31.行きは幽霊帰りは狐、恐いながらもとおりゃんせ・2
「やぁこんにちは。ワシは油揚げが好きでのぅ」
唖然としていた俺を放置して、ソイツはぴょいっと飛び跳ねるように後ろに下がり、お供え物の油揚げを摘まみ上げる。
お、意外と可愛い。
お面を頭の横に回して油揚げを美味しそうに食べだしたのは、小柄な少女。
なんだっけ、あれ、姫様カットっていうの? 昔の日本で流行った髪型らしいんだけど。
服装もなんか古めかしい。染物のやっすい着物というか、江戸やらその前後の時代で平民が着てそうな服を帯で留めただけの一張羅。
赤い緒の草履を履いた少女は油揚げを平らげると、指に付いた油をちろちろと舐め出した。
あ。狐耳出た。
つまり、こいつは狐様って奴か。
てっきりここの神社に祭られてるのがタマモの姐さんかと思ったんだけど、この少女が神様的なものかもしれないな。
「おっと、すまんの。大好物だったせいで我を忘れてもうたわ」
「お気に召したようでなにより。えーっととりあえず質問いいです?」
「なんじゃ? 本来ならボスとして戦いに入る予定なのじゃが、主からは油揚げを貰ってしもうたからなぁ、よかろ、なんでも聞くが良い。答えられそうなら答えてやろう」
「ありがとっす、とりあえず最初の質問は、ここの神社ってタマモの姐さんと関係あります?」
「タマモ? ああ、タマモノマエか。アレは別口だのぅ。ワシは稲荷、アレは妖怪じゃ」
なるほど、九尾の狐と稲荷様は別口なのか。
「それで、貴方はこの神社の神様的な物で?」
「うむ。やってきた者に試練を与え、ソレを越えた者に神通力を授ける役を請け負っておる」
なるほど、それで戦うことになってる訳か。
「俺、そういうの全く知らずに来たんですけど、お参りだけで帰るのダメっすか?」
「どうせ死んだりする訳ではないぞ、ここでの戦闘は負けたらこの場で目覚めるだけじゃ。参りさえすれば何度でもやり直せるが、一度貰ってしまえば二度は無いぞ。戦うだけは出来るし参ることだけも可能になる」
つまり、一度目は必ず戦わないとダメってことか。
「何貰えるかも知らないんだけど?」
「勝ったら教えてやるわい。ほれ、戦闘準備をするが良い」
「えーっとテイムした存在も戦闘参加オッケーすか?」
「構わんぞ? しかし、テイムした存在とやらが傍に居らんようじゃが?」
「ツチノコ追って駆け去って行きました」
「なんとまぁ……」
「なので戻って来るまでちょっとゆったりしません?」
「なんじゃここに来るのか? しかしゆったりと言っても何もないぞここは?」
「油揚げありますよ」
「なんと、そなた、ワシの好感度なんぞ上げてどうするつもりじゃ!? ほれ、はやうこちらに来て座りゃ。油揚げはどこじゃ」
めちゃくちゃ喜んでる。
尻尾出てますよ稲荷様。しかも嬉しそうにぶんぶん振られてるし。
神社の賽銭箱の後ろにある階段に座るよう言われたのでその場に座る。
すると、なぜか俺の太ももに座って来る稲荷様。
俺がアイテムボックスから出した油揚げを早く出せっとばかりに奪い取り、美味しそうに食べだした。
一応、これもラッキースケベの範囲なのだろうか?
背丈的には子供同士で同じくらいなので視界一杯に彼女の黒髪が占拠してきたんだけど……うぅ、意外と柔らかいぞこの娘。お日さまの匂いがするし、ちょっと恥ずかしくなってきた。
―― 警告:その行為……はラッキースケベ持ちですか、そうですか ――
だから警告になって無い警告やめてくれます!?
一瞬アラート鳴るからびくっとするんだけど。
「ん? どうした? おお、すまん、主らは接近し過ぎると消えるのだったか」
それ垢BANされてますよね!? 天然地雷かこ奴!?
「……まぁ消えてないなら問題無かろ」
あっれぇ、逃げる気ゼロですか。
尻尾ふっさふさだなぁ、狐耳とか撫でさせて貰えないかなぁ。
「そういえば稲荷様は名前とかあるんです?」
「ん? ワシの名か? 残念じゃが真名を教える訳にはいかんのぅ。それはワシが真に主と認めた者にのみ教えられる名じゃ。ゆえに……稲荷様で良いのではないか?」
「そっすか。じゃあ稲荷様でいっか」
「逆に質問じゃが、主の名は?」
「俺はヒロキです。人間には真名みたいな知られたらヤバいっ名前は無いですから」
「そうかのぅ、人間にも真名はあるはずじゃぞ。本人には知らされておらんだけではないかの。下手に知らされると意のままに操られるとも言うし」
名前一つ知られただけでそれは辛すぎるのでは。あ、でもアカウントナンバーは知られるとマズいよな。アカウント乗っ取りとかされれば確かに意のままに操られるようなもんだし。真名といえば真名になるのか。登録番号なんざ俺自身すら把握してないんだが。いや、戻ったら一度確認しとこうか。
「あー、居たぁ! なんでちょっと目を離しただけで別の女の子と良い感じになってるのよーっ、おねーさんを抱き締めろーっ」
あ。テケテケさん来た。
ちゃんと追い付いたらしくツチノコを咥えて来たみたいだけど、僕の太ももに乗ってる稲荷様を見付けてツチノコを手で持って叫び声を上げる。
そして再び咥えて両手使って駆け寄ってきた。
「おおぅ。主のテイム済みのモノはアレなのか。これはまたいろんな意味で凄いモノを連れに選んだのぅ」
確かにいろんな意味でヤバい生物だからなぁテケテケさん。




