640.第三回イベント、十九日目狐と精霊の輪舞2
「それじゃ、まぁ、始めようかの」
とん、と軽い感じで動きだす稲荷さん。
次の瞬間には格ゲー少女の目の前に現れていた。
何が起こったのか理解できなかった格ゲー少女が目を見開く。
「ごっ」
彼女の鳩尾に手のひらが叩き込まれる。
接触は一瞬。インパクトは莫大。
とん、と触れた次の瞬間、ものすごい速度で吹き飛ぶ格ゲー少女。後方にいただぬを巻き込み森の中へと消えていく。
「ちょ、このっ!」
反応しきれなかったマイネが慌ててマンホールを投げる。
稲荷さんは焦ることなくこれを回避すると、再び一歩。
「うぇ。こっち!?」
油断していたレイレイの前へと縮地で移動した稲荷さん。
ダンッと震脚を発生させて動きを止めさせると、スタンの入ったレイレイ向けて掌を押し当てる。
背後のプレイヤーをまとめて巻き込みレイレイが吹き飛んでいった。
「ちょ、意外とヤバいんじゃないこれ!?」
稲荷さんの動きはまさに神速。
ついさっきまでいた場所にはすでになく、プレイヤーが動くより早く離れた場所へと出没。
発勁を発動させて次々にプレイヤーを吹き飛ばしていく。
周囲のプレイヤーも一緒に吹き飛ぶので、皆戦い以前の問題で総崩れになっていた。
「ほれ、お主も吹き飛べぃ」
「まず……」
そして、稲荷さんの一撃がついにマイネに届く。
ちょうどマンホールを投げた無防備な技後硬直を狙われ、回避不能の一撃が叩き込まれる。
一瞬の静寂。そして爆速の一撃。
吹き飛ぶマイネさんに巻き込まれ、十数名のプレイヤーがまとめて死に戻る。
「ちょ、一撃の攻撃力が高すぎないか!?」
「そりゃそうじゃ。格闘術に狐神拳、加速に神舞踊、内気功に内発勁が発動中じゃからのぅ。ほれほれ、早う攻撃してこぬと味方がどんどん消えていくぞぇ」
最初の一歩だけ可視化された動きのせいでプレイヤーたちの動きが止まる。
視線の先から一瞬で消えてしまう動きと、目の前に現れる驚きでプレイヤーたちはほぼ無防備で次々に屠られて行った。
とはいえ、さすがにこれだけ時間があればある程度感覚で動きだすプレイヤーも現れるもので、突然現れた稲荷さんの掌をぎりぎりで打ち払うプレイヤーが現れた。
しかしそれまで。バックステップで即座に離れる稲荷さんを追うことも追撃を行うこともできず、虚空を切り裂くだけに留まる。
「ええい、テケテケさん以上に速い!」
「妖精さんの動きより読みづらい!」
「広範囲攻撃じゃないだけマシだけど、無駄に視界から消えられると脳がバグる」
「こりゃもう感覚頼りで攻撃するしかねぇぞ!」
プレイヤーたちの動きが変化する。
稲荷さんが動いてからでは反応できない。
ゆえにダメージ覚悟で稲荷さんが消えた瞬間に武器を振ることにしたらしい。
ただ、稲荷さんは瞬転移で消えているわけではなく、縮地で移動しているだけ。
当然目の前で武器を振られれば避けるに決まっている。
一瞬動きを遅らせ、プレイヤーが武器を振り切ったところに現れ吹き飛ばす。
「これもダメだ!」
「こうなったら広範囲魔法でまとめてぶっ飛ばす!」
「俺らに被害でるだろが!?」
「ダメージ与えるためだ、我慢してくれ! 食らいやがれエクスプロージョン!」
「ぎゃあぁ!?」
破れかぶれで広範囲魔法が発動される。
さすがに避けきれなかったようで稲荷さんもダメージを食らうが、巻き込んだ味方の方が多かった。
まさに肉を切らせて、否、骨を切らせて肉を切る戦法である。
「よし、あたった!」
「味方の被害がひどすぎる。いやでもダメージを与えられるなら……あれ? なぁ、稲荷さんのHP、戻ってね?」
「は? 戻るって……確かにHP満タン状態に戻ってる?」
「稲荷さんて自己修復したっけ?」
「油揚げで回復じゃなかったか?」
「八大魔法の回復を使って……る気配はないな。MPは減ってないし」
稲荷さんに与えたはずのダメージは一瞬で消えたようだ。
稲荷さんのスキルには回復手段はなく、あるのは油揚げを食べて回復するスキルのみ。
油揚げなど食べている気配もない以上回復するわけがないはずなのである。
なのに、回復している。
「おい、何のギミックだと思う?」
「風狐に何かあったかな? あとギミックの可能性としては……」
「待て、なんか普通にスルーしてたけど、稲荷さんの体に何か付着してないか。ほら、液体っぽいの」
「はぁ、そんなの……ほんまや!?」
「あれ、手乗りサイズになってるけど、ディーネさんじゃね?」
「ディーネさん!? え、じゃあ俺らって稲荷さんだけじゃなくディーネさんも相手取ってたのか!?」
稲荷さんの周囲を浮遊している水滴のような人型。
それは注意深く見てようやく判明するような存在だった。
水の精霊ウンディーネ。稲荷さんの周囲に浮遊し、稲荷さんが負傷した瞬間、癒しの泉スキルで一気に回復してしまうのだ。




