967.山姥と俺、時々アホウドリ
「むぁてぇぇ、にくぅぅぅぅ!!」
コトリさんやスパウさんがいれば迷いなく撃退の一手だったんだけど、ここにいるのは俺とリテアさんとフェノメノンマスク。
そしてスキュラさんとテインさんなのでテインさんが戦ってくれれば、と思ったらあの野郎真っ先に角使って逃げやがった。
遥か下の方へと一瞬で移動したテインさんを追うようにスキュラさんが足元の犬たちを走らせ、ポチに乗ったリテアさんが空飛んで脱走、フェノメノンマスクと俺が全力疾走で包丁、というかもう鉈か? なんか四角い形の包丁っぽい奴持って追っかけてくるババァから逃げる。
「若い肉ぅぅぅ! 捕まえて絞って抱いて抱いて抱きしめて引き裂いて叩いて肉にして性的にも物理的にも食ろうてやるわぃ!!」
「ええい、死ね!」
フェノメノンマスクが懐から試薬を取り出し背後に投げる。
ババァが踏みつけ大爆発。
威力やべぇ!? 下手な地雷より強くね?
「やったなぁ坊主ぅ!!」
ババァ無傷!?
服がいろいろ爆発で吹っ飛んでるけどババァは無傷だ。
「これならどうだ!」
凍結系の試薬だろう。
背後に投げた瞬間その場を凍らせていく。
ババァは凍った足場で足滑らせてすってんころりん。移動速度上がったじゃねぇか!?
「いや、移動というか、転んで落下してるだけ……嘘だろ!?」
凍結地帯を抜け出したババァは受け身を取る様に転がると、体勢を整えすぐさま走り出す。
ちょっと差が縮まっただけじゃん!
「ええい、くらえ!」
レーザー銃で牽制するが、ババァは巧みなステップで避けていく。
くっそ、無駄にどや顔披露された!?
回避スキル持ちかよ!
一回転して三回転ジャンプ決めやがったのは俺への当てつけかオイ!?
投げキッスしてんじゃねぇ!?
「これなら、どうだ!」
三度試薬投擲。
今度はあの唐辛子エキス入り試薬だ。
凄い激辛が周囲に広がる。
「ぎゃあぁぁぁ!?」
悲鳴をあげるババァが転がって、また速度が上がる。
何でだよ!?
クソ、何か、何かないか!?
ついに中腹までやってきた。
駆け抜けながら間抜けに歩いていたアホウドリを掴み取る。
くらいやがれ!
涙と鼻水に塗れながら駆け下りてくるババァにアホウドリを投げつける。
「あいさ!」
アホウドリは包丁により三枚に下ろされた。
アホウドリ――――っ!?
そのまま肉を喰らいながら迫りくるババァ解体直後の生肉食べるとか人間じゃねぇよ!?
「ヒロキさん、二手に分かれよう!」
「は? あぁ!?」
言うが早いかフェノメノンマスクが右側へと逸れていく。
たまにババァにアホウドリを投げつけ視界を奪い、アホウドリの群れに紛れて消え去った。
あの野郎、俺に擦り付けやがった!?
「ちぃっ、一人見失ったかい? まぁいい、その肉置いてけぇぇぇ!!」
俺の肉なくなったら俺が死んじまうわ!
ええいこうなったら仕方ねぇ!!
生贄、召喚!
輝くトラペゾヘドロンを取り出し召喚。
ニャルラトホテプさんが一体、ババァの前に躍り出る。
「にぃくぅぅぅ!!」
「っ!?」
驚きつつもなんとか対応するニャルラトホテプさん。足止め頼んだ!
俺はそのまま山の麓まで駆け抜け、合流した皆と共にアイテムボックスから取り出した小型艇へと乗り込む。
「むぁてぇぇぇ!!」
ババァとダンスしながら一緒に駆け下りてくるニャルラトホテプ。なんで意気投合してんだよ!? いや、攻防の真っ最中か? ダンスにしか見えんぞその動き。
ええい発進!
二人が近づいてくるよりも早く小型艇が空へと舞い上がる。
「肉置いてけぇぇぇ!!」
ニャルさん置いてくから許してくれ。
ニャルラトホテプは俺どうしたらいいの? と困惑しながらもババァと踊る様に両手合わせて遊んでいた。
何やってんのあいつ? まぁいいや。馬が合うようだし婆さんの相手は任せるぜ!
「ふぅ、何てヤバい島だったんだ」
「アホウドリと桃は癒しだったんだがな」
「つかフェノメノンマスクさんよ、あんた俺売っただろ」
「何を言うんだ。二手に分かれてたまたま、そう、たまたま奴がそっちに行っただけだろう」
ぜってぇ確信犯だっただろ!
「しかし、こんな場所に老婆が一人、か」
「多分アホウドリ食べて過ごしてたんでしょうね。テイムキャラだったのに、ヒロキったら何でテイムしないのよ」
「老婆はさすがにちょっと」
「テイムするような余裕もなかったみたいですし、アレは仕方ないかと」
さすがに追いつかれたら俺だけで勝てたかどうか、いや、レベル差で何とかできるか?
いやいや、あのババァイベントエネミーだし、下手したら鞍馬天狗並みに強いかもしれんから、逃げきれてラッキーくらいに思っておいた方がいいと思う。
もうあの桃源郷には近づかない。
俺たちは肝に銘じたのだった。




