些事には手間をかけないスタイル
アーラーの話を要約すると東の集落はすでに限界ギリギリで、アウトまで秒読み待ったなし状態らしい。村からの避難民はあちらにもいて、なかでも村長一家が横暴な振る舞いを続けているようだ。
人数が倍に増えたことで食料の配分が減り、少ない糧を子どもへ優先して与えてはいるが、成人男性まで食事を減らすと狩りができなくなる。そうなると、さらに食べるものが手に入らない。そのため、狩りを引退した五十代以上の高齢男女が、息子や孫のために粗食に耐えているらしいのだ。
「あの男は、村にいた頃からトルックスにやたらと突っかかっていたのだが、いまだにそのような真似をしているとは」
問題の村長は、昔から東の里長であるトルックスさんに絡んでいたようだ。セバルトさんが知っているのは十年前なんだから、ずいぶんとしつこいことだな。
「あなた、ドロルがやたらと噛みつくのは、フレジアがトルックスを選んだからですよ」
「オルシャさん、村長は代がわりしたんです。私たちが村から追い出されたとき、村長は息子に代わったばかりでした」
ええっと、ドロルが前村長で、トルックスが東の里長。そして、フレジアがその奥さんか。ウルマさんが声をかけたオルシャさんが、セバルトさんの奥さんね? いつの間にかちっちゃいおばあちゃんが、里長の隣に座ってんだよね。髪の毛は、シルバーに薄っすらとオレンジ色が見える。
「なんだ、振られた腹いせか。あれ? 村長の姪っ子は大丈夫だったの?」
「姪は確認できなかったけれど、フィスコが何かにつけて槍玉に上がっていたよ」
アーラーからも新しい名前が出てきた。フィスコはウルマさんの弟らしい。そのためウルマさんが弟を心配して、そわそわと手を動かしている。
ルーが協力的じゃないからか、名前を覚えるのが難しいよ。
「そこまで堪えず助けを求めて欲しかったが、この里にはそれほど余力がなかったな」
「なに、時間もないごと故、我にすべて任せるが良い」
セバルトさんの悔しそうな声に、ルーが頼もしそうなことばを発する。
「あのさ、アタシらはこの髪に誇りを持ってるし、どんなに忙しくても手入れは怠らないのよ。だからカメーレの木とともに生きてるんだ」
「ああ、樹木の精霊も持っていくと言っておったな。心配せずとも精霊たちが、必要なものを集めてまわっておる」
「じゃあ、西にあるチェスナットも?」
「ドングリとチェスナットはアイちゃんが担当しているな」
背の高い彼女はジーラと名乗り、一族にとって大事な木があるので置いていくことはできないと、拠点に行くことを渋っていた。しかし精霊たちが持っていくリストにカメーレの木も載せていると知り、拠点行きに納得してくれた。
「もう良いな。では精霊たちよ、そなたらの友に印をつけておいで。そして聖樹の果実を口に入れてやるが良い」
ルーは東の集落が危機的状況と知り、引っ越しを急ぐことにしたようだ。
村から避難してきた人たちは全員置いていくのかと思いきや、孤児の姉妹を世話している老夫婦や、あの狩りに参加していた娘さんと兄弟たちを、家ごと持って行くらしい。
村長の妹家族に知られないように出発したかったけど、置いて行くと決めた家からひとりだけ選ばれた少女がいたからか、ほかの村人たちにも気づかれてしまった。
「どういうことだよ! 俺たちを見捨てるのか!」
「じゃあ聞くんだけど、あなたたちはここに追い出した人たちが住んでることを知ってたの? わかってて迷惑をかけに来たわけ? あんたたちが見捨てた人たちだよね」
「そんな言い方ヒドイわ」
「追い出しただなんて……」
「こっちを責めてんのか、逆恨みすんなよ!」
「俺たちは苦しんでいるんだ。それを働けなんておかしいだろ!」
「お前、胸はないけどキレイな顔をしているな。僕の言うことを聞くなら、娶ってやってもいいぞ」
