718.泥船乗ってアイドルデビュー2
何だ、これ?
俺たちは地図を頼りにアイドル事務所『泥船』へとやってきた。
外観は、そう、今にも崩れそうな箱物オフィス、かな。
三階建てのコンクリート仕立て。一階は駐車場で左側にドア。スライド式のドアを開くと階段があり、二階と三階に行ける。
一応このビル全部が泥船のオフィスらしいけれど、大丈夫か、これ?
なんかもう最初から泥船感満載だぞ。
沈むぞこのオフィス。
ともかく、一応可能性は捨てきれないので二階へ向かう。
応接室がここらしく、ドアを潜ってみると応接室兼受付カウンターとでも言うべき施設が顔を出す。
「え? 誰?」
「あー、ここってアイドル事務所、ですよね?」
「……」
「……」
扉を開くと受付カウンターに座っていたくたびれ顔の女性と、奥のソファに大の字で座っていたよれよれスーツのおっさん、ぐーすかいびきをかいている眼鏡のオタク系青年がいた。
青年は寝ていたのでおっさんとお姉さんの目がこちらに向けられ、お姉さんが誰? と聞いてくる。
いや、誰ってここに来たんだしアイドル志望かアイドルへの依頼持ってくる人……アイドル、っぽいのいないな。
「あっ、ああっ、そう、そうです! そうですよ、ねぇ所長!」
「お、おお、そう、そうだよキミ! 「んが?」 ここはアイドル事務所『泥船』だよ!!」
慌てて居住まいを正し始める二人。おっさんがばしっと叩いて青年を起こす。
ネクタイを締め直し、身なりをきちんと……まぁ、きちんとした、と言ってもいいだろうよれよれだけど。
「やぁ、希望に満ちたアイドル志望者は誰かな? もしかして全員かい?」
「あー。まず一つ聞きたいんすけど、他のアイドルは?」
「っ」
びっくーんっと息が詰まったような顔で停止するおっさん。
受付嬢はそそくさと奥へ引っ込み何かひっくり返す音が聞こえてくる。
「し、失礼しましたー。泥船系アイドル、落日オシムでぇーっす」
若い受付嬢だと思ってたらこいつがアイドルかよ!?
しかも芋臭さが抜けてねぇ。絶対落ち目のアイドルか鳴かず飛ばずだろ!
「ま、マネージャーさん、これ、無理くない?」
「い、いやいや、そこの透明なキミ、落ち着き給え。ここはアイドル事務所だ。しかも正規の手続きを踏んでる数少ない正当な事務所だぞ! カネムシリ事務所とかに向かうより断然、断っ然マシだぞ! うん。ほら、契約書を書こう。絶対にアイドルデビュー間違いなし! 必ずアイドルに成れる事務所だよHAHAHA」
「怪しすぎるぜおっさん」
「さすがに、無いかなぁ」
「この事務所絶対外れある。ヒロキさん、ほんとにここで良いあるか?」
いいか悪いかで判断するな。
いや、ディーネさんをデビューさせるにあたっていいかどうかなら、ベターだろう。
大手の十把一絡げアイドルにされるよりは一発の当たりが出る可能性が高いのが零細企業だ。
しかもここまで終わりかけの正規事務所であるならば。
「おっさん。条件としてマネージャーは俺がやる。ただアイドル関連の知識はそっちに教わりたい。条件はここに書かれてる通り、どうする?」
俺が差し出した契約書を手にしておっさんは唸る。
「少年君、あれって僕に使うから一枚くれって言った契約書だよね。悪魔の契約書は絶対なんだけど、大丈夫なの?」
「え? 悪魔の契約書?」
耳ざとく聞いていたおっさんがびくっと焦る。
「守る分には問題ないだろ。条件もしっかりと書き込んでるし、ヤバい言い回しや、後から曲解できる言い回しも書いてない。あくまで対等な契約だ」
「はは、これを対等だとか君も意地が悪いな。だが、悪くはない。少し商談しようか。契約するのはその後でどうかな?」
「良いだろう。それはこっちの条件だけであってそちらの主張は入ってないからな」
そう告げて、俺はおっさんの対面にあったソファに座る。
ん? 青年君は何して……ああ、一応こいつがマネージャーなのか。
今回の書記をしてくれるようだ。
「案内人君、悪いけど同席頼む。他のメンバーはそこのアイドルらしい受付嬢さんと話しといて」
俺の隣に案内人君が座る。
彼は交渉とかしたことないですけど? と不安そうだったけど、俺だってそういうのしたことないって。
いいか、こういうのはノリと勢いで乗り越えられるもんだ。あとは案内人君が俺の気付かない細かいことを指摘してくれればいいんだよ。
「では、まずこの売り出し方に関して君に一任、と書かれているが?」
「俺としてはアイドルとしてデビューさせたい奴がいる。他はそいつのおまけだ。しかしあんたたちの手腕が分かっていない以上自分でやった方がいいと思ってる。とはいえある程度の取り回しと暗黙の了解。挨拶しておく裏の顔さえ教えて貰えればとは思っている。あとはこちらで売り出せるからな。欲しいのは正規のアイドル事務所からデビューしたという実績だけだ」
「なるほど、確かに私や彼の手腕はそこまでない。とはいえ事務所として契約する以上何も口を出さない、では済まされないだろう? 彼をマネージャーとして付けさせてもらうが?」
「邪魔するのでなければ、助け舟を出してくれるなら是非にお願いしたいですね」
「なるほど……」
腕を組んで唸るおっさん。
「楽曲は?」
「本人は持ちネタが数曲、他はほのぼの日常オンライン内の主題歌とか挿入歌が歌える感じかな」
「ふむふむ。ならばいきなりの売込みでも問題はないか。後は所作と暗黙の了解などの諸注意にさえ気を付ければ十分売込みができるな。しかし、やはり下手なプロデューサーに当たると潰される可能性がある、そこは彼に任せたいが、勢いで押し返される可能性も捨てきれん、その場合我が社もまとめて消滅危機になるのだがね?」
「現状を続けるのとどっちがマシです?」
「……一つ、条件がある」
「聞きましょう」
「落日オシムも売り出してくれ」
おおい!? それ売り出し能力あんたんとこにないって言ってるようなもんだぞ!?




