美しい毛並みをもつ種族にも事情がある
「それはいったい?」
里長であるお爺さんが戸惑っている。いや、間違いなくここにいる里人全員が困惑しているよな。
「お主らは我の支配下で精霊に奉仕せよ」
「ッウオォイ! 止めろや」
ちょっと! 威圧は控えてよ。ただでさえ怖がらせてるんだから穏便に済ませようよ。
「フンッ」
「豆太たちに嫌われるよ」
「…………ならばチカが話すが良い」
ルーは、つーんって感じに拗ねた。もう一度言うぞ、この大陸ができた当初から存在している神的地位に最も近い龍が、ちょっと叱られただけで拗ねたのだよ。
「我を叱る者などおらぬ」
悲しそうな感情が伝わってきたので、さすがにバツが悪くなる。私も茶化して悪かったし、言葉づかいが乱暴だった自覚もある。
「ゴメンね。なんか感情が高ぶって直情的になりがちなんだよ」
元からの性質だったのか、魂が完全じゃないから制御できなくなっているのか、どちらにせよ私はこの宿主に甘えているのだ。こんな自分の態度は子どもっぽいし、頭が悪そうでがっかりだよ。
ほんのちょっと前まで人のことお前って言ってたルーがお主って変えてるんだから、私も気をつけないとなぁ。
「我にとっては些末ごとよ」
ルーさん、かっけぇ!
「てことでですね、皆さんにはこんないつ襲われるかも知れないとこで暮らすよりも素敵な場所を提供したいと思いまして! ええ、ええ。いま私たちの拠点には住民がいないんですよ。はいはい、ゼロです。まったくいないのですよ残念ながらね。寂しいことに、ひとりぼっちの野ざらし生活一日目を絶賛満喫中でして。そしてこの子は豆太と言って、とても人懐っこい良い子なんですよ。でも、なにぶん私ひとりでしょう? 友だちがたくさんいたほうが楽しいだろうと腰を上げた次第でして。ありがたいことに拠点は龍の棲家にありまして、人買いなんて存在していない場所ですからね、私のようなうろこが生えていても暮らしていけるんですよ。なので困っている方もお呼びできたら、この世から憂いが僅かばかりでも減るのではと愚考したわけです。でもですね、さすがに私のような女性が雨ざらしで過ごすのは厳しいのでね、代わりと言ってはなんですがご協力いただけますよね? 私の家も建ててくんねぇ?」
しまった。最後に集中力が切れて、思わず本心が出ちゃったわ。
「我には圧をかけるなと言うておったのに」
「ルー、これは圧ではなく押しですよ! 押しが強いとか押し売りとかゴリ押しとか言うでしょう? 私なんてルーの押しかけ女房みたいなものだし。あー、押し寿司とか食べてぇー」
こんな話をしているあいだも、里人たちはおとなしく聞いている。薄暗い森の中だから落ち着いて見えるけど、太陽の下にこの人数が集ったら乱反射で目ん玉がおかしくなりそう。赤青黄色に私のような緑もいるけど、それぞれ金粉か銀粉をまぶしたようなメタリックカラーだ。
それでも百人いるようには見えないから、動けない病人や老人と子どもたちは家の中に隠れているんだろうな。それにしても成人男性があまりいないみたいだけど、外で仕事中なのだろうか。だったら外からは入れるようにした方がいいか。
そういえば、いま何時頃なんだろう?
