624.第三回イベント、十八日目巨大人型兵器大決戦5
少年は震える腕を思わず掴んでいた。
彼は犬型機械であるぽちに跨り、中空を走っていた。
まさかこんな大役が回って来るとは想像すらしていなかった。
立候補したはいいが、今になって緊張している。
今まで、何かの代表となったり重要な役割を行うなどしたことは一切なかった人生だった。
ゲームとはいえ、こんな大役が自分に巡って来るなんて予想すらしてなかったのだ。
でも、やりたくなった。
このイベントでいろんな職業のプレイヤーたちが光り輝く姿を見せられて、ただただ守るだけの盾役でいる自分にも、輝く瞬間があってもいいんじゃないか、そんな気持ちになったのだ。
まさか、本当にめぐって来るなんて……
「おちつけよ、僕。大丈夫。やれるさ」
彼のコンディションなど知らないと、ぽちはエルエさんの元まで彼を運んでいく。
恐怖と期待が入り混じる。失敗しないだろうか? ちゃんと役に立てるだろうか?
もしかして僕の働きでエルエさん倒せちゃったりするんだろうか?
そんな思いが脳裏を駆け巡り、全身は武者震いに震え、手足の感覚は冷たく緊張が続く。
「わふ」
そんな思いを断ち切るように、ぽちが鳴く。
エルエさんの真上でぽちが鳴く。
ここ降りろわんわん、っとタンク役の彼を促した。
こくり、頷き、エルエさんの頭上に落下する。
アイテム使用、トリモチ。
自分自身をエルエさんの頭に張り付ける。
そして二体の困った味方に視線を向ける。
「タウント!」
さあこい、未知なる肉塊たち。
お前たちの敵はここにいる。
二体が挑発を受け、エルエさん向けて動き出す。
「む、また来た?」
どうやら頭に取りついたプレイヤーには気づいていないらしい。
高性能な古代兵器のくせに索敵を怠けているようだ。
あるいは、プレイヤーが攻略できるように意図的に忘れさせられているのかもしれない。
前回同様、二体の未知なる肉塊を一瞬相手取って自分だけ退くことで同士討ちを狙うエルエさん。
しかし、なぜか未知なる肉塊はエルエさんへの攻撃を止めることなく、また互いを攻撃することもない。
まるでエルエさんだけを狙っているかのような攻撃に、エルエさんも怪訝な顔になる。
やれている。
恐ろしいほどに上手く行った。
まさか自分がここまで役立てるなんて想定以上だ。
たまに振るわれた触手が自分に当たりそうになるものの、盾職であるがゆえにパリィや受け流しのスキルはしっかりと取ってある。
防御力増強のスキルも充実しているし、盾職の最高峰とまではいかずとも中堅だ、くらいは胸を張って言える実力がある。
だから、耐えられる。
さすがに一撃一撃のダメージ量が段違いなので、巨大生物相手に直撃は食らえないが、かすりダメージくらいならばぎりぎり耐えきれるのだ。
ポーションや薬草など様々な回復アイテムを駆使して必死に耐える。
こんなに回復アイテムを湯水のように使ったのは生まれて初めてだ。
基本彼はエリクサーをゲームクリアまでアイテムボックスに眠らせるタイプなのだ。
もったいないと思いながらもどんどん使って行く。
用意したアイテム、皆から貰ったアイテム、その全てをここで使い切るとばかりに、触手の猛攻に耐えながらエルエさんへのダメージを集め続ける。
どれほどのダメージを受けただろう?
おそらく、彼のHPなど数百回は消し飛んでいるダメージを受けきった彼に、ついに待ち望んだ瞬間が訪れた。
エルエさんエクスカイザーの体に亀裂が入る。
「うお!?」
まさかの両足の間に入った亀裂にバランスを崩す。
そこに襲い掛かってくる触手をぎりぎり受け流す。
「何かおかしイと思えバ、そンな場所にいたのデスか!」
気付かれた!?
タンク役プレイヤーは焦る。
エルエさんの両手が彼へと向けられる。
が、触手がそこに襲い掛かる。
「くっ、面倒な」
「タウント!」
再び、切れかけた敵意を集め直す。
まだだ。
自分の存在を気付かれてもまだ、やれる。
むんずと掴まれる。
しかしトリモチが彼の体を引き剥がさせない。
ものすごい握力で握りつぶそうとしてくるが、硬化スキルで防御力を必死に上げる。
どんどんと減っていくHPに焦りながらも回復アイテムを使用し続ける。
もはや時間との勝負だ。
握り潰されるのが先か、エルエさんが崩壊するのが先か。
VRゲームなので自分が握り潰されそうになっている感覚が全身を襲っている。
痛みこそ無しにしているが、掴まれている感触まではさすがに切ることはできない。
それでも、今、ここだけは。
「タウントッ!」
耐える。
一秒でも長く。
自分が主役級の輝きを放つこの瞬間を。
「いっけぇぇぇ!!」
攻撃自体は未知なる肉塊任せだ。
けれど、その攻撃をエルエさんに集中させるのは、自分だ。
無数の触手の連撃が、ついにエルエさんの片腕を破壊した。




