966.山の上の鬼婆
皆に押される形で山登りが始まった。
なんで皆俺を先頭にさせたがるんだよ。
え、イベント起きてテイムするならヒロキが前? 知らねぇよ。
しかし、この山はまるで誰かが昇るために作られたみたいだな。
普通に麓から山頂への曲がりくねった道あるし。
そこまで高い山ではないが、昇ったら結構な時間かかりそうだな。
敵が出ないおかげで移動はスムーズ。
たまに鳥が近くに降りてくるけど、攻撃する気配もないし、どう見てもアホウドリなので放置で良いのだろう。
たまにパフィンっぽいのも混じってる気がするけど、あ。不用意に近づくなよスキュラさん。
「何だこいつら?」
近寄っても逃げる気配なく、そーっとスキュラさんが持ち上げると、それまでの動きを止めて大人しくなる。微動だにしない鳥を持ち上げたスキュラさん、とりあえず持ってこないでくれません? 対応に困るんだけど。
「いや、無駄に綺麗な瞳してんなオイ」
「こいつら逃げることしねぇし、捕まえ放題だぞヒロキさん」
フェノメノンマスクまで捕まえてるし。リテアさんもペットに一匹とか……まぁそれは好きにしたらいいけども。
「ウチはシマエさんがいるからいらんかな」
「とりあえずここから去るまでなら、抱きしめててもいい?」
「スキュラさん実は結構気に入ってる?」
「可愛いですわよね?」
ソウデスネ。
「なるほど、鳥どもは外敵がいないから逃げる必要がないのか」
「あー、だから捕まえても他の鳥も逃げないのね」
ねーっと捕まえた鳥に同意を求めるリテアさん。
意外とそういうの好きなんだなぁ。
鳥は一切微動だにしないのが逆に不気味に思えてきたな。
鳥たちは中腹くらいまでは大量にいたんだけど、中腹を超えるとなぜか一切いなくなっていた。
リテアさんたちに抱えられていた鳥も、中腹越えようとしたら慌てたように手から脱出して中腹側へと逃げ去って行った。
一応恐怖心みたいなのは存在していたらしい。
ということは、この上に何か恐怖を覚える存在がいるのはいる訳か。
でもそいつだけが脅威なので俺たちには一切恐怖を抱かなかった、ということかな。
警戒しつつ山頂へと向かうと、まさかの一軒家。
藁ぶき屋根でどっから持ってきたのかと思える木造建築物である。
戦国時代とかの山奥にある一軒家、みたいなおんぼろ家で、入り口は障子戸になっていた。
え。これ開くの? なんか怖いんだけど。こんな場所に家? どんな生物が住んでんの?
恐る恐る家へと近づく。
入り口前に立つけど、一切の変化はない。
扉開いて中に入らないとイベントは起こらないようだ。
って、お前らなんでいつでも逃げれる体勢なんだよ!?
俺から距離取ってどーすんの!? むしろ俺を守るべきじゃないんすかテインさん!
ええい、蛇が出るか蛇が出るか。あれ。両方蛇だ。なんか違うぞ!?
ツチノコさん連れてくりゃよかったな。
「よし、開くぞ!」
自分に言い聞かせるように、勢いよく引き戸を開く。
そして視界に入った光景に、俺はしばし呆然とし、そっと引き戸を閉めるのだった。
「お、おい、ヒロキさん? なにがあったんすか?」
「老婆がいた……いたんだ」
「お婆さん?」
「垂乳根の老婆が法被みたいな地味な服と赤褌だけ着て、ほぼ全裸で右手を上に、ピストル型に手を握ってて、腰に逆の手をあてて腰振りながらイエェェとか言ってた。ナイトフィーバーしてた、んだ……」
表情が抜け落ちたまま、俺は告げる。
今、何を見たのか、自分で言ってても理解しきれない。
あまりにも情報量が多すぎて脳が理解するのを拒んでいる程である。
ああ、そうか。これが、正気度消失……
「……ろっ…………しっ……」
「ヒロキ君、戻ってきて!」
「ヒロキよ、垂乳根は枕詞であって乳の垂れた女という意味じゃないぞ?」
はっ!?
何だったんだ今のは!?
幻覚? いや、そんなまさか。
「どうしたんだよヒロキさん?」
「何を見たの?」
「ああいや、うん、多分気のせいだと思う。あばら浮き出たババァが目の前でナイトフィーバーしてた気がしたんだ」
「なんだそれ? ちょっと失礼」
と、俺の代わりに引き戸の前に立って悪夢の扉を開くフェノメノンマスク。
そこには……こちらを見つめながらだっ〇ゅーの態勢、あるいはキャ〇ーンにも似た態勢でウインクする胸がぶらぶらしてるババァが立って……静かに扉が閉じられた。
「フェノさーん? おーい?」
宇宙を垣間見たような表情で立ち止まるフェノメノンマスク。
これはもう確定だろう。ここには老婆が一人いる。それだけなのだ。
「テイム、するのか?」
「さすがに婆さんはちょっと」
覚悟を決めて、俺は引き戸を再び開いた。
「失礼、お話を……」
「くひゃははは! 肉じゃぁ、久々の鳥以外の肉が来たぁ!!」
包丁持った老婆、いや山姥が小躍りしながら嬉しそうに叫んでいた。
俺らは脱兎のごとく逃げ出した。




