のんびり暮らすために最適な土地を探したい
「ならば豆太よ、すぐに聖樹とともに行くぞ」
「ゆくじょ!」
待て待て待て。龍の棲家がどれくらいの広さだと思ってんの? しかもここは未開の地のど真ん中だよ? もっと北にある大河のそばとか、塩を得られる海に面している方がいいんじゃないか。
「精霊が集まればいくらでもダンジョンで手に入るぞ」
「いや、ある程度狩りや農作物で糧が得られないと困るよ。余裕があれば家畜だって必要になるでしょう?」
誰もがダンジョンに潜れるわけじゃないし、人は年をとるんだぞ。連れてくる人材がハンターだけなら、ここに集める意味はないんじゃないか?
「魔力が強い者がおれば、すぐにでもダンジョンがひらけるのだ」
「ルーはダンジョンに住む気なの? 無計画で人を連れてきて、ダンジョンができたら放っておくなんてこと、私にはできないよ。そんなの無責任だからね」
「むぅ」
ルーだってまともな家で過ごしたいって言ってたよね。ダンジョンってそんなに急ぐものなの? このあたりだって資材が足りないようには見えないけどなぁ。
「土地をすべて均せとは言ってないでしょ。なんでむくれてんの?」
「我にはすぐにでも新しいダンジョンが必要なのだ」
なんで!? 理由は言わないの?
「だとしても場所が先です。大型の肉食獣に襲われて全滅したら悲しいでしょ」
「そうだな精霊たちが悲しむか」
やっぱり精霊第一思考なんだな。これは私が注意しないと家が建つ前に大工さんがいなくなっちゃうよ。
「とりあえず国境………………」
うん、国境は心配ないわ。ルーがこの地を見下ろした映像が脳裏にあらわれたことで、防衛は無視していいことがわかる。
北側の山脈は標高七千メートル級が東西に連なっていて、ドラゴンでも通り抜けることができない壁をつくっている。山脈の北側の麓は深い森林地帯でふたつの国と面してはいるが、三メートルを超える熊などの猛獣が縄張りとしているため、理由なく立ち入る者は少ない。
海は船を浮かべたとたんに、間違いなく大型の魔物に沈められる。したがって、必然的に漁業は入り江などの大型魔獣が侵入してこない場所で行うことになるのだ。
「この星で遠洋漁業は不可能だな。それにめっちゃ広いと思ってたけど、北海道よりもちょっと狭そう――そうだった。大ダコを捕まえないと!」
大イカでもいいが、気持ちいい寝具には絶対にクラーケンの投網が必要だ。この海に住むイカやタコはスミを吐かずに網を投げてくる。捕食や敵を拘束して逃げるために吐き出す網は、海水に浸すと数時間で溶けてしまうが、適切な処理をするとすこぶる長持ちするのだ。
網はさけるチーズのように極細の繊維からなっていて、織るとシルクのようにものすごく肌触りがいい。だが、その細い繊維を丁寧に解いてから織りなおす作業は、帝都でも腕の良い職人に頼まないと台無しになってしまう。
小さな個体から集めるには、あまりにも気が遠くなる作業なので、ルーは二十メートルくらいありそうな個体を狩っては、職人たちにシーツなどの寝具へと加工させていたのだ。
美しい光沢があり通気性と保湿性に優れたその布は、お金を積んでも簡単には手に入らない品なのである。
「我の部屋にあったものを回収するか?」
「帝都の? それは止めとこう」
「ゆくじょ?」
「いや、行かないよ」
豆太は出鼻をくじかれて、トイレを我慢している子どもみたいにもじもじしている。とはいえ帝都は私たちにとって鬼門だ。しばらく姿を見せるべきではないと思う。
それにしても新しい暮らしをは始めるとなると、なにかと入用になるんだな。ぶっちゃけ、皇帝が用意していた部屋の家具は惜しい。
レンオアム公爵家としての衣装や装飾品はどうでもいいが、朝日がまったく差し込まない厚手のカーテンや、芸術品のような天蓋つきベッドと彫刻が美しいドレッサーは使ってみたかった。ルーが愛用していたカウチソファは誰かにあげちゃったのかなぁ。
「では精霊界に行くか」
