珍しい種族は思っていたより大所帯だった
「人が増え過ぎたなら村を半分に分けたら良かったのかな。少人数だと近親婚とか怖くないですか?」
「村から出された人たちがつくった集落が、ここから東にもうひとつあります。そこの住人と年に一度交流会を開いてはいるのですが」
「なるほど、いちおう血の入れ替えはしてるんですね」
遺伝性の疾患は怖いよな。そういう知識がちゃんとあるみたいだからほっとする。この大陸の医療技術がどこまで発展しているか知らないし、私の記憶が通用するかは不明だから若干不安が残るから、こればかりはルーに頼るしかないんだよ。
それにもうひとつ集落があるなら、連れて行く住民は倍に増える可能性があるってことだ。メタリックカラーの人種が数十人しかいなかったら、いずれは結婚相手にも困っちゃうもんな。そうなれば絶滅待ったなしだ。
「当初の予定だと隠れ住む十人くらいの人たちを、丸ごと連れ去ろうと思ってたんだよね」
常識的に考えれば、そんな人数で生きていけるわけがないよな。
「それはご勘弁願います。いまでも男手が足りないのですから、この里が立ち行かなくなってしまう」
「あっ、それはご心配なく。ルーが馬鹿みたいにひろい拠点をつくっちゃったみたいだし、そこを管理するにも人手は確保したいですね」
東の集落にもまともな人がいるなら、種の存続のためとクラーケンの縄をいっぱい紡いでもらうために、是非ともできる限りは連れて行きたい。
「父さん、ビルケが急ぎ帰還するようにと言うのですが、なにかあったのですか」
ここで狩りに出ていた男性たち十四人が帰ってきた。長い髪をみつ編みにして、引っかからないようにフード付きのマントの内側に入れている。マントの着丈はウエストより少しだけ長いサイズで、返り血などを防ぐためのものらしい。前をボタンで留めればポンチョ型のコートになるので、寒さにも耐えられる。これは私も欲しいな。
「おじーちゃま、おかえりなさーい」
「ただいま、タギラ。よい子にしていたかい?」
「タギラ、パパにおかえりはないのかな?」
「皆よ無事でなによりだ…………」
幼女がかけよった男性はどう見ても四十前だが、里長を父と呼んだことから、祖父で間違いなさそうだ。その隣に立っている若者が父親らしいが、幼女はべーっと舌を出している。喧嘩でもしたのかな。
祖父の髪はゴールドで、父親の髪はカッパーゴールドだった。ということは、曽祖父である里長の髪は老化でホワイトシルバーになったんだろうか。ほかの高齢者は家に隠れているから、もとからなのか比べることができないや。
ここにいる里人は女性が多く、里長が一緒といえど心細かったのか、帰ってきた夫や子どものそばにそっと立ち位置を変えていた。
「あの、先にあがっていいですか?」
「オレもガキが待ってっから、もう行くぜ」
「ああ、ご苦労だったね」
全員成人男性かと思ったら、フードを被って弓を抱えている人は若い女性のようだ。女性はこの場に村人がいないのを確認すると、頭を下げてここから立ち去り、それにひとりの男性も続いた。よく見ると女性の後を、下位精霊がぷよぷよと追いかけている。
「あれは儚き果実の精霊よ。まだ一年も生きてはおらぬ」
「へぇー、下位の赤ちゃんか。ほんとに生まれたばかりなんだね」
私が新しいメタリックカラーを物珍しげに眺めて周囲に気を取られているあいだ、狩人たちには説明がなされていたようだ。
「じつは転居の打診を受けているのだ」
ふたりの姿が完全に消えてから、里長が口を開く。
狩りから帰った男性たちのうち三人には上位精霊がピッタリとそばに寄り添っている。それぞれが中型犬サイズのサモエド、ピューマ、イヌワシのような姿をしていたが、足もとに寝そべったり小さくなって肩にとまったりと、自由気ままにくつろいでいた。
そして十四人の中のリーダー的存在らしい三十代後半くらいの細マッチョのそばには、いつの間にか白樺の樹皮のようなワンピース姿をした女性型の高位精霊が、品よくほほえみながら腕をからめて立っていた。まあ、その細マッチョは里長の息子さんなんだけどね。だからたぶん彼女がビルケかな。
「雨の精霊よ、この地に魔素は十分か?」
「天と地の主よ。わたくしはビルケと申します。残念ながらわたくしにはこの地の翳りを流せませんの。わたくしの朋友の憂いを晴らしていただけますでしょうか」
「うむ、良かろう」
ルーは可愛いのだけじゃなく、綺麗な子にもデレデレなんだ。節操なしか?
