550.第三回イベント、十五日目人形決戦2
芽里さんは初めて焦りを覚えていた。
冬の夜の鋼糸を使った操糸術がまさか破られるとは思っていなかったのだ。
この糸はゲア・カーリングから貰った糸で、冬の妖精である彼女の特性が備わった糸である。
すなわち、森に住む生物で作った武具でなければ糸を斬ることができないという特性を持った糸である。
まさかこの糸を斬り裂ける武具があること自体にまず驚き、それを操る人物が複数いることに嫌な汗が流れるのを覚えた。
数の有利は未だにあるものの、状況はかなり悪くなり始めている。
一番の問題はやはりゾンビアタック。
人形を破壊しながら死に戻るプレイヤーたちのせいで徐々に無事な人形が少なくなりつつある。
せっかく操り始めたプレイヤーたちも糸を斬られて取り戻される。
メリーさんがなんとか戦ってくれているものの、やはり元の姿ではない分制約が掛かるのだろう、動きが鈍い。
遠くのプレイヤーを倒すメリーさんを見ながら、肩に乗せたままのメリーさんを撫でる。
「さぁ、そろそろ第三段階行ってみようかメリーさん」
こくり、メリーさんが頷いたように見えた。
芽里さんは糸を操りさらなる変化をステージにもたらしていく。
「なんだ?」
「人形の数が半数切ったんだ! 攻撃パターンに変化があるぞ!」
「もう半分かよ。これなら今日中に芽里さんクリア行けるんじゃね!」
「ばっか、まだここに助っ人すら来てねぇだろ。他の場所には助っ人来てるらしいぞ。俺らが一番遅れてんじゃね?」
「未知なるモノさんたちがいるのに遅れてるわけねぇだろ。というか、なんかメリーさん二体いねぇ?」
「それこそ頭おかしいんじゃねぇか、メリーさんは一体だけだろ、他に何がい……あれ? 芽里さんの肩にメリーさん乗ってる? じゃあ俺の肩に飛び乗って来たメリーさ」
「ちょ、メリーさん二体いる!? なんで!?」
「なぁ、ヒロキンチューブ見たか? メリーさん二体の謎、出てるぞ」
「え? マジで!?」
「どっちかニャルさんが紛れてんぞ!」
「って、おい、なんか様子が……倒した人形があぁぁぁ!?」
プレイヤーたちが気付いた時には遅かった。
ガラクタとなっていた破壊された人形たちが起き上がる。
倒したとばかり思っていたプレイヤーたちのすぐそばで復活した壊れかけの人形たちは、周囲の人形からパーツを奪い、復帰し始める。
「こ、こいつら互いの体から無事なパーツ交換して復帰してやがる!?」
「完全破壊されたパーツだけパージしてるぞ!」
「え、じゃあこいつらって全てのパーツ完全破壊しないと甦り続けるの?」
「芽里さんだ! もう芽里さん倒すのが一番早いぞ!」
「芽里さんの周囲にはあの変な人形四体がいるぞ。千手観音かよってくらい手が多い奴」
「あれだけ毛色が違うよな。芽里さんが操ってる感じじゃないし」
「ともかく確殺でぶっ倒せばよくね?」
「脳筋バーサーカーがよ、よく言った、行ってきな!」
蘇ってくる人形の群れと戦いながら、軽口を叩き合い互いを鼓舞し続ける。
先ほどまでは半分にまで減っていた人形だったが、復活してからはいらないパーツだけがその場に捨てられ、全体の4分の1くらいまで数を戻した。
ゾンビアタックし続けたとはいえ、必死に数を減らした人形たちがほとんど回復してきたことで精神的な苦痛はあるモノの、まだまだイベントを楽しめるという思いもあるプレイヤーたちの戦意に衰えはない。
中でも脳筋と呼ばれたプレイヤーは真っ先に芽里さんを狙い走り出し、人形たちを放置、掻き分け足蹴にしてひたすらに直進する。
無数の手を持つカーリー人形が迫りくるが、確殺攻撃を発動させて一体屠る。
「芽里さん貰ったァ!!」
「ガリートラップ」
目前まで迫ったプレイヤーだったが、芽里さんの肩に乗っていたメリーさんが動き出す。
妖精のいたずらとも呼ばれる不思議な一撃。
プレイヤーは突然空中に引っ張り上げられ、訳も分からないまま宙吊りに、首が締まってあばれるものの、HPが一気に消えていき、静かに息を引き取った。
あとには、何もない中空でぷらんと揺れる遺体が一つ。
それもすぐに光に代わり、消え去っていった。
「なんだ今の!?」
「ガリートラップって、妖精のスキルじゃなかったか?」
「メリーさんは妖精だった?」
「いや、違う、ソレ、メリーさんじゃないぞ!」
「おい、じゃああっちの猛威振るってる方がメリーさんってことに……あれ? そうなるとこっちが……ニャルさん?」
「芽里さんをニャルラトホテプが守ってるってことか! ニャルラトホテプ程度ならテインさんステージで倒しまくれただろ、一体だけなら」
「そっか、そうだよな!」
「というかさ、芽里さんの助っ人がニャルさんってこと? じゃあここはもう助っ人が現れることないってことじゃん」
「おお、ならここにいる人形ども駆逐しちまえばこのステージクリアできる! ニャルさんと芽里さんとメリーさんを倒せば終わりだな!」
広場の攻略が目に見えたことでプレイヤーたちのやる気に火が灯る。
ゾンビアタックをさらに苛烈に発動させ、プレイヤーたちが物量作戦へと移行し始めた。