最後のクソガキは前村長の孫だと? ただのアホだろ。
「で? 知ってたの?」
「いいえ、連絡を取り合ってはいなかったので知りません。あのときは四方八方に逃げたので、自分でもどちらに向かったかわからなかったんです! わたしたちが生き残ったのも奇跡みたいなものでしょう? きっと神様が私たちを守ってくださっているんだわ」
なんなの、そのお花畑的思考は。神様が守ってくれるなら、自分たちで何でもできるだろうね。
「あなたはさぁ、自分たち以外の村人は亡くなったと思ってるみたいだけど、百人近くは助かってるよ」
「えっ! それなら、なんで早く迎えに来ないのよ」
そんなん知らんがな。
「まあいいや。君らは冬までここにいてもいいし、村に帰るのも生き残りを探すのも自由だよ。いままでどおりに、好きに過ごしたらいいんじゃない? 私はちゃんと、そっとしといてあげるからね」
ギャアギャアとわめく人たちを置いて、ルーは必要なものだけを浮かせ龍の姿に戻った。
騒いでいた村人たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っていたが、もう私たちには関係のないことだ。
これから東の集落に行って必要な人材を確保したら、兄弟を迎えに行く。誘拐された兄弟は南西の街にある貴族の屋敷に囚われていることがわかっているんだから、ルーと私の予定は分刻みで決まっている。
つまり、いらない人材にかまっている暇はないんだよ。
「皆さんには、龍が治める土地に引っ越していただきます。しつこく言いますが、まだ何もないところなので人買いは本当にいません。南の果てのドラゴンも越えられない山脈の向こうにある場所ですが、移動はすぐに済むので準備をお願いします」
東の集落でも、似たような説明をざっくりとする。セバルトさんたちもいるからか、説得は楽だった。というより、逆らう気力がないとも言える。
「チカよ、帰りは精霊界を通らぬ」
「なんで?」
「ここを守る樹木の精霊も運ぶのでな。精霊界を介せば変質する可能性があるのだ」
「最初に言ってたように、ここも土地ごといっちゃうの?」
「あれらを護ろうと生まれた精霊たちだ、置いて行くわけにはゆくまい」
ルーの場合、そちらがメインだもんな。そして私も異存はない。
この集落を囲む範囲が、さらにひろがっていく。その際、害虫や病原菌などの不利益をもたらすものは排除し、拠点の環境では生きられない樹木は、環境を整えてから迎えに来ることにしている。
「フッ。ではこの者らも根こそぎ連れて行くぞ」
「ゆくじょ!」
ご機嫌な豆太の周りには、ドン引くほどの下位精霊たちがまとわりついている。彼らは、すべて新しくできたお友だちなのだそうだ。
精霊たちが目印をつけた住居を、土台から持ち上げていく。放し飼いの鳥たちも、眠らせて里長の家などに詰め込んでおいた。
この集落を囲み、音や明かりが漏れないようにしていた金木犀と銀木犀は、拠点では街路樹にしよう。護りの要だった五本の月桂樹たちは、いままでと変わらず星の形に配置したい。
「ふっふっふっ。ここはほとんどが更地になっちゃうけど、すぐに草木で覆われるからね。いま住んでいる家も畑も種イモも残していくんだから、やさしい方だよね」
「皆のもの、我が落とすことはありえぬが、あまり身を乗り出さぬようにせよ」
最後に、住んでいた場所を見てから去りたいという里人たちの願いにより、彼らを眠らせて運ぶことはやめた。
龍の姿を見せることにはなったが、恐れるばかりではなく感動しているような感情も伝わってきたので、これはこれで良しとしよう。
ルーがその屋敷に着いたとき、あきらかに不機嫌だったと思う。
屋敷にいた貴族は家族全員肥え太り、集落の人々の二倍はありそうな体をユサユサと揺らしながら喚いていた。
