1・始まりの出会い
いつものように仕事に疲れ、俺は街中をふらつくように歩いていた。
街中のウインドウの奥に設置されたテレビから流れるCMやニュース映像。その一つに、それは居た。
『ありし日の日常を追体験してみない?』
ふいに、語り掛けられたような気がして、足を止めた。
テレビに映るのは青白い肌の少女。
テレビの中で紹介されているのは新しく発売されるVRMMOゲームのCMだった。
『私はトイレのハナコさん。貴方と会える事、ずっと待ってるわ、うふふふふ……』
少し含んだようなあくどい笑みを浮かべる少女に、なぜか引き込まれた。
CMが終わると足早にその店に飛び込む。ゲームの事を聞いて何が必要かを知って、慌てて予約注文を行った。
すぐさま家に駆け込んで、βテスター募集を探す。しかし既に募集は閉め切られていたようでさっそく体験済みの人たちが感想を言い合ってる掲示板を発見。そこから攻略情報などを調べ、ハナコさんに出会う方法を検索する。
すると、どうやらハナコさん、このゲームのマスコットキャラであり序盤に出てくるボスなのに、βテスト中では絶対に勝てない存在なのだそうだ。
出会う方法は簡単。夜中の学校に忍び込んで一階にある女子トイレの一番奥のトイレ前で「ハナコさん遊びましょー」と言いながら三回ノックすれば返事があり、ドアを開くと専用の戦闘空間へと移動する。
そして、逃げ場のない状況で霊体である【トイレのハナコさん】との強制バトルが始まるのである。
ハナコさんのレベルは40。対してβテスターのメンバーは上限レベル10。レイド戦を挑もうにも1パーティーまでしか戦闘空間に入れないという制限付き。
感想欄はこんなん勝てるかーっていう阿鼻叫喚がつらつら流れていた。
ギミックボスだろうとか、マスコットキャラだから出してあるだけじゃないか、とか考察はされてたけど、その辺りはどうでも良かった。
問題は、出会い方だ。
彼らはレベルが10になってるからいろいろとスキルを持っていて、霊への対策が出来ているらしいのだが、すぐ会うには夜間の移動は最小限にするべきだろう。
何しろ夜間の学校には幽霊が跳梁跋扈しているらしい。
なので、夜間に学校に侵入して、となると俺ではハナコさんまで辿りつくまで何日も掛かるだろう。
それだとハナコさんが誰かに討伐されててもおかしくない。
幸い正式に開始される日は予約した店で聞いて来たし、その日に筐体共々買えることになっているので問題は無い。
なので、レベル1状態でなんとか出会う方法を……
うん。テイム方法?
へー、この世界のNPCは皆テイム可能なのか。
テイムスキルを選ぶとチュートリアルでどんな存在も一度だけ確実にテイムできるようになるらしく、チュートリアル用に犬が出てくるらしい。んでこれをテイムすればチュートリアル完了なんだけど、どうやらここで犬をテイムしないでいると、次に猫が、などいろいろ出してくれるそうだ。
ふーむテイムか。
やってみたい。可能だろうか? ハナコさんもボスではあるけどNPCである以上可能なのではなかろうか?
だったらなおさら、誰かに先越される前にテイムしなければならないのでは?
しかし、どうする? 夜の学校に侵入するにはレベルが……
待てよ、ハナコさんの出る女子トイレはここだろ。
んで、夜になるまでは先生たちがそこいら中にいて見回りをしている。
なので夜前に学校に居る場合先生に見付かると校舎の外へと連れ出される。
しかもこの先生たちが結構強いらしい。
つまり、夜間学校に侵入するよりは、彼らの見回りを回避して校舎内に居残り、最短ルートでハナコさんに会うのが一番なのではなかろうか?
ハナコさんRTAという掲示板を見付けたので流し見る。
どうやら俺と同じことを考えた奴がいたらしい。
夕方パートから夜間に切り替わる午後8時59分から9時までのわずか1分。そこに勝負を掛けたアホが居たんだ。
なんでも、女子トイレ横の教室は七不思議の一つで開かずの間という教室らしい。
とはいえ夕方までは普通に出入りできる物置きで、夜間になると急にしまってしまうらしい。
中に取り残されると、世にも恐ろしい事が起こるのだとか。
そして、8時59分までこの教室に隠れていれば、教師たちはこの教室を見回りしないらしい。彼らも取り残されたくは無いってことなのだろう。
9時になるまでのたった1分。その間に廊下にでさえすれば、最短ルートで夜開始直後にハナコさんのいる女子トイレに入れるのだ。
やる価値は、ある。
テイムだ。テイムするんだ。ハナコさんと一緒に日常を謳歌するんだ。
その為に、いざ、参らんッ!!
ちなみに、ハナコさんRTAしようとしたらしいアホはそのまま時間オーバーで開かずの間に閉じ込められてトラウマ並の恐ろしい目に遭ったんだとか。どんまい。