748.渚に関わるエトセトラ8
「皆さんお疲れ様です」
ん? 見知らぬ声?
悪楼を撃破して休憩中の俺たちに、一人の女性が近づいてくる。
といっても、上半身は女性で下半身が魚なのだけれど。
背中に羽が生えているソイツは、地面すれすれを飛翔しながら俺の元へと着地した。
切りそろえられた紫の髪に、利発そうな瞳。そしてくいっと上げる眼鏡が特徴的な。いや、眼鏡!?
なんで魔物が眼鏡してんの!? どこのキャリアウーマンだよって雰囲気出てるよ?
「初めまして。母よりあなたたちの願いを聞き届けるよう遣わされました。セイレーンでございます。聞けば歌のコーチを願いたいとか? でしたら大きめの水槽をソレに入れる海水を所望します」
それ、多分自分が乾かないように、ですよね?
「コーチ願いなのでテイムとかされる必要はありませんよね? では案内お願いします」
今からっすか。もうちょっと休憩を……
「タイパの無駄ですよね。さぁ歩く体力は戻っているはず。ハリーハリーハリー」
セイレーンさんに急かされ、俺は仕方なく立ち上がる。
あ、ちょっとだぬさん、フェノメノンマスクも。俺らここで抜けるわってどういうことっすか!?
未知なるモノさ、え、こいつらの面倒見とく? 嘘だろ、あんたもかブルータス!
仲間に裏切られた俺は、一人寂しくテイムキャラたちと共にアルケスへと戻るのだった。
畜生、せっかちさんめ。
ちなみに、フェノメノンマスクはシルキーさんかローンさんをテイムするまで帰れませんを開催するらしい。だぬさんと未知なるモノさんはソレに付きそう形になるそうだ。
それはどっちがきついかわからんな。むしろ手伝うことにならなくてよかったような気もする。
道中、セイレーンさんにコーチに関しての話を告げておく。ピアノの霊とベートーヴェンの霊も一緒にコーチングして三日レッスンして一日休みという訓練手法をおこなうことにしたのだ。
四日連続で行うと死ぬからね、おもにピアノ霊の特性のせいで。
「呪いのピアノを活用するなんて考えたわね。でもそれなら振り付けは大丈夫?」
「一応、とあるアイドル養成施設にアイドルの霊がでるらしいからテイムしてこようかな、と」
「そう。では訓練所と私の静養場所を案内してください」
皆を引き連れてまずは貸倉庫へ。
すでに運び込んだ呪いのピアノさんが鎮座していらっしゃった。
ベートーヴェンさんに聞いたんだけど、同じ霊は四日以上聞いてても死ぬことはないそうだ。まぁすでに死んでるからね。
「なるほど、ピアノの音が周囲に聞こえても、これならば死ぬ人はいなさそうね」
ここは夜人気がなくなるからな。
まぁ、そんな場所に毎日来るような奴なんてヤバい奴だけだろうし。
一応ピアノの音が聞こえ過ぎないように壁には音を遮断する素材張り付けてるんだぞ。無駄に高かったけど俺の資金力なら問題なく買えた。
アイテム売り払うだけで元取れるくらいだからな。
とりあえずルーム特性の売買項目から巨大水槽と海水を買っておく。
セイレーンさんが来たことで選べるようになっていたので専用イベントアイテムという奴だろう。
「では次に静養所をお願いします」
「事務所で良いかな?」
アルケスの事務所に案内することにした。
俺の家でもいいけど、この貸倉庫に来るならアルケスからの方が早いのだ。
「あら、声が聞こえるわ」
「お、オガムさんが歌ってる」
結構酷い歌声だ。
セイレーンさんも歌が聞こえるじゃなくて声が聞こえると言ってることから、歌とは認められていないらしい。
「これは酷いわね」
「歌のコーチ、お願いします」
「随分とやりがいがありそう。ちなみに私はコーチすることで何かしら恩恵はあるのかしら?」
「この先に社長さんがいるんでそこで交渉しましょう」
「わかったわ。こちらも主張を考えておきましょう」
性格的に秘書タイプみたいだし、ここのスケジュール管理とかさせたらよさそうな気もするな。
とりあえずしばらくは何ができるか見ていくのがいいだろうな。
社長さんを顔合わせして二人で契約内容を交渉し始める。
その間に俺はこの部屋にも水槽を買ってセイレーンさんの生活環境を整えていく。
よし、こんなところか。
ある程度の状況は整えられたな。
交渉中のソファに空いてるところがあったので座らせて貰う。
ふむ。交渉自体は結構スムーズに進んでるな。
俺の出る幕はなさそうだ。
なんかすげー難しそうな話し始めてるし、こういうの見ると人よりAIの方が優秀だなぁって思わずにはいられんな。
いや、普通にこういう会話、事務所では行われてることなんだろうけどさ。あー、俺はこういう仕事とかが嫌だからゲームのチューバーになったのに、なんでこんな場所にいるんだろう?




