652.第三回イベント、十九日目狐と精霊の輪舞6
「なんで、こんなことに……」
プレイヤーたちはただただ茫然とソレを見つめていた。
森が、燃えていた。
盛大に燃え広がっていた。
マンホールを持った女一人だけが高笑いを行っていた。
正直、燃える森を前に嘲笑うマンホール少女には、一種の狂気が宿って見えた。
「あはははは、燃えろ燃えろーっ、私の罪もディーネさんも皆、皆燃えちまえばいいのよぉーっ」
「マイネさん、おいたわしい」
「なんでだろうな。火をつけた大罪人のはずなのに、同情心が先に来るのは……」
「ヒロキイベントが生み出しちまった悲しい化け物、だからだろうな」
「彼女は正義に戻ることが、可能なのだろうか……」
「堕ちた正義がいつか、また日の元へ戻ってくることを願って、アーメン」
「らーめん」
「そうめん」
「僕イケメン」
「はいナルキッソスナルキッソス」
ちなみに、稲荷さんはといえば、こんな状況でもだぬと二人虫相撲に集中していた。
「ぬあぁ、また負けたぁ!?」
「いや、マジか……」
だぬは勝負を挑んだことを今更ながら後悔していた。
いや、虫相撲で遊ぶのはいいのだ。
それなりに戦えるなら楽しめる、そのはずだった。
稲荷さんとの勝負はもはや勝負と呼べる段階ではなかったのだ。
基本虫が指示を聞かない。
いきなり明後日の方向に移動を始める。
なんなら自分から土俵の外へ飛んでいく。
戦いを始める前から戦闘放棄状態になること半分くらい。
残りの戦いでも虫相撲開始したのに全く動かなかったり、稲荷さんに飛びかかっていったり、上手く虫相撲が開始できても、虫が怯えて逃げ出したり、だぬの指示に従い始めたり、もはや虫相撲の根底が覆ってしまっていて面白くもなんともないのだ。
なのに稲荷さんはそんなことはどうでもいい、と何度だって虫相撲を挑んでくる。
だぬは既に折れ始めているのに気にすることなく、もう一回、もう一回。
ディーネさん撃破までは付き合うつもりだったのでだぬとしても受けないわけにはいかないのだが、気持ちは全然ついてこない。
「だあぁ! なぜお前は指示を聞かんのじゃぁ!?」
稲荷さん、突撃指示をだしたカブトムシ、突撃するかと思えば数歩前に移動した後大きく円を描いて元の位置に戻ってくる。
ダメだ、試合にならねぇ。
だぬの心からの叫びが口から洩れそうになる。
気のせいか、だぬ側の虫まで呆れているような気がしてくるから不思議だ。
「なんで稲荷さんの指示は聞かねぇんだろぅな?」
「ムッキィーッ、もういい、こうなったら奥の手を使ってくれるわ! いでよベーヒアル」
「ちょぉ、なんつーもん出しやがる!?」
巨大すぎて虫相撲用に作った切り株に前足しか乗らないベーヒアル。
対するだぬの虫は普通のカブトムシだ。
勝てる訳のない体格差。おそらくあの巨体が圧し潰してくるだけでカブトムシの負けは確定だろう。
「フハハハハ、勝てばよいのだ。行けベーヒアル! ヒロキからもしもの場合と貰ったお前ならば……」
しかしベーヒアルは動かない。
いや、何を思っているのか、上半身を右に、左に。ふりふりするだけで一向にカブトムシへと襲い掛かってくる気配はない。
そして、下手に攻撃を仕掛けると、反撃で死にかねないのでカブトムシ側も攻撃に移れない。
結果、何の進展もない膠着状態が生まれるのだった。
「なるほど、湧水もこれだと出た先から蒸発するよねー」
稲荷さんが膠着状態に陥っている時、ディーネさんはといえば、燃え盛る森をプレイヤーたちと一緒に見物していた。
当然攻撃はそこかしこから飛んでくるしHPへのダメージは変わらずあるのだが、不死身状態なので全く気にせずマイネの行っている無駄な努力を眺めている最中であった。
確かに、この一撃ならば水は蒸発するだろう。
しかし、それは地表付近の水であり、地下水脈を流れる水にまでは炎による熱の暴虐は及んでいなかった。
つまり、ディーネさんの権能は未だ健在。
制御下にある水からいくらでも復活出来るままである。
そんなことに、マイネさんは気付きもせず未だに嗤っていらっしゃる。
教えてあげるかどうしようか、と悩むディーネさんは、視線を向けないままに水滴の連撃で次々にプレイヤーを駆逐していた。
必死に食らいつこうとするプレイヤーたちだが、水滴相手の戦いは初めてであり、対抗手段が全くない状況では死に戻るメンバーが大量にでてしまうのだった。
稲荷さんこそ封印できているが、ディーネさん一人だけでも十分すぎるほどにプレイヤーを翻弄できてしまっていた。
「未知なるモノさんか案内人さんでもいればあるいは……」
「呼んだか?」
プレイヤーの一人が思わず呟く。
脳筋なマイネさんよりも少しは知恵を絞りだせる未知なるモノがいれば、と嘆くのだが、その背後からちょうど死に戻ってきていた未知なるモノがひょっこりと顔を出す。
予想すらしていなかったプレイヤーは唐突過ぎる出現に、思わず悲鳴を上げるのだった。