龍体になればこの土地を見てまわるくらい一時間もかからないのに、ルーはなにをそんなに急いでいるんだろうね。最悪、一晩くらい徹夜してもいいじゃないか。星空を眺め、夜行性の生き物を観察するのも私は好きなのだ。
「……承知した」
なにが不服なの? ルーは見飽きちゃったのかな。
「じゃあ、住みやすい場所を選んでからライフラインを適当に整えようか。その後、精霊に人材探しを頼む――で問題ないよね」
「精霊が先は譲らぬ。大陸中を探すのだぞ、時間はいくらあっても足りぬ」
「えっ、そんなに多くの精霊に声なんかかけたら、国ができるくらいの精霊持ちが集まっちゃうんじゃない?」
多すぎたらそれはそれで問題が発生するから、私は最小限にしときたいんだけどな。
「村すらない土地に来たい者など、多いわけがなかろう」
言われてみればそうだね。武器すらない状態で、ナイトサファリを徒歩で楽しむことなんかできっこないし。そんなところでの生活はストレスてんこ盛りだろう。せめて村のまわりには深い堀と、高い柵が必要だわ。
精霊がバックアップしてるんだから、どこのギルドでも引く手あまたで売り手市場か。そんな人が超絶ド田舎ゼロスタートを望むわけないもんな。
「なんか切なくなってきた」
「だからこそ迫害を受けている者から選ぶのだ」
「そうだね、それなら探すのは大変かも。隠れ住んでいる場所を探すんだもんな」
虐待がヒドすぎて歪んだ人ばっかりだったらそれも苦しいんだけど、精霊たちはそこを汲んでくれるのかなぁ。
それこそ砂漠に落ちた米粒くらい――――米かぁ。どっかにあればいいな。ルーは甘味以外に興味ないもんな。実際に植物を見たら米かどうかは判断できそうだけど。まあ、白飯はいまは後回しだな。
「そしたら精霊界でスカウトを募集しようか」
「まめちゃもしゅかうとしゅるよ」
「豆太は良い仔だの」
ルーさんや、相変わらずかわいい孫にデレデレですな。いまのはさすがに自覚した。私の目尻は極限まで下がってるよ。
「あ! 聖樹の果実はいくつかもらっとこう」
「要らぬだろう」
「なんで? 備えあれば憂いなしって知らないの?」
「美味くはないし、我は病気になどならぬ」
「私はこの味は嫌いじゃないね。ルーは砂糖でも舐めときゃいいじゃん」
龍の味覚ってみんな残念なのかな。ルーが特別に可哀想な個体だったらどうしよう。今後の食生活に不安が残るわ。
「とりあえず五個もらうね」
貴重だから亜空間収納にしまっとこう。
「わぁっ!」
風もないのに突然バラバラと果実が落ちてきた。慌てて聖樹から飛び降りて拾ったが、外皮には傷一つついていない。
「こんなにたくさん、私にくれるの? すごく嬉しいよ」
五個で十分だったのに、その三倍ほど恵んでくれた聖樹は、私の感謝の気持ちを感じ取ったのか、青々と繁った葉を二枚落としてきた。
「フム。チカよこれは大事にとっておくが良い」
「ありがとう! 大切にするね」
聖樹がポータルを開いて、私たちを精霊界へと導く。そこは見渡す限りどこまでも続く草原だった。色とりどりの花が咲き、下位精霊が自由気ままにふわふわと漂っている。
精霊には王も女王も存在しない。統治も支配もする必要がないからだ。
「では小さき精霊たちよ、我らは家を建てるに長けた者を探しておる。各地に赴き不便を強いられている者や、不遇に扱われている者を見つけてきておくれ」
ルーはその場にいる精霊にそう頼むと、おもむろに両手を差し出した。精霊たちはハイタッチするかのように一瞬だけ触れると、雪のように消えていく。もちろん豆太も一緒に消えてしまった。
「いまのは何をしたの?」
「先払いだ。我の魔素をわけたのだ」
私は精霊界に興味津々で、あちこち見てまわりたかったのに、ルーはその場にゴロリと寝転ぶと、あろうことに居眠りをするため目を閉じてしまう。
「マイホームの予定地はどうするのさ」
私の意識が優先されていると思ったのに、ルーに合わせてあっさりとブラックアウトしてしまった。
「きれーで、ふさふさで、きらきらなのよ」
その声で私は覚醒し、目の前には興奮気味に足踏みしている豆太がいた。