990.さぁて交渉始めましょうか
SIDE:???
「そう、ありがと。映像もばっちりよ。先に行って待ってるわ」
ヒロキからの電話を受けた散紅は、電話を切ると、悪女のような笑みを浮かべた。
「さぁ、皆様参りましょうか。交渉のお時間ですわ」
散紅は社長以下、数名の仲間たちに振り返る。
「それでは、本日は皆様よろしくお願いしますね」
外部からのメンバーも引き連れ、月下散紅が動き出す。
彼女の背後に聳え立つは阿久井田社長が心血注いで作り上げたアイドル事務所。
今より彼らは、奇襲を掛ける。
アポイントメント? それこそ不要だ。
なぜなら彼女たちは、この事務所を滅ぼしに来たのだから。
「ごきげんよう。阿久井田社長はいらっしゃる?」
事務所に入ると、目の前にはカウンター。
何も知らない受付嬢たちがどやどやと入ってきた人々に面食らう。
「あ、あの、アポイントメントはございますか?」
「申し訳ないのだけどありませんわ。本日は我が社のアイドルを無断起用した挙句アダルト系デビューを強要した件についてお聞きしに参りました。社長が出られないのであれば取締役でもいいですし、副社長でも構いません。どのみち、この事務所全体に波及することですし、ああ、別に私どもは書面で大々的に伝えてもよろしいのですよ。どうかしら? 社長は対応くださるかしら? アイドル事務所RCSが来たと言ってください。それと、居なかった場合は出るところに出させていただきます、と」
「か、かしこまりました」
ただ事ではない。そう理解した受付嬢が社長へと連絡を取り始める。
状況をしっかりと説明したのだろうか、途中何度かヤバそうな人たちです、と聞こえた気がするが、散紅はあえて無視を決め込む。
「失礼しました。社長がお会いになるそうです。3階の応接室にお越しください」
「あら、場所は教えてくださらないの?」
「あ、案内板がございます」
「そう。まぁいいわ、弁護士さん、参りましょう案内板があるらしいわ」
「べ、弁護士!?」
驚く受付嬢を放置して、散紅たちはエレベーターを使って三階へ。
三階へと辿り着くと、案内板を探す。
「おやおや、応接室が三つありますわ」
「随分と杜撰な案内だね。とりあえず第一応接室に向かうかね?」
「いえ、せっかくですし第三応接室に向かいましょう。応接室としか聞いていませんもの、どの応接室に向かってもよいのでしょう」
「ちょ、ちょっと散紅君。さすがにその辺りは常識的に行くべきでは?」
「あら社長さんは律儀ねぇ。弁護士さんどう思います?」
「そうだねぇ。せっかくだし第三応接室に行こうじゃないか。面白そうだし」
「さすがヒロキのテイムキャラというべきか……いいのかアレ?」
「私に聞かれても困りますよブレイドさん。レイレイもなのさんも気にしてないですし、流れに身を任せましょう」
皆ぞろぞろと応接間へと向かう。
第三応接間でゆったりと待つ。
かなり待たされることになるのは理解の上だろう。
案の定、小一時間待たされた彼らの元へ、阿久井田社長がどばんっと扉を開いてやってきた。
「こ、こんな場所に!? いくら待ったと思っているんだ!?」
「それはこちらのセリフです阿久井田社長。私どもは三階応接間に向かえと言われたのに一向に誰も来ませんでしたのよ。受付嬢に聞けば案内板に従えばいいというから、応接間にやってきたというのに。お茶の一つも出ない。遅れるという連絡もない。本人も全然来ない。これが貴方の事務所の接客態度なのかしら?」
「この女ぁ……」
「まぁいいですわ。ようやく来たのですし、話を始めましょうか」
「ふん。何の話か知らんが、私には関係のない話だ」
ずかずかと部屋に入ってきた阿久井田社長は散紅の対面にあるソファへとどかりと座る。
両腕を組んで貴様の思い通りになるとおもうなよ、と言った態度で話をすることにしたらしい。
なぜか社長以外のメンバーは呼ばれていないようだ。
「あら、副社長や他の方は呼びませんの?」
「ここの長は私だ。他が必要か?」
「おや……これは失礼。では単刀直入に。ウチの昇龍オガムがマネージャーの持ってきた仕事場へ向かったのですが、悪漢に襲われました。聞けばマネージャーが持ってきた仕事は阿久井田社長から貰った仕事であるとか。悪漢も貴方に命令されたとか聞いたのですが」
「ははは、なぜ私が君らの事務所のアイドルに仕事を斡旋せねばならんのかね?」
「その通りですわ。なぜなのかしら? ほら、こんな感じで仕事を取ってこられたの」
それは少し前、ヒロキから贈られてきた映像だった。
悪漢たちは確かに阿久井田社長に頼まれたと告げ、マネージャーは蹴り飛ばされていて、アイドルへと向かう男たちの映像。
フードに手を掛ける寸前で映像は途切れていた。
「さて、もう一度お聞きしますわ阿久井田社長。なぜ、ウチのマネージャーにこのような仕事を斡旋したのかしら?」
「……知らんな。大方私を貶めるために自作自演でもしたのではないかね?」
ふぅ、と息を付き、阿久井田社長は焦りすら見せずに告げる。
絶対に自分に被害が及ぶはずもない。そう確信した態度に、散紅は相手にとって不足なし、と挑戦的な笑みを浮かべるのだった。




