982.バハルナ大炎上事件
SIDE:???
その日、オリアブ島の人族が住まう町の一つ、バハルナにて事件が起きた。
国民のほとんどがその光景に恐怖を覚えたとされている。
国中にいた、猫たちが、突如一斉に走り出したのだ。
今まで見回りをしたり、暇そうにしたり、にゃーごと鳴いていた彼らが、脇目もふらずに一斉に、である。
ダイラス・リーンから来ていた船乗りたちもそれを見ていて、彼らは一様にウルタールの猫だ、と声高に叫び出す。
中には恐怖でおかしくなった者まで現れた。
ウルタールの猫、その噂は、バハルナの住民もそれなりに知っている。
猫が一斉に動き出し、一つの家から人影が消えたのだ。
それは猫を粗雑に扱ってきた者だったが、今回は違う。
否、その恐ろしいことがあってから、ドリームランド各都市に猫の恐ろしさが噂として伝わったのだ。そんな猫たちが、今回は天王星の猫や土星の猫まで一斉に、一か所向けて殺到していくのである。
何が起こったか、否、その一か所に存在する建物を見て、その建物の主が一体何をしてしまったのかと、国民たちは恐怖に怯えた。
国主の屋敷、この国の中でも有数な有力貴族の一人だ。国主とは言うが区画を区切って数人の国主がこの都市を納めている。そのうちの一人の屋敷に、猫たちが集まっていた。
その猫たちは、普段の怠けたような顔は一切せず、敵対者を見つけたような厳しい顔で、キシャアと威嚇し始める。
民たちは理解した。国主が猫を敵に回したのだ。
地球の猫だけでも恐ろしいのに、他の星から来た猫たちまで集っている。
国主はダメだ。もうダメなのだ。そして、国主がやらかしてしまったならこの都市に住まう自分たちも、ただでは済まない。
絶望にひざを折る者、その場で天に祈りを捧げるモノ、普段可愛がっている猫が凶悪な獣となったことを知り泣き出す子供。様々な人々が見守る中、不思議な存在が屋敷に向かってやってきた。
一人は青い肌の女。
否。女性に見えるがその姿を構成しているモノは全て、鋭角だ。丸みを帯びたモノは一切存在しない、角で出来た生物。その女の周囲には死臭が立ち込め、あまりの臭いに皆涙目で鼻をつまんでしまう。
もう一人は燃える女の形を取った炎の塊。
明らかに人ではない。人であってはならない存在。
見ているとその炎の揺らめきに魅せられ、揺らめく蛾のように彼女に飛び込んでしまいたくなる。
だが、それは悪手だ。その炎に触れたが最後、きっと人間は瞬く間に炭化して消滅することだろう。
「ば、蕃神……」
「ば、馬鹿な!? なぜ、こんな場所に!?」
蕃神、それは人が敵うことはない絶対的な外なる神。
出会ったが最後死を覚悟すべき異形の存在。
見ただけで精神に異常きたし、敵対するまでもなく気が狂って自死を選ぶ程の見てはならない存在だ。
そんなバケモノが、二体。彼らの前を歩いていた。
猫たちは一切彼女らに敵意を向けない。
つまり、これは国主のやらかしが原因なのだ。
彼らは国主が招いてしまった厄災なのである。
「お、終わる。この都市が、バハルナが……」
「あのデブ野郎、絶対何かやらかすと思ってたんだ……」
「こんなことなら、早急に殺すべきだった。反抗組織は正しかったんだ!」
「畜生、俺、先日結婚したばかりなんだぞ!」
絶望する彼らの前で、二人の蕃神が浮かび上がる。
空へと飛び立つ二体の化け物に、もはや二の句も告げられない。
彼らは等しく理解したのだ。終わったのだ、と。
だが、それは杞憂であると知る。
彼女たちは町を破壊することはなく、国主のいるだろう場所へと窓を粉砕して入っていき、しばらくすると玄関から現れた。
中にいたと思しき四人の男女と共に、戻ってきたのである。
否、男女、などと呼べるモノではない。
ソレは一目見て理解できる劇物だった。
少女の形をした人ならざる存在と、黒い人型が人であるように動く冒涜的なナニカ。それとピエロのような恰好をした、邪悪なる異物。
青い肌の蕃神と、炎の蕃神すらも従えて、用事は終わったと無数の猫が後ろへとやってきて、小さな少年がその中心を歩く。
一度振り返って少年は何かを投擲した。
次の瞬間、国主の屋敷が爆発した。
彼らはそれで理解した。国主はやってしまったのだ。
蕃神すらも従え、猫たちが争うのを止めてまで認めた夢見人。
そんな危険な人物に対し、やらかしたのだ。
誰ともなく、彼らが近づいた瞬間、膝を折って頭を下げる。自分たちは、敵対する気はないと告げるように。
それはまさに新たなる主の凱旋。燃え盛る屋敷を背景に、彼らはゆっくりと去っていく。
人々は恐怖におののき、その一団が過ぎ去るまで、ただただ何かに祈り、その場に首を垂れるのだった。
後日、国主だった何かは警備隊の生還者により救出されたものの、すでに精神を壊し、愚か者の末路をバハルナ中に見せつけたのだという。
後に【神々を従えし者の凱旋】と呼ばれる伝説となったこの話は、その夢見人に手を出してはならない、という教訓をバハルナばかりか、ドリームランド中に刻み付けたのだった。




