484.第三回イベント、四日目・絶望は、未だ終わらず
その刹那、全てのプレイヤーが、動きを止めて見つめていた。
一人の英雄がその身を賭して行った伝説級の偉業。
ゆっくりと倒れ伏す黒き少女。その頭上に存在するHPバーは0を指し示し、緑色だった体力バーは漆黒に代わっている。
「死ん……だ?」
「え? いや、え? マジで?」
誰も彼も、それがどういう理由を指し示しているか、しばらく理解できなかった。
本来それを目指していたにも関わらず、実にあっけなく、たった一撃で行われた偉業に、彼らの誰も、認識が追い付けなかったのだ。
代表するように、一人のプレイヤーがコトリさんに近づく。
そっと剣で体をつつく。
身じろぎすらしない。
HPは0、ガッツが発動した感覚もない。
確実に、死んでいる。
「勝っ……た?」
「嘘だろ、コトリさんだぞ!?」
「道連れ……? なにそれ知らない」
「勝った。勝ったんだよな! 俺ら、歩くラスボス倒したんだよなっ!!」
絶望的な戦いから解放された。
徐々に理解し始めたプレイヤーたち。
一人の男が、拳を突き上げる。
「俺たちの、勝ちだーっ!! 見てたかヒロキーッ!!」
「あ、う、うおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
吠えるプレイヤーが出始め、ようやく勝利を確信したプレイヤーたちが強敵の撃退に勝利を噛みしめる。
その嬉しき咆哮は、しばし鳴りやまなかった。
「さすがだぬさん! やっぱ頼りになんぜ!」
死に戻って来ただぬを見つけ、近づいてきたプレイヤーたちは彼を胴上げし始める。
まんざらでもないだぬ、しかし、ふと気づく。
「お、おい待て。ちょっと待て、落ち着け!」
ただ事ではないと気づいた皆は徐々に彼の胴上げを止め、地面に降ろした。
「どうしたんだよだぬさん?」
「いや、呪滅結界だっけか、アレが消えてないだろ、おかしくね?」
「あ、そういやまだ結界消えてないっすね」
「それだけじゃねぇ」
だぬは気付いた。
気付いてしまった。
だから、声に出そうとして、喉から先に出てこない。
全身が震えてくるのが分かった。
「な、なぁ……なんで、消えて、ねぇんだ?」
周囲のプレイヤーは小首を傾げる。
そりゃそうだろう、何を言ってるのか理解できないのだから。
消えるとは、何が消えるのだろう。
そう考え、だぬの視線の先を見る。
そこには、コトリさんの死体があった。
事切れた少女の遺体。そう、死ねば光となって消えるはずのNPCが死体としてそこにあった。
それは、異常だ。ありえない異常だ。そして、だぬは知っていた。
「まだだっ! 終わってねぇぞ! 全員戦闘態勢! 形態変化ボス特有の状況だっ!!」
は?
その場の誰も、理解できなかった。
だが、本能的に、武器を手にしてコトリさんに視線を向けた。
そして、絶望した。
先ほどまで倒れていたはずのコトリさんが、立っていた。
音もなく、いつの間にか立っており、俯き加減でそこにいた。
「嘘、だ。死んでたはずだ。HPだって0だっただろ?」
「確殺ってガッツ効かないんだよな、なんで、何で生きて……」
「馬鹿野郎! 生きてるんじゃねぇ! 一度死んだんだよっ、第二形態持ちは死んだ後に……強化されて甦るスキルだっ!!」
「なっ!? あ……強化……?」
コトリさんのHPバーが黒から赤、黄色、そして緑へと増えていく。
格ゲー少女により現れたHPバーの上にある、名称も変化していた。
コトリさん、からコトリさん第二形態、へと。
「け、検証班より連絡。コトリさんの黒塗りスキルが一つ、いや、三つ解禁っ、え、ええと、一つめは聖句箱? 二つ目は七変化。それから……七つの御……霊?」
「七、つ?」
コトリさんの近くに、黒い渦が巻き起こる。
そして、エルダーリッチが現れた。
咆哮と共に魔法を周囲に振りまき、攻撃を開始する。
「な、なんだありゃ!?」
「せ、聖句箱のスキルだ! コトリさんが存在する限り何度でも甦るエルダーリッチを使役するって」
「ラスボスが中ボス無限呼びするようなもんか!? 無理ゲーじゃねぇか!?」
「え、エルダーリッチ迎撃組、早急に編成してくれっ! コトリさん迎撃と同時進行するぞ!」
「追加情報です、七変化は倒されるごとに強くなるスキル、それから、七つの御霊は……其れは七度滅ぼされても復活する。つ、つまり……コトリさんは八回殺さないと、倒せないっ!?」
プレイヤーたちの絶望は、どう表せばいいのだろうか?
皆、一瞬思考を放棄した。
「うろたえるな小僧共ッ!」
「だ、だぬさん?」
「お前ら見たよな? コトリさんは倒せる! 確殺攻撃は道連れだけじゃねぇはずだ!!」
「っ!?」
「奥の手だと隠してる奴もいるだろう。だが、やるべき時にやらねぇでどうする! ここがテメェらのやるべき所じゃねぇのかよ! あれ以上危険な存在がいるってか? 宝の持ち腐れでいいのか! 少なくとも、使えば倒せる、目の前の絶望をよ、倒した実績、欲しくはねぇか?」
拳を握るだぬの言葉に、絶望に沈みかけたプレイヤーたちに火が灯った。
先ほどまでの思考放棄はもういない。武器を手に持ち決意に燃えたレイドボスハンターたちが、そこにいた。




