512.第三回イベント、十一日目・間の悪い一撃
「これで、どうだァッ!!」
格ゲー少女が気合と共にコントローラーのボタンを押していく。
画面ではキャラクターが一人、うわーうわーぅゎーとエコーを響かせ倒れていくのが見えた。
HPがドット1ミリ残った状態の勝者が思わず拳を握り叫ぶ。
「ありゃー、負けてもうたなー」
「すげぇ、サユキさん相手に1ラウンド取りやがった!?」
「さすが格ゲー少女を自称するだけはあるな」
「プレイヤーネームがもう格ゲー大好きですよ感がにじみ出てるからな」
他プレイヤーの中で部屋に入れたメンバーが冷静に分析を行いだす。
本来はKOされていたのは格ゲー少女の方だっただろう。
しかし、ギリギリ1ドット残ったことで反撃のチャンスが生まれた。
格ゲー少女の放った一撃が、技後硬直中のサユキさんのプレイキャラに当たったのも運が良かった。
まさに運に助けられた1勝だった。
「あと一勝でサユキさんを撃破できる、が、まだ一勝しねぇといけねぇんだよな?」
「けど、一度敗北しても勝ち筋があるってのは心のゆとりになる。格ゲーじゃリラックスできてる奴の方が上手く行きやすい」
「それ誰の言葉だよ」
「俺比較だが何か?」
「すっげぇ胡散臭ぇ!?」
「外野黙っててくださいっ」
野次はいらぬと格ゲー少女に言われ、慌てて口を噤むプレイヤーたち。
静まり返った部屋の中、ラウンド2、ファイト! の声が聞こえてくる。
心を落ち着け、格ゲー少女は二戦目に挑む。
焦ってはダメだ。功を焦るな、ミスを焦るな、勝利を焦るな。
雑念は捨てろ、プレイヤーたちの囁きに耳を傾けるな。
遠距離攻撃をガードしながらゆっくりと迫る。
正直、ガードしてるのにダメージになるのはどうなのか。
半分のダメージを食らっているので遠距離二撃食らえば直撃と変わらない。
こちらも遠距離攻撃で相殺すればいいのだが、そうすると永遠勝敗が決まらない。
サユキさんはドローでも問題はないらしいので、攻撃には消極的だが、こちらから仕掛けないと勝利は難しい。
そして、待ち構える相手に攻め込むのはこちらが不利になるのである。
格ゲー少女としては技量でも上回っているだろうサユキさんに不利な戦いを挑むなど愚の骨頂である。
しかしながら、それを行わなければ勝利をもぎ取ることができないとなれば、愚か者にだってなろうものである。
果敢に攻め込み、ダメージを受けつつも相手に肉薄。
一撃一撃に魂込めて、ボタンを押し込んでいく。
「必死だねー。でも、まだ荒い」
強キックが受け止められ、そのまま投げ技が決められる。
自身のキャラが大きくダメージを受け動揺しそうになる格ゲー少女。
しかし、すぐに気合を入れなおす。
立ち上がりと同時に空中に飛び上がりながら斜め後ろに飛び、遠距離攻撃を地上向けて叩きつける。
ガードはされるも態勢の立て直しは測れた。
すぐに攻めに転じる。
弱しゃがみキックでガードを崩す。
残念、サユキさんに読まれた。
しゃがみガードで受けられ、攻撃の戻し際に反撃されそうになる。
ぎりぎりガードが間に合った。
それからも一進一退の攻防が続く。
残念ながら今回ばかりは隙がなく、先ほどの大技で失策があったことからか、サユキさんは必殺ゲージが溜まったままで大技を使うことはなかった。
時間いっぱい削り合い、ドローで2ラウンド目を終える。
「最終ラウンドなっちまったぞ……」
「これで負けたらどうなる?」
「負けだろ。どう考えても二勝目をもぎ取るしか、俺らの勝利はねぇぞ」
「だが、チャンスはまだあるんだ。やれるぞ格ゲー少女!」
「おお、なんかやれる気がして来た、負けるな格ゲー少女!」
「俺らが付いてる、全力で行ってこい!」
好き勝手言ってるなぁ、と思いつつも、何とも言えない気恥ずかしさと、やる気が満ちてくる。
なんだか、勝てそうな気がする。
格ゲー少女は根拠のない確信を覚えながら。コントローラーを握る。
さぁ、ラウンド3を始めよう。
「勝負ッ!」
距離がある場合はサユキさんは迷いなく遠距離攻撃を放つ。
開始直後に斜め跳びで前に飛び出し遠距離攻撃を回避。
さらに着地を狙った遠距離攻撃は空中からの遠距離地上攻撃でタイミングをずらして着地、さらに斜めに飛んで敵の傍に辿り着くと、斜め下への空中攻撃。
ガードされるも、そのまま連撃に繋げる。
されるがままのサユキさんはおそらく投げを狙っているのだろう。
こちらのキャラクターが隙を見せた瞬間、一気に攻守逆転を行うはずだ。
だから、こうする!
「っ!?」
突然攻撃を止めて無防備に前へ。
驚きながらもチャンスとガードを解いて投げを行おうとするサユキさんに、格ゲー少女もまた、投げ技で応えた。
ノーガードへの反応が遅れた分サユキさんよりも格ゲー少女の投げ入力が優先された。
サユキさんのキャラが掴み取られ、ガードで削れたHPを完全に吹き飛ばすトドメの……
トドメの……
ぞわり、その場にいた全員の全身が粟立った。
―― リンフォンが完成しました、世界が地獄に飲み込まれました。イベントが強制終了されました。また明日の挑戦をお待ちしております ――
あと数秒、たった数秒の差で、イベント空間から強制的に叩き出され、格ゲー少女はただただ茫然と、虚空を見上げるしかできなかった。




