598.第三回イベント、十七日目人形遣いのアリア
芽里さんに焦りはなかった。
先ほどまでとは違う。
死を覚悟したからか、あるいは自身の変化を理解したからか?
たとえマイノグーラさんが退去されようとも。
残ったプレイヤーの物量に押されてニャルさんが消えようとも。
残った仲間は一人もおらず、たった一人の晴れ舞台。
対する敵は無数のプレイヤー。死に戻っていたプレイヤーの一部もついに合流し始めており、どんどん敵が増えていく。
それでも、芽里さんの動きに変化はなかった。
高速で動き、感覚で避け、意識して攻撃する。
「なぁ未知なるモノさん、もしかしてだけど、芽里さんのダメージって全部自傷か?」
「多少の掠りはあるぞ。でも確かにダメージらしいものは与えてないな。え。まさか今までノーダメージ? 指折れたときの攻撃でダメージ入った位なのか」
今更気づいた事実に全員が戦慄する。
避けタンクであれ、さすがにこんな時間戦っていればそれなりのダメージはくらうはずだ。
「あの状態の芽里さん。ノーダメージだ」
「面の攻撃に巻き込んでいくしかねぇんじゃね?」
「うそ、埴輪の一撃もぽちの誘導ミサイルも避けるの!?」
「お、追いつけないの!?」
速度で翻弄し、相手の背後に回って攻撃するなのですらも芽里さんの速度には付いていけていないらしい。
それでも、ここに約二百ものメンバーが集っているのだ。芽里さん一人を相手に手をこまねいている場合じゃないし、その程度で終わるようなメンツではない。
「未知なるモノさん、指示頼んでいいか?」
「俺がか?」
「俺の失態で死んじまった案内人が戻るまででいい」
「ああ、彼に任せるのか。そう、だな。それが一番かもしれない」
芽里さんの動きを追えることはできないだろうが、彼なら追い込む方法を思いつくかもしれない。
それまでの中継ぎを自分が行えば、それなりに損失も少なくできるのではないか、という思いでミツヅリに同意する。
「よし、皆、案内人がくるまで持たせるぞ!」
「別に倒してしまっても構わんのだるばぁっ」
「ちょ、せっかくフラグ立てようとしてんだから最後まで言ってから死になさいよ!?」
当然、フラグだろうがセリフだろうが、芽里さんにとっては待つ必要のないものだったので、遠慮なくプレイヤーの命を刈り取っていく。
「なんで芽里さんこんな強いの!?」
「わからん。とりあえず普通の人間だったらもう倒せてたんだろうけど、化けたからなぁ」
「影化するとか意味が分からん。でも芽里さんならやりかねん」
「あの回転しながら突撃してきての糸攻撃がなぁ、広範囲のメンバーがみじん切りにされるんだ」
「あれって多分だけどフードプロセッサーのミキサーに掛けられるようなもんだよな?」
「え、えげつねぇ、えげつねぇよ芽里さん。覚醒芽里さんの強さがパネェっす」
「師匠であるナスさんを倒したせいだろうとは思うけど、ナスさんの方が生きててもなんか同じようなことになってそうなんだよなぁ」
「人形師ってここまで強くなるのか。俺、今からクラスチェンジしてこようかな?」
芽里さんは常に移動し、人間大砲のごとく飛び交っている。
そのたびにプレイヤーが死に戻り、芽里さんの撃墜数だけが増えていく。
「ミキサー攻撃来るぞ!」
「俺が受け止め……」
「だめだ、盾が豆腐みたいに瞬殺される。糸の強度おかしいだろ!?」
「広範囲攻撃すら避けるってどうなってんだよ!?」
「芽里さんが無双すぎる。あと一割しか体力ないのに!」
さすがに広範囲攻撃まではすべて避けることはできなかったようで、徐々にだがHPを減らし始めた芽里さん。
もう終わりが見え始めていたが、本人は最後まであきらめるつもりはないらしい。
一瞬でも多く、プレイヤーたちがこの先へと進まないように必死に食らいつく。
「あと少しだがんばれ!」
「あと一割、ほんと何時間粘る気だよ!?」
芽里さんだけでかなりな時間拘束されている。
プレイヤーたちもさすがにこれ以上拘束されたりはしたくないようで、全戦力をここに集結させつつあった。
「皆さん、お待たせしました!」
そしてついに、案内人が舞い戻る。
「指揮権移すぞ、案内人、任せた!」
「任されました!」
指揮権が未知なるモノから案内人へと移る。
その瞬間から、一気に芽里さんの負担が増えた。
未知なるモノの指揮もかなり的確だった。
しかし的確だからこそ芽里さんも読みやすかったのだ。
自分の動きから相手がどこにどう部隊を配置するか予想すれば、対応することが可能だったのだ。
しかし、案内人に指揮が移った瞬間、読めなくなった。
同様の指揮の合間に別のプレイヤーを意味不明な場所に待機させたり、攻撃させたりするのだ。
その時はどうでもいいはずのその布石は、移動に移動を重ねたとある一点で的確な効果を叩き出す。
考慮に入っていなかった芽里さんの隙を突くような一撃がたびたび襲い掛かり、ミスから一撃掠ってしまった。
そろそろ、進退窮まって来たかもしれない。苦虫を噛みつぶしたような気分で、芽里さんは指先の動きにさらに集中するのだった。