聞くところによると、この集落にもとから住んでいたのは行方知れずの兄弟を含めて八十一人、新たに追加された住人が三十九人だ。
五割増しだなんて大盛りのカップ麺みたい。
「一度にこんなに増えたら、食料とかが足りないんじゃないの? 村人から狩りに参加したのはふたりだけだったよね」
「おっしゃるとおりです」
「あのおばちゃんはね、はたけのおてつだいをしないのよ! おとななのにへんなの」
こんな小さい子どもからも言われてるのか。親がこっそりとグチってるのを聞いてたのかな。
畑に植えているのはジャガイモのようだが、大きさはピンポン玉サイズで、みんなが食べるには畑の面積を増やすしかない。
放し飼いの鳥はニワトリではなくガチョウに近い種類のようだ。その卵は本来ならば病人や老人、幼児を優先して与えていたのに、村人が来てからはそうもいかなくなってしまった。
ケガが痛いから、ここでの暮らしにまだ馴染めていない、家族を失ってツラいからそんな気になれない。この人たちを看病しないといけないから。そんな理由でロクに働かない一団が、食事だけは遠慮なく確保しようとするらしく、もとからの住人の不満は爆発寸前なのだ。
「いまのままだと冬ごもりの蓄えが不安なんです」
「狩りで得られる糧は日によって量が違うし、南西側に近づき過ぎると街の奴らの狩場にぶつかるんだよ」
ピューマの宿主である男が足もとの土を蹴りながそう言うと、ピューマは体を擦りつけるようにして慰めていた。
それなのに頑張って建てた家も粗末だと馬鹿にされるし、一軒あたり最低五人で使ってほしいのに、なんだかんだと言い訳して老姉妹二人だけで暮す家と、夫婦とその弟の三人で使っている家があるようだ。
そもそも彼らが逃げてきたとき、狼の群れに追われていた。逃げるのに必死だったかもしれないが、そのまま集落に入って来ようとしたので、狼を追い払うために四人の男性が犠牲になってしまったという。
一家の大黒柱を喪い子どももまだ幼い家族の暮らしは、とても厳しい状態なのだそうだ。
「困ったことに、村長の妹一家が手に負えなくてねぇ」
「四十近い娘ふたりと成人済みの孫ふたりの五人なんだが、仕事もせずに文句ばかりで参っちまうよ」
「本人はばーさんだから仕方ねーけどよー。孫は十七、八だぜ。俺の弟は十六で狩りに同行してるっつうのによー」
「兄さん、狩りに足手まといは不要ですよ。僕たちの命にかかわるからね」
そりゃそうか、獣を見て大騒ぎされても迷惑だよな。
「なんかさぁ、全員確保する必要無くね?」
「何故そのようなことを言うのだ?」
村から来た人ってさぁ、この集落の人たちに依存し過ぎてない? 春からどのくらい経ってるの。えっ? 半年近いのかぁ。いくらなんでも一緒に働かないとダメでしょ。
村人は暮らしていた村に返して、追い出されたふたつの集落を連れてった方がいいような気がするんだけど。
「フム、それならば本人が放っておけと言うのだ。そのとおりにしてやれば良い。精霊に嫌われるのは、そのような生き方をしておるが故に過ぎぬ。冬前には帰るのならば、この地に残して行けば良いのだ」
うん、わざわざ問題を起こしそうな人をスカウトする必要はないな。閉鎖された空間だもの、合わない人となんて暮らしていけないんだし。冬前までいると言ってるんだから、村に帰るのは自分たちでなんとかするよね。
メタリックな人たちは思ったよりも大人数だった。でも全員保護する必要性を感じないわ。
チカはあっさりと一部の村人を置いていく判断を下した。