使用人たちの表情は固く、話し声も聞こえてこない。しかし、この場から逃げ出したいという気持ちが、ヒシヒシと伝わってきた。その半分は奴隷たちで、首には所有の証である枷がはまっている。
「ルー、あれって」
「いや、精霊が犠牲になってはおらぬ」
だが、地下には犠牲になった奴隷たちの亡骸が、埋葬もされず積み重なって放置されていた。
私は有無を言わさず、貴族一家をそこに閉じ込めてやった。クズたちは二度と出てくるなとは思ったが、そのうち街の警備を担当する者たちが来てこの惨状を目にしたら、然るべき対応をするだろう。
思ったよりも建物自体は間取りも雰囲気も良かったので、この屋敷を没収することにした。その際、下品な家具や不愉快な地下室は排除した。もちろん悪趣味な衣装や装飾品にも興味はない。主寝室のベッドは放り投げ、客間のベッドを念入りに浄化する。
印のついた生き物以外は建物から追い出して、庭に落とす。使用人らの私物は、ちゃんと返しておいた。
その使用人が持ち逃げするだろうと、退職金代わりに銀食器なんかも庭にばら撒いたが、屋根裏部屋に放置されていた質の良い家具などは、罪悪感を持たずに着服した。
そして誘拐されていた兄弟と、いかにもワケアリな家族を回収する。もちろん貴族の邸宅込みでである。
「このようなもの、手切れ金にもならぬわ」
「お家まで取りあげといて、その言い草。マジかよ」
「自由を愛するそよ風の精霊が、五年もこの地に縛りつけられておったのだ。あのような輩に生きる価値もない」
「確かにゴミクズだったね。ここの領主が罰を与えなかったとしても、あれらはもう再起不能だろうし、家族が待ってるから早く行こうか」
「うむ、精霊たちも喜ぶであろうな」
「ルー、人魚は海に放したほうがいいのかな?」
ワケアリな家族たちは、眼下で身を寄せ合って震えている。
「お願いです。なんでもしますから、魔獣の餌にするは許してください」
「どうかそれは私だけに! 妻と子どもたちには、そのような恐ろしいことをしないでください。後生ですから!」
夫婦が三人の子どもを両側から抱きしめ、私から守るようにその体で隠している。
「チカよ、そなた中々に残酷な思考をするのだな」
「いや、狭い水槽にいたんだから、もとの住処に返そうと思って……」
「あの、私たちは海に住んでいませんよ?」
「えっ、そうなの?」
「海は魔獣の縄張りぞ。そのような場に放てば、この者らは一瞬で胃袋の中よ」
「それに塩辛い水の中では暮らせません」
「あっ、淡水魚なんだ? ゴメンね、私の記憶では人魚は海底に住んでいた気がしたんだけどな」
海の底には城があって、王族たちと海の仲間たちが暮らしているんだ。
「チカの世界の人魚は逞しいのだな」
「たしか、でっかいフォークみたいな槍を持って、敵と戦ってたと思う。それで魚たちと一緒に歌うんだよね」
「そちらの海も穏やかではないな」
「どうだろう? んー、夏に海水浴は定番だったと思うけど、私は海で泳いだ記憶はないね」
「あの、私たちはどうなるのでしょうか?」
傍目から見ると私の独り言なのだが、人魚の父親は恐る恐るこちらに問いかけてきた。
「うーん、行き先がないなら一緒に来る? 新しい村だし、ここより南だからあったかいよ」
どこに放したらいいかわかんないなら、ルーに池でも作ってもらえばいいんじゃないかな。
「あの忌まわしき枷より解き放たれたのです。あなたには感謝しかありません」
「どうぞ私どもをお連れください。必ずやお役に立ってみせましょう」
「みんなをたちけて!」
「フム、良かろう」
ルーは真剣に願う両親のことばには、耳を傾けているかすらわからない無反応さだったが、三人兄弟の一番下の子が湖の精霊だと気づくやいなや、瞬きよりも早く即答した。
ルーとチカは、とうとう念願の人材を確保したのだ!