「あの」
私に話しかけてくるのはお爺さんと子どもの二人だけかと思いきや、イエローメタリックの巻き毛の女性がおずおずと口を開いた。でも地べたに座り頭は下げたままだから、どんな表情をしているかはわからない。
「どうしましたか? 意見や要望があれば遠慮なく話してくださいね。とりあえず顔を上げて楽にして」
すべての希望を聞くかはわかんないけど、あんまり無茶な話じゃなきゃいいな。
「あの、あたしはここの生まれじゃないんです。春先にメダーホルネッソに襲われて、命からがら逃げてきたんです」
「メダーホルネッソ? なるほど蜂型の魔物か」
瞬時にルーペディアによって情報が提供される。それは私の記憶によるとキラービーと呼ぶモンスターのことらしい。でも私が暮らしていたところにそんな生き物が実在していた覚えがないことから、おそらくは空想上の存在だったのだろう。
ルーの知識では、その蜂は女王を頂点にした完全に役割分担されている魔物で、特に兵士蜂は縄張り意識が高く、攻撃的で毒が強いようだ。一方で蜜を集めたり子育てを担当する蜂は、体のサイズも小さく毒を持たない。
「家族も友人も――小さな子どもを守ろうとした父親のほとんどが、なすすべもなく殺されたんです」
避難してきただろう一部の人たちがすすり泣き、悲しみと苦しみがまだ続いていると訴えかけていた。村から逃げてきた人たちなのか、目の前の女性の背中を慰めるようになでたり肩を抱いたりしている。女性は小柄だけど、年齢は二十代後半くらいに見える。
「とてもつらい経験をなさったんですね」
「まだ手足が動かない人もいるんです! お願いです、あたしたちをそっとしておいてもらえませんか」
女性たちはここからだいぶ離れた村から一昼夜歩いて、この集落に着いたらしい。そしていまでも蜂毒のせいで身体が動かない人たちの世話をしながら、慎ましく暮らしているのだという。
亡くなった村人たちを弔うことができるのは、雪が降るくらい冷え込んで蜂の活動が収まってかららしい。それまではこの地を離れる気にはなれないと言い、まわりにいた十数人の男女も激しく頷いている。
「たしかにそれじゃあ放っては行けないよね」
「まめちゃが、こわいのやっつけたげよっか?」
「ありがとう豆太。じゃあ、困ったときはお願いするよ」
おとなしく私の隣に控えていた豆太だが、意気消沈したかように萎んだ下位精霊たちのようすに、妙にキリリとした表情で提案してきた。
豆太って強いのかな。大体なんの精霊なんだ。
「豆太は風の精霊だな。嵐の精霊よりも穏やかで、潮風の精霊よりも愛嬌がある。しかしそよ風の精霊よりは強いだろうな」
「うーん、わからん!」
女性が話しているあいだ、お爺さんたちの表情は曇りがちだった。まだ何があるんだろうか? 幼女のほっぺもプックリと膨れていて、どうやら彼女はご立腹らしい。
「ケガをしている人たちが心配でしょうから、あなた達は家に帰って構いませんよ」
「ありがとうございます。あたしたちは村に帰るためにこんなところで我慢してるんですもの!」
女性を先頭に、そそくさと十数人が広場を去っていく。ここには精霊たちがふわふわと漂っているのに、その後をついて行った精霊は下位精霊が二体だけだった。
「ルー、ここにいる人たちと内緒話はできるかな?」
「ふん、造作もない」
ルーに頼まれたまわりの下位精霊たちが、空中を舞い上がるように何度も縦揺れして、くるりと私と里人を囲む輪を作った。
「かごめかごめみたいだな。さて、それじゃあ詳しく教えてもらえますか? 精霊はここの住人が困っていると教えてくれたんですよ。彼女たちの言い分とは違いますよね?」
この場に残った住民たちはお互いに顔を見合わせてから、期待したような表情で里長を見つめている。その視線を受けて、里長はようやく重い口を開いた。
「わたしどもは皆、元々はその村の出身なのです」
里長から聞かされたのは、あんまり気分が良くない話だった。姥捨山って話が記憶の底から出てきたので、世界が違ってもこんなことが起こるのかと表情が虚無になる。
その村の住人の体毛はすべてメタリックカラーだったので、お互いに助け合い身を寄せ合って生きてきたようだが、十年近く前に住民が増えると隠れ住むには難しくなると、一部の住民が離れて暮らすことにしたらしい。
率直に言えば、この集落の住民は口減らしのために体よく追い出された人たちだった。そのとき選ばれたのは五十人くらいだったが、この地にたどり着く前に一割が亡くなってしまった。それから十年でさらに追放された元村人が合流したり、新しい命が生まれたりして現在の集落になったらしい。
「わたしどもの生活はいまいる者たちでギリギリだったのですが…………」
村から追い出す人の選定基準は、能力の低さ、顔や姿の美しくない者、ケガや病気で働くのが困難な人も対象だったようだ。選ばれてしまった家族とともに村を出た一家もいれば、そのひとりを犠牲に村に残った家族もいたようだ。
そうやって無慈悲に追い出したのに、自分たちが困ったことになったいま、何事もなかったかのようにこの集落で過ごす姿に、複雑な心情を抱くのは当然のことだと私も思った。