸運の翅が落ちるんだね」
「そのようだな」
「私の記憶にあるものがランダムドロップなのかな?」
精霊たちも、よくわからないものを要求されて、ドロップ品を決めかねているんだろうか?
試しに水風船が入った革袋を開けると、赤が三個、青が六個、緑が二個、桃が二個、紫が三個、橙が四個の二十個入りだった。もう一つの方は、赤が一個、青が四個、黄が三個、桃が五個、紫が三個、橙が四個で、袋の中身もランダムらしい。
たしかに夏休みは水風船で遊んだけど、いまさらこんなに貰っても使わないよな。これも子どもたちにあげよう。蛇口がないから水を詰める方法を考えないといけないけど、それは後回しでいいだろう。
「たしかS字フックは、佐々木商店で扱ってないはずなんだけど、なにかの手違いなのかな?」
私が手のひらにのせたS字フックは、金属製の頑丈な品だが、佐々木商店では見たことがない。
「これは『毒針虫の星列』だな。狩の獲物を血抜きするとき吊り下げて使うのだ。耐荷重は五百キロほどであろう」
ってことは、これも里人行きだな。
「チカよ、ぷりんがなくなりそうだ。次は何味なのだ?」
しまった、チェリー味もちょっと甘酸っぱいんだった。プリン味はさっきの一本だけだしなぁ。
「ルーには悪いけど、残りのお菓子はサッパリ系だけだね。ミント味はスースーして辛いって感じる人もいるよ」
「…………」
結果、私たちはドロップ品の検証という名目で、甘い菓子を求めて敵を倒しまくり、ドロップした駄菓子をつまみながら、ダンジョン内を練り歩くことになったのである